北海道開発の歴史的な足取りを考えてみます場合に、第一期といわれる開拓使時代は、第一回の拓殖計画として、明治五年から十カ年計画で、国費を当時の金で一千万円投入するという長期の計画をもって、この長期計画の中の年次計画をもってこれがなされたのであります。第二期といわれる三県一局時代、これも国の財政投資を相当これに注入して行うということであり、第三期は、北海道庁という庁制がしかれた明治十九年から昭和二十二年までの期間であります。第一期拓殖計画、第二期拓殖計画、こういう場合は長期の計画がちゃんと樹立されて、その中で年次計画が立てられてそうしてその全体の財政規模の中で、公債を発行して、これを繰り上げてこれだけをやる、全体の規模としては大体これだ
