これらの金利の引き下げ、あるいは資金量をふやすということ、こういうことのためには歳入の代理店あるいは日銀との取引を行うならば、具体的にこれらの問題は解決がつく、こういうふうに思っておるわけです。ところが当局の方としては、なかなかこれを認めようとしていない、これはなぜ認められないのですか。
これらの金利の引き下げ、あるいは資金量をふやすということ、こういうことのためには歳入の代理店あるいは日銀との取引を行うならば、具体的にこれらの問題は解決がつく、こういうふうに思っておるわけです。ところが当局の方としては、なかなかこれを認めようとしていない、これはなぜ認められないのですか。
日本銀行から金を借りるという精神がよくないというふうに言われましたが、戦後十年の間、それでは日本の金融というものは一体何をやっておったか、十年間というものを二千億三千億という金を日銀から出して、これで今日の普通銀行というものの基礎を作ったのじゃないですか。
今大臣は、敗戦の責任がさながら私個人にあるようなことを言われましたが、それではなくて、問題は、十年間日銀が当局と一緒になって、日本の普通銀行の基礎というものを強力に築き上げてきた、そうして今日これができ上ったところ、今度はもう日銀から金を借りるなどという精神はよくないというのは、これは少し勝手過ぎるんじゃないですか。そうではなくて、銀行というものは大臣が全部これを免許している、信用金庫に至るまで大蔵大臣の免許だ。しからば免許をするならば、私は公平に全部の機関というものを育てなければいかぬのじゃないか、その点についてどうだと言ったところ、大臣は健全に育てたい、こういうふうに言っておる。ところが現在の姿というものはどうだというと、十年間
大臣は一時の借り入れだというふうに簡単に言いますが、日銀との間の当座貸し越しの制度を認めておるということ、これは銀行にとっては重大なる血路ですよ。普通銀行というものは、現在支払い準備金を一銭も持たないで、それでもし支払いに事を欠くような場合には、当座貸し越し制度というパイプを通じて生きていくことができる。ところがほかの銀行にはこれを許さぬでしよう。相銀には許さない、信用金庫には許さない、このことのために、大体三〇%を支払い準備として残しておかなければならない。従って三〇%を別にいたしまして、あとの七〇%で回転していかなければならぬ。ここにコストの高い理由が出てくる。それはお説のように、免許をする場合には、こういうふうな地域でこういう
植木を植えた場合にも、根がまだつかない間は、添え木をして雨風から防ぐ方法をとっている。大きな木になって、もう何年という成長をしているものに対しては、そういうような添え木をする必要はないというのが、植木を植える場合の常識です。ところが金融機関の場合には、普通銀行のような百年の歴史を持っているものに対して、日銀の給血路を開いておいて、相銀とか信用金庫のような五、六年の歴史しかない、植木で言うならば植えたばかりで、根のついていないものに対して、添え木を許さないということですね。これではものの順逆というものが立っていないではないか。しかもこれを許さない理由というものは、明確なものが私はないと思う。法律にもない。当局の方の考え方だけで現在普通
またあらためて質問しますが、大臣、今の大臣の答弁は、普通銀行に対して二千億も三千億も融資をしなくて、どこの銀行に対してもこの当座貸し越しなんかはやらないのだということならば、私はその意見はりっぱな意見だと思う。ところが普通銀行に対してはそういうことをして十分な援助をして、その日程が終ったら、今度はこういう道は開かないのだというのでは、大蔵大臣の答弁としては、私はちょっとへんぱに過ぎると思う。そうではなくて、そういうふうなことをやって、今日の普通銀行が立ち直ってりっぱな金融機関になった。だとするならば、他の金融機関にもなぜやらないか。日銀との取引ということはきわめて大へんな問題だとおっしゃるけれども、大臣はこの金融機関の免許に対して二
前日に引き続いて若干御質問いたしたいと思います。殖産銀行の業務の場合は、当時朝鮮総督令においてその設立が認められ、運営が行われた、こういうふうにごく特殊な立場に立っておるものであるが、設立の場合には、日本が朝鮮の経営、朝鮮の産業開発、こういうような特殊な任務について、どうしても殖銀のようなものを作らなければいかぬという観点からこの銀行の経営を許した。従ってそれに基いて経営が行われたが、今度そういうような考え方がいかぬというので、終戦の結果閉鎖機関に指定をされたわけです。従ってこの責任というものは、株主そのものにあるのではなくして、実際には政府そのものにあるのではないか。株主の場合においては、通常業務の運営がうまくいかぬ、あるいはまた
株主にこの場合における責任がないということは、今の答弁でわかったわけですが、これは当然そうであろうと思うのです。こういうような考え方でおるのであったならば、今後外地においての経営ということは、日本では成り立たぬと私は思うのです。日本が、もしも内地のみならず、外地の関係ができて、それらの方面にいろいろ国策をやる場合に、これらの運営が政府に責任があるにもかかわらず、これらがすべて本人たちの責任であるというような措置を結果においてとられたとしたならば、これは今後いろいろな問題が出てくる。そういうような観点からこれを見るときに、株主の立場というものを考えてみれば、これは全財産についての清算ということを主張したいというのがその声であろうと私は
答弁がどうも中心をはずれておるのですが、敗戦責任をここで向うということを言うておるわけではなく、敗戦という思いがけない事態のために、一銀行が清算を命ぜられ、その結果というものは、かかって株主に犠牲がかぶさつてきておる、この状態は正常ではないではないか、こういうことを問うておるわけです。これがもしも普通の状態において破産を命じたり、あるいは業務下振に陥つたというのであるならば、これは全責任が株主の上にかかる。しかしながら、終戦あるいは閉鎖機関合、こういうようなものでストップを食つて、その結果が清算だ。しかも今度その清算の内容というものは、営業の大部分をやつておつた資産、こういうようなものは全然今回の問題に取り上げられない、これはあと回
今私の言っているのを、何か単純なる同情論のように問題を考えて、答弁をすりかえようとしておるのだが、私はその具体的な問題があるから、具体的な問題をつかまえて質問をしておるだけなのであつて、この問題の処理について、大蔵当局のとつている考え方が当を得ていない、また後に悪い例を残すだろう、こういうような考え方から質問を続けておる。その点は一つ誤解のないように願いたいと思う。 こういうような処置をすると、今後の問題について――今外地経営といったことがいろいろ誤解があったようですが、何も侵略によってのみ外地経営というものができるのではなくて、当然これは平和的な問題で、外地経営というものは今後も出てくるだろうと考える。この問題は、政府が国策と
今の考え方で制度が適用されると、ひどいことになるのもやむを得ない、こういう考え方ですが、制度を行う場合には、当然これを適用される団体があることを考えずに制度を作る者はない。今度の法案の改正でも、これを出すならばどういう団体がどういう結果になってくるかということをあらかじめ十分検討の上で、あなた方は出しておるわけです。従って、この制度が適用されたならばこうなる、これはやむを得ないということは、少しく考え方として冷酷な考え方であろう、こういうように私どもとしては考えて今質問したわけです。そこで、さらにこの問題を掘り下げていくというと、大蔵省も外務省も、殖銀が韓国殖産銀行に引き継いだ六億七千万ですか、この金額を故意に報告がない、あるいは未
請求権は厳然として残るということ、これはその通りでございましょうし、またそうでなければはならぬと思うのです。ただ実際問題として、こういうような整然と整理をされ、かつ引き継がれたところの金額すらも当局として未確認である、情報程度だというようなことで、これを強硬に押す意見がないということに、今の答弁ではなるだろうと私は思う。従ってそういうようなことでなく、韓国に残したところの大部分の財産に関係のあるこの殖銀の清算ということは、最終的にはもう少し待つべきだ、今日韓会談が開かれて、しかも今まで困難であったところの抑留漁夫、あるいは大村収容所の問題が大体解決がついて軌道に乗つてくる、こういう段階になるというと、今度は韓国に残したいろいろな財産
今の意見では、急いで清算をしたいというような考え方のようだが、それならば、なぜ今日まで十年間待たしてきたか、今日まで十年間もこうして延ばしてきて、ここで清算を急がなければならないという理屈は出てこない。それが、たまたま日韓会談は、従来無期休会のような状態であったのが、今度はすこぶる希望の持たれるような状態になってきておる。従ってこの中で解決さるべき問題は、日本にとつては相当たくさんの問題があるわけです。その際には有利な条件を全部そろえて出ていくのが、これは会談に臨む態度だろうと思う。ところが、実際にこの改正法律を通用して清算を急ぐならば、具体的に殖銀の場合には、数字的には、ゼロになってしまう。数字をゼロにしてしまって、それでなおいろ
この問題は、さらに答弁を検討して、質問を後日またいたしたいと思うのです。 それから次に、二十八年の七月二十四日に、やはりこの大蔵委員会で閉鎖機関令の問題が審隣されたときに、附帯決議がつけられた。このときの附帯決議は「本委員会は、事実上閉鎖機関を終止せしめるよう、ことに閉鎖機関の株主が会社設立案を具して申請したときで、当該閉鎖機関の実情に照らしその必要があると認められるものについては、政府においてただちに特殊清算人をその機関の旧関係者より選任し、新会社の設立を促進せしめる措置をとられるよう決議する。」こういうような附帯決議がついておるわけです。そこで、ここにありますような特殊清算人は、旧機関の関係者から出して整理をしろというような
顧問というのは、具体的な推進者ではないのであつて、従って、この決議の中にあるような「特殊清算人をその機関の旧関係者より選任し、」ということには、そのまま当てはまつておらない。この清算の方式を見ておると、こういうような機関は株式会社であり、私有財産なんです。ところが大蔵省の考え方というものは、これを国有財産の管理方式と同じような考え方で、これは何もかも当局の考え方で指導する、当局の都合でこういうふうに命令をするというような考え方を持つておるのじキないか。これは、そういうように誤解をされてもやむを得ないところまで、清算人も大体大蔵省の都合のいい人、それから一々の出し入れについても大蔵省の指示ということで、ほとんど私有財産の特殊清算という
それならば、旧関係者の中から出して、事情のわかつておる者でどしどしこの清算を進める、あるいはまた先日春日委員からも話のあった解雇手当の問題等も、朝鮮において二千万を送金する、それから内地におけるところの三千万を合せて五千万にして、この五千万円で解雇手当を支給する、こういうようないろいろな事情となりますと、これは指定日以前の確定した問題かどうかというところが、あなた方の方の論議の中心になるわけであります。ところが、こういうような当時においては、後においてこういうような整理をされるだろうとか、あるいは後にこういうような処分を受けるだろうというようなことは、これはだれもが想像がつかなかった。そうして突然の措置、あるいはまた敗戦という思いが
こういうような大量解雇の場合大量でなくて、これは全員解雇ですが、あるいはまた銀行等の都合によって解雇をするという場合、きめられたところの解雇手当よりも数倍するところの割増しをつけた解雇手当を支給するというのは、今日の日本の通例だろうと思うのです。従って、この間春日委員が指摘したような事情というものは、当然当時あったであろうと考えるわけですが、これは、この問題の改正には関係がないようでありますから、関係者との間で当時の事情についてただされて、支給をされるならばそれで済むことだ、こういうふうに考えるわけです。 さらにもう一つ承わりたいのは、預貯金の支払いに対して三分の二に切り下げて支払いをしておる、この問題については、当時における日
この換算率の問題については、これを全国の引揚者の団体が、政府のとつた態度を不当として公訴を起したら、その結果、政府がとつた態度は憲法二十九条の違反である、こういうような判決が、第一審ではあるがすでに出た、この問題に関しては、あなた方どういうふうに考えておりますか。
当時の朝鮮や満洲におけるところの日本券の運用というもの、あるいはまた日本政府と直接間接に関係のあったものの発行した銀行券、こういうものは全部同じように一対一で通用しておったわけです。従って朝鮮や満州等におけるところの預金の取扱いというものも、日本券でやったものもあれば、朝鮮券あるいは満州券でやったものもあるであって、この間を、今日になってこれが一対一・五である、あるいは等価換算ということは、判決が出ても、この問題と預金とは関係がないということは、少しく強弁に過ぎるのではないか。当時の国民としては、この問題に対して少しの疑念も持つていなかったわけです。もしこれが何かの理由によって、朝鮮券の個個というものは三分の三あるいは半分程度と、そ
等価支払いの特約があったから、これは一対一だと言われるけれども、預貯金をする場合において、これがどういうふうに扱われるかということは、当時として預金者は考えずに、みなこれを銀行に積んだものだと私は考えておるのです。その間にもしも今日のような措置というもの、あるいはまた貯金というものがどう扱われるかということに疑問を持つたならば、私はこういう問題は今日出なかったであろう、こう考えておるわけですが、少しく政府のとった考え方というものは、預金者に対してもこれまた犠牲を強要しておる。預金者の犠牲においてこの問題を処理しようとする、やはりこういうふうな点が出てきておるのではないか。当時における事情というもの、預金者の立場というもの、こういうも