そこで、ちょっと問題があるのは、海外領域というのはどういうことなんですか。他国の領海、領空、領土ということでございますか、それとも公海、公空も含むのですか。
そこで、ちょっと問題があるのは、海外領域というのはどういうことなんですか。他国の領海、領空、領土ということでございますか、それとも公海、公空も含むのですか。
それでは、公海上で海上自衛隊が武力行動をとること、あるいは公海上から航空自衛隊がミサイルを発射すること、これは含まないわけなんですか。
これからの論議は、もうぜひこれをひとつ前提にしていただきたいのでありますけれども、防衛庁長官は、海外派兵は憲法上できないのだという前提に立って御答弁いただきたいのであります。政策論としてこれが入ってくると、政策論と憲法論がまじりますと非常に——これまでの国会論議が非常に紛糾するのはいつでも憲法論と政策論が混同するところにあると思うんですね。憲法上できない海外派兵というものは、どういうものであるのかということをここではっきりしたい。
いや、そこで自衛行動というものをある程度明確にしたいので伺っているわけなんですけれども、それじゃ事例を出しますと、これは明治の例の日露戦争による日本海海戦、これは私ども子供のときには非常によく聞かされたものですね。これはまさにバルチック艦隊がずっと曳行してウラジオストックに入ろうとした途中に、これを日本の連合艦隊が迎撃をして全滅をさせた。これはまさに公海上における戦闘行為でございますね。こういう場合はどうなんですか。これは海外派兵と言えるんでございますか。
それは非常に微妙な問題であって、そのときの状況判断をする、これは最高の状況判断はむしろ指揮官である——指揮官と申しますか、総理大臣が行なうべきでございましょうね。だけれども、一々総理大臣に相談していたんじゃ間に合わないような状況もあり得るし、当然これは幕僚監部が判断する場合もございましょう。そういうようなものを含めて公海上の、私は特にこれは海上自衛隊の問題になると思うんでございますよ。公海上における行動というものに、自衛のための行動、つまり憲法の許容する行動というものの限界というものは何らか基準がないんですか。防衛庁はお考えになっていないんですか。 〔理事世耕政隆君退席、鶴園哲夫君着席〕
だから陸上自衛隊の場合ならこれははっきりしておりますね。海上自衛隊の場合も、お話のように何か状況が起きたら、それを国会の中で審議してもらって内閣総理大臣が判断してなんと言っているうちには、これはもうとっくにそういう状況は変わっちゃうわけなんです、実際の戦闘状況のもとにあっては。そうすれば、あらかじめ、もし憲法上禁止されている海外派兵ということの限界を、何らかの形でつくっておかなければ、現地の司令官こそがいい迷惑——迷惑どころじゃなくて行動がとれないですね。そういうことが何でいままで防衛庁内部で論議されなかったのか。
どうも、もう自衛隊ができて十数年になるのに、これから研究するというのでは、私どうも非常に危険だと思うんでありますけれども、たとえば航空自衛隊の場合ですね。これは、かつて高辻法制局長官ですか、座して死を待つような状況の場合には、相手のミサイル基地をたたくことも、これは自衛行動の範囲である。航空自衛隊の場合には、まさにその限界までは憲法上許容される行動として国会ではっきり答弁したわけですね。そういう意味で、どうしても私は、憲法上の問題としてどこまでが許容できるかということは、いまだに研究課題であって、片方でどんどん自衛隊が強化されていくということは、これはもう本末転倒ではないか、これは当然、法制局としても、憲法上の問題である以上、憲法上
いや私は、憲法論としても、いままで出てきていることばというのは、専守防衛であるとか、不正な侵略が起きた場合、これに対応するのだという程度のことですね。ところが、憲法というのは、もっとそういう意味では、この問題に関しては第九条はかなり厳密な規定をしているわけです。それでさっき伺うと、防衛庁長官は憲法上の問題である。したがって、武力行使を目的にした武装した部隊を海外領域に派遣することを海外派兵と言うと、ただし公海上の行動についてはあいまいなわけですね。特に公海上の行動であいまいなのは海上自衛隊と航空自衛隊。さっき私はバルチック艦隊の例を申し上げたんですが、その艦隊なりその航空部隊がはたして直接日本を攻撃目的として来たのかどうかわからなく
どうもバルチック艦隊ばかり例に出して恐縮でございますけれども、バルチック艦隊が単なる移動であるなんというのは、久保さんらしくない御答弁だと思うんです。あのときには、アジア地域において当時の帝政ロシアは全く艦隊を失ってしまった。同時に、もう使えなくなった。日本を攻撃するためにバルチック艦隊が来たのは、これは明らかなわけです。長途の航路であったから、一応ウラジオストックへ行って補給しようというだけのことであって、これは日本攻撃のために来たということは明瞭でございますね。じゃ、バルチック艦隊を迎撃することも、いまのお話からいえば、当然、自衛行動に入るんじゃないですか。
要するに、この点については、今後、研究課題であるということですか。これはしかし私は、憲法上の問題である以上、これがいつまでも研究の課題として国民に不明のまま自衛隊が強化されるということは、非常に大きな矛盾だと思うんです。早急にこれは研究して、研究結果を法制局とも御相談になり、国会で明確に御答弁いただきたいと思うのでございますが、長官いかがでございましょうか、どのくらいの時日を要しますか。
一週間でこの重大なことが決定できれば非常にわれわれ好都合でございますから、次の機会に御質問させていただきます。 それでは次に、国連憲章五十一条の個別的並びに集団的自衛権のことでございますけれども、このうちの集団的自衛権というのはどういう意味合いのものか、これを法制局長官にぜひ御見解を伺っておきたいと思います。
どうも専門家に対してこういうことを申し上げるのは失礼かもわかりませんけれども、私は、集団的自衛権と集団的安全保障体制というものとは、これは異なると思うんです。むしろ本来の集団的安全保障体制こそ国連憲章であり国連である、たまたま五十一条が特別に異物的に入れられたから論議が紛糾するのであって、むしろこの五十一条の集団的自衛権については、憲法調査会の中でも相当論議しておることは、私から申し上げるまでもないと思いますけれども、この中でも、いま長官のおっしゃったような見解もあれば、あるいは特定国が侵略を侵した場合に、むしろ懲罰的な意味でやるのだということもございますが、むしろおおかたの意見としては、むしろこれは、正当防衛の自然権のうちの一つと
いや、憲法概念としてひとつ法制局長官に念を押しておきたいと思う、安保条約を言っているわけではないですから。
それでは、五十一条の集団的自衛権ということを、これをそのとおりに再確認いたしたいと思います。 そこで、この集団的自衛権とわが国とのかかわり合いにつきましては、まず最初に出てまいりますのは、いろいろございますけれども、サンフランシスコ講和条約の中に、この集団的自衛権に触れた部分があるわけなんですね。これは私から申し上げるまでもなく、平和条約のこれは五条のC項ですね、五条のC項に「連合国としては、日本国が主権国として国際連合憲章第五十一条に掲げる個別的又は集団的自衛の固有の権利を有すること及び日本国が集団的安全保障取極を自発的に締結することができることを承認する。」と、これが一つございますね。それから日ソ共同宣言の中にも、相互にこれ
その点は、私は納得できないんです。 それじゃ防衛庁長官にお伺いしますけれども、防衛庁長官は、憲法上の問題として海外派兵はできないとおっしゃいましたね。しかし現在の憲法のどこにそういうことが書いてあるんですか。
いまの法制局長官の答弁、私最初に申し上げた憲法論と政策論がどうもごっちゃになっていると思うんですね。と申しますことは、憲法では何らその点については触れていないわけですよ。憲法第九条は戦争放棄、戦力の不保持、交戦権の否認ですね。しかしこれに対して、従来の自民党だけでなしに、前の自由党もそうですけれども、自衛権を否定しているものではない。これは私たちもそう思います。自衛権の行使の形態としての武力の行使は、これを禁止しているというのが、われわれの解釈であり、それから政府なり、これまでの政府の解釈は、いや自衛権の行使の形態としての武力の行使は認めているんだと。ところがいまの外務省の条約局長の話を聞くと、集団的自衛権の行使は認めていないとおっ
いまの長官のお答え、何かちょっと……、十二条、十三条とおっしゃいますが、十二条、十三条というのは関係ないんじゃないですか。——それはまあいいです。憲法をごらんになっていただくと十二条は自由及び権利の保持、濫用禁止、利用責任の問題である。十三条は個人の尊重の問題ですね。別に九条とは直接関係がないと思います。 それはさておきまして、私はいままで、だからそういうことがあろうかと思ってずっと詰めてまいったのであって、まず第一に海外派兵の問題から入り、海外派兵はできないんだということは、これはまあ早急に具体的な態様を御検討願う、五十一条の集団的自衛権というものがまさに正当防衛の自然権であるということについて、これは法制局長官はお認めになっ
それは後半は政策論ではないですか。憲法上ですね、そういうことを明確に規定している条文はどこかということを私は伺っているのです。むしろこれには二つの根拠があって、国連憲章五十一条から出てくる自然権、正当防衛の自然権としての集団的自衛権という概念と、それから日本国憲法第九条から出てくる、あなた方のおっしゃる自衛権という概念と、その概念があいまいだから、常に政策論でもってそこをつながなければならなくなるわけですね。たとえば先ほどのお話の、明らかに日本に向かって艦隊が攻めてくる場合には当然これを迎撃する。だからこれはもう集団的自衛権というものとまさに密接な関係——その国が侵されることは日本の安全が脅かされるという、つまり日本の安全が脅かされ
納得できませんね。わが国と密接な関係にあるということは、たとえばアメリカと非常に密接な関係がありますね。じゃアメリカがどこかの国から攻撃されたからといって、直ちにわが国の安全は脅かされません。そうでしょう。だから最初に、私はむしろ集団的自衛権というのは正当防衛権的な自然権であるということを長官お認めになっているわけですよ。だから密接であるということは、単なる政治的な密接さとか、あるいは経済的な密接さではなしに、まさにその国が脅かされるということが、わが国の安全、すなわちわが国民の生命、財産を脅かされるということであって、そのときに初めて集団的自衛権というものが発動できるからこそ、正当防衛権的な自然権ということが言えるんじゃないですか
そうすると、集団的自衛権というのは拡大されるわけですか。私はむしろ、先ほど申し上げた憲法調査会の論議を見ても、正当防衛の自然権として、これを一応国際的にも、また憲法調査会の中での論議でもそれを大体認めているわけですね。正当防衛の自然権というものは集団的自衛権に該当し得るということは、これは明らかにわが国民の生命、財産、こういうものが脅かされるという前提でなければ、これは私は発動できないだろうと思うのです。ただ密接さということばにはいろいろな密接さがあると思う。そうでなくて、この場合は、まさにAという国が攻撃されることがわが国の国民の生命、財産を脅かされるというところにあるのじゃないですか。それを、あなたさらに拡大して、そういう意味で