では、もう一ぺん申し上げます。一月の七日、岸総理、古荘頭取、山村代議士、一月の十日一萬田蔵相、古荘頭取、一月三十一日岸総理、一萬田蔵相、山村代議士、古荘頭取、二月一日……。
では、もう一ぺん申し上げます。一月の七日、岸総理、古荘頭取、山村代議士、一月の十日一萬田蔵相、古荘頭取、一月三十一日岸総理、一萬田蔵相、山村代議士、古荘頭取、二月一日……。
その通りであります。
十日の質問に対して、場所、日時、その他について多少の表現の食い違いがあったということは、午前中申し上げた通りです。
まとめ上げたのではなしに、これは、一定の日時を追うてこういう会合が行われておる。こういうふうに申し上げておるのであります。
想像ではありません。確実なる情報に基いて言ったのであります。
私は、あなたの情報に対して答弁はできません。(発言する者あり)
今申されたのは、あなたの情報でありまして、私は、それに対して御答弁できません。
大銀行の頭取が、一千万円の金を月一割の高利でもって割り引いたというところに、相当の疑問を持つ理由があるわけです。
一千万円の金の問題をめぐっては、まだ委員会としては、私は究明中だと思うのです。このあとに参考人も参るはずであります。
それは、うわさが流れているという点を申し上げたんです。
二百万の金で起訴されたという事実は、全然ございません。それから千葉銀行に金を借りに行って断わられたなんという、そういうことは事実ございません。
そこで、実は古荘さん、私はあなたに千葉銀行の金融の状態についていろいろお聞きしたい、これから聞くのですけれども、先ほどここで各派の代表者が集まって、レインボーに対する融資は、このあと与党の方から聞いたあとにしてくれ、こう言いますから、レインボーについての融資その他については、私が重ねてお尋ねしますから……。今はただ横錢君が質問した内容について、それの関連のあることのみにとどめたのですが、委員長、先ほど両党の議員諸君の話し合いがありましたので、本来から言えば、この全貌はレインボーに対する融資、その他の融資について聞かなければならぬ。ですから、今から佐々木君の質問があるでありましょうから、そのあと重ねて私に質問を継続させていただきたいと
二点についてお伺いいたします。 証人は、昨年の十二月ごろ古荘頭取から川島幹事長に対して一千万円の政治献金が行われたという世上に流れているうわさに対し、何か聞いたことはございませんか。怪しい金と見られるものの一つに、昨年十二月二十五日、古荘頭取が東日本貿易の久保正雄社長から約手で一千万円を月一割の利息で借り受けたが、この金をどこに使ったか不明であります。今までたくさんの例は、すべてレインボー坂内ミノブを表面に立て、頭取は陰で、個人保証の形式をとっているが、この約手のみは頭取が自己名義で振り出しておる。この前後に、頭取は、少し金をやらなくてはと側近に漏らしていたといううわさもあるわけです。これらのことに関し、証人において何らか知ると
それでは、次の点について伺います。 証人は、三月十八日、中州の喜可久における会談について述べられたが、千葉銀行の問題に関して、さらに、次のような点について知っていないかどうか、お述べを願いたい。 一月七日、柳橋の料亭稲垣において、岸総理、古荘頭取、山村代議士の三人が会見して、この席上、岸総理は、古荘頭取に色紙三枚を書いて激励のために与えている。この事実は、頭取室に飾って、多くの来客に自慢して話しているほか、「インダストリー」二月号に、日平産業の社長宮嶋鎮治が秀岳のペンネームで次の文をものにして、この事実を証明している。それは「インダストリー」二月号の百六ページ「器用な政治」という中に、「岸内閣に想う」というところで、随筆とし
この会談は、山村代議士が山村産業に対する五千万円の貸付を可能にするためと、古荘頭取を岸総理に引き合せて、地位の保全をはかろうとした二つの目的で行われたものと思われるのであります。 岸総理が正月七日、七草の意義ある日をさいてまで古荘頭取と会見したのは、岸総理が冷飯を食っていた当時、古荘頭取より相当の恩恵を与えられていたからである。巣鴨プリズンを出て、二十七年七月再建連盟を作って政界復帰を企てた。 当時岸総理は、北海道阿寒硫黄の前身日本特殊鉱業株式会社の重役の一人であり、社長は政界に顔のきく中島信吉である。この会社は、中山貞雄のあっせんで、千葉銀行より特段の融資を受けていたが、三十年一月二十六日、大蔵省銀行局が検査を行なった当時
このとき以来の仲なので、要請をいれて、特に時間をさいて出席したものと思われ、一月の十日、場所不明であるが、築地または新橋で一萬田蔵相、古荘頭取の二人が会見している。頭取は、この日大蔵大臣に会うと称して、午後四時ごろ千葉を出ている。 一月の三十一日、柳橋の稲垣において、再び岸総理、一萬田蔵相、山村代議士、古荘頭取の四人が会談している。このとき山村代議士から具体的な融資の話が出て、古荘頭取は、山村産業への融資は他の重役が反対してむずかしいから、何か他の重役を納得させるために、手紙のようなものをほしいと要望したものである。 二月一日、翌日山村代議士は岸総理、一萬田蔵相の頭取あての親書二通を持参して、千葉銀行を訪問している。この親書
二月十二日、築地で行われた一萬田蔵相、山村代議士、古荘頭取の三人の会見は、融資成功の報告とお礼を兼ねたものと思われる。 二月十八日、中州の新福井において、川島幹事長、秋葉原デパート社長中山貞雄元代議士、古荘頭取の三人が会見したのは、東京地検の活動が活発になり、身辺が危なくなってきたので、この対策を立てるために会談したものと思われる。 この結果、三月十八日の中州喜可久会談になるわけである。この間一ヵ月の空白があるのは、会合があったのかないのか、私の調査ではわからない。事件もみ消しの中心となって動いた古荘頭取の側近、元川島代議士の中山貞雄は、連日のように川島幹事長室に現われていたといわれている。この会議には、先ほどの証言にもあっ
ここで、法相に対し、地検への取りなしが行われたものと思われるわけであります。正力国務相が出席したのは、一つは、警察庁担当なのでその意味と、いま一つは、古荘頭取とは旧知の間柄なので、唐澤法相への取りなしの意味と思われる。正力氏が読売新聞社長時代、戦時中輪転機を千葉に疎開したとき、当時千葉新報社内に据付を行い、正力、古荘両氏とも、この取締役だった関係がある。唐澤法相と古荘頭取との関係は、昭和二十四年の夏ごろ、松戸にある大塚製作所の融資の件で、故大麻唯男氏と当時パージ中であった唐澤氏と大塚幸之助氏の三名で千葉銀行を訪問、このとき初めて知り合った仲である。
今述べました点について、証人が何らか感ずるところがあるならば、お述べを願いたいと思います。
最初の点は、岸総理が古荘頭取に色紙を与えた事情について、今私の調査の結果を申し上げたわけであります。この色紙を与えた事情、この色紙が料亭において書かれたものか、こういうような点について述べたわけです。この点について一つ……。