開発庁長官どうですか。今の大蔵省主計官の考えは、開発庁長官として、北海道全部ならして、平均値をとって、平均値が高いからということで、ことし出たような予算措置が再び来年度出てくる危険性がある。私が先ほどから言っているように、四国と九州を合わせただけの広大な地域で、あれだけの地域格差があるのに、単に平均値だけをとって、そうして北海道開発に対して財政的な負担を来年度以降に持ち越してきているような気がするのですが、長官としてはどうお考えですか。
開発庁長官どうですか。今の大蔵省主計官の考えは、開発庁長官として、北海道全部ならして、平均値をとって、平均値が高いからということで、ことし出たような予算措置が再び来年度出てくる危険性がある。私が先ほどから言っているように、四国と九州を合わせただけの広大な地域で、あれだけの地域格差があるのに、単に平均値だけをとって、そうして北海道開発に対して財政的な負担を来年度以降に持ち越してきているような気がするのですが、長官としてはどうお考えですか。
長官、これはわれわれ非常に危険を感じているのです。主計官に今の問題と関連して一つ聞いておきたいのですが、羽幌の多目的ダムについては、新規であるならば一割五分の地元負担にしようとした。初め原案はそう出てきた。ところが、今長官からお話しのように、いろいろ大蔵大臣との折衝の過程で、羽幌の多目的ダムについては、これはやはり全額国庫負担にする。ただし、負担にしたときの――われわれが聞いているところでは、これは新規事業ではないですよ、これは前からの継続事業ですよ、こういう格好で、あなたの方は、前々の継続事業だから、これを全額国庫負担ということにしたように聞いているわけです。継続事業だということと新規の事業だということでは、将来に非常に問題がある
そこが問題なんです。従前通りの継続だから負担なし、しかし、それが新規というのであれば、一割五分の地元負担ということが出てくるのではないか、これが問題なんです。主計官、どうなんですか。あなたの方としては、新規の多目的ダムについては、われわれとしては財政上のいろいろな問題から、一割五分は地元負担にしてもらう、こういう方針なのか、それとも、継続も新規も問わず、全額国庫負担というのか、一つ主計官に聞いておきます。
私の多目的ダムというのは間違いで、農業ダムです。これは今主計官が言われたように、受益者に負担をしてもらうんだ、だから一割五分の負担、羽幌については、従前の継続だから全額国庫負担だが、これからの農業ダムについては一割五分だという危険性が将来残っている、こういう点、はっきりしたわけですね。今の一部負担あるいは農業ダムについての一割五分は、ことしはもとへ戻すが、三十七年度以降では北海道開発に非常に暗い影を残すのじゃないかと思ったので、この点は、将来とも一つ開発庁長官に努力してもらわなければなりませんが、ここで一つ、ことしの北海道開発の中で、今なお問題になっております南富良野で、水没問題が起きておりますいわゆる金山ダムの問題について伺います
その一億というのは、ことし何に使うのですか。
監理官、去年の暮れに補償は五億ということだった。それを一億では、どういうように払うのですか。五分の一ずつ払ってやるのですか。これはどうするのです。
今あなたは、土地代金だけで四億かかると言ったわけでしょう。で、この一億については事務費も少し見込んでいるのでしょう。一億まるまる使えるわけではないのですが、四億の土地代金がかかるのに、一億を切ったものではどういうようにしてやるのですか。ならしてみんなに分けるのか、総体的な地点で、何戸なら何戸についてやる、こういうことで仕事をやるのか。一体その点のことはどういうようになさるのですか。私どもは、金山ダムについては積極的におやりなさいということなんですよ。今聞いているのは、何も金山ダムはつぶした方がいいというのじゃないですよ。せっかく去年の暮れに、現地の住民と開発局と話し合って、基準について妥結した。今あなたに聞くと、土地代金が四億かかる
これは問題が二つあるのです。一つは、政府の方は本気になってやらないのではないか。ことし、これは九億を使わなければならなかったわけですね、補償だけで。土地代金四億、その他を入れて五億ですから……。それが、土地代金でも四億かかるのを一億組んでいるのは、今まで大蔵省は長官の顔だけ立てたのではないか、そしてやらないのだ、この点が、確たる補償がないということが一つ。第二の点は、今監理官からお話しのように、土地代金四億、その他を入れて五億というのは、ことし、三十六年度の予算で全部払いますよということだった。それが今お話しのように、ことし一億であれば、三十七年度予算、三十八年度予算と、こういうふうに送られていくんだから、そうすれば、当然去年の十二
そうすると、今の長官のお話で、継続してやるということを何らかの方式で明確にしたい、こういうわけです。どうもこういうときに、長官の答弁のあと主計官に聞くのはちょっとおかしいのですが、しかし、本来からいけば、主計局長か大蔵大臣に来てもらって、答弁してもらうのがいいと思うけれども、あなた一つかわって――なかなか主計局の方の抵抗が激しい、こういうようにわれわれ聞いている。政治的にどこかで妥協しても十億くらいかかるものが、結局一億しかきまらない。それは大蔵省側における主計官諸君の抵抗が相当強い。北海道においては、いわゆる土地改良その他によって米の収穫を上げる必要はないんじゃないか、こういう意見もあるだろうと思うのですね。そこで、あなたは、代表
今、具体的にだんだん話が出てきたわけですね。今あなたの話で、これは多目的ダムとしての基本計画がきちっときまれば、それでこの問題は本格的に取り組む、ということになれば、まだきまってないわけですな。これは長官どうですか、今の主計官のお話のように、多目的ダムとしての基本計画がきまったときに初めて本ぎまりになるわけです。だから、なるほど、現地の住民の諸君が、ほんとうにきまるのかどうかなという心配というものは無理がない。これは非常に問題ですよ。
それでは、長官に、国務大臣として今のお話の点をここで明確にしてもらえれば、現地の諸君も、なるほど、それでは本ぎまりになるだろう――非常に不安なんですから、大臣としてここで責任を持ってそのことについて御答弁いただきたい。
長官、私が聞いているのは、今、主計官の方から、本来から言えば、事業の前にこの多目的ダムとしての基本計画を決定して、それから予算を組むのがほんとうだけれども、しかし、今までいろいろな点で予算をつけておいて、それから決定するのだ、決定して初めて本ぎまりだ、こう言うから、そこで、今まだ決定をしてないのですから――予算は一億、これがことし九億とか十億組んであれば、だれも言わないのです。一億だから心配をしているのです。だから、私が今あなたにお尋ねをしておるのは、建設大臣が決定をするこの多目的ダムの基本計画というものについては、小澤さんも、長官として責任を持ってやります、責任を持って建設大臣と折衝して決定をさせます、こうおっしゃっていただけば、
責任を持ってやりますね。その点はっきり……。
次に、監理官、第二点は、重ねて言いますが、十二月末で五億、こういうようにきめてお互いに妥結した。しかし、ことしは一億だ。あなたが言ったように、三十七年度、三十八年度まで延びているわけだから、そうならば、当然この問題については修正しなければならぬ。そうでしょう。私の言う話はおわかりでしょう。その点はどうですか。
今、監理官の話は、当然変わり得る要素を含んでいるのだ。だれが考えたってそうです。だから、その点についてはさらに現地でよく話し合いをしたい、こういうわけですね。このことだけもう一ぺん言っていただきたい。長官の方がいいですな。
それでは、一つだけ長官に申し上げて私は終わりますが、実はこの問題――どうせ政府は補正予算を組みますよ。長官御存じのように、三十五年度の税の自然増収は、第二次補正まで組んだのに、さらに六百億ある、こういうことは大体常識になった。三十五年度の税の自然増収の残りが六百億円、さらに、三十六年度は、政府が認めている税の自然増収よりは、今だれが考えても大体一千億から一千二百億円はふえる。だから、大臣御承知のように、今いわゆる医療費問題で与党の方が医師会の方と話をして、補正予算でやろう、こういう折衝をしているわけです。これは財源がなければできないけれども、三十五年度で六百億、三十六年度でとにかく千億から千二百億出ることは明らかなんです。そこで、私
長官、この問題は、水没する約二百四十戸近くの人からすると、将来非常に不安な問題をかかえているわけですから、これは長官ばかりでなしに、担当の宮崎主計官、一つ主計局の方もあわせて、この問題は、水没という将来の不安をかかえて三年度にまたがるということなしに、これはことし当然組まるべき補正予算の中で一挙に解決をして、現地の諸君が安心して他に転業なり、他の耕作地に移れるようにして、計画が順調に進むようにしていただきたいと思います。 以上で終わります。
最初に、西村防衛庁長官にお尋ねをしますが、去年の五月十八日です。当時問題になっておりました沖繩の第三海兵隊が北富士、東富士の演習場にやってきて演習しようとした、現地の住民の間で非常に問題が起こりまして、この場所で開かれた安保特別委員会で私がお尋ねをしましたところ、丸山さんの方から、三十四年の七月二十一日の合同委員会で返還要求書を出した、その後、現在に至るまで一生懸命努力しておるが、その後実現しない、こういう話でした。ところが、たしか昨年、江崎長官のときに同じように演習問題が起きて、農民諸君のすわり込みが始まるというので、当時、江崎防衛庁長官は、現地の農民に対して、必ず責任を持って返還させる、こういうことで農民諸君のすわり込みも中止を
今の防衛庁長官のお答えでは抽象的でよくわからぬのですが、四年の七月二十五日に返還要求をしたあと、一体合同委員会ごとに出しているのか、どうなっているのか、その経緯を一つ話をしていただきたいと思います。
三十五年は米軍は何日岡、それから兵力はどの程度来て使用したのですか。