まず第一に、八八年、私は閣僚ではなかったと記憶をいたしております。昭和六十三年というのは、たしか私は閣僚ではなかったと記憶をいたしております。まずこれが第一点であります。 そして、これはどうお答えをすべきか大変難しいのですが、私は確かに語学ができません。現在でも海外のお客様とお目にかかるときには、どこの方であれ、通訳の諸君に苦労をかけます。総理という職分になりましてから、その役割は外務省の諸君がしてくれております。閣僚としておりましたときにも、必ずしもその省庁の人間だけが通訳の役割を果たしてくれていたわけではございません。それぞれの専門家を使用する、通訳の専門家を使用する、そういうこともございました。 その上で、受け答え、言
