大蔵大臣に伺いますが、銀貨のデザインについて決定するまでに、幾通り審査されて、その中からこのデザインの特徴というようなものはどういうところによって御選定になったのか、選定経過を伺います。
大蔵大臣に伺いますが、銀貨のデザインについて決定するまでに、幾通り審査されて、その中からこのデザインの特徴というようなものはどういうところによって御選定になったのか、選定経過を伺います。
前回に引き続いて簡単にお尋ねをいたします。 簡易保険の経営に当たっておる立場からいろいろ御意見があろうと思うのです。それは経営者の立場から、また加入者の利益をはかるにはこうしたらいいという当面の問題点がいろいろあろうと思います。その問題点は何と何であるか。 〔委員長退席、秋田委員長代理着席〕 これを大臣の立場からと局長の立場から、実際に経営に当たってこういうところはこういうふうに改善したいのだが、いまはちょっと困るという点があったら、最初に伺っておきたい。
局長の答弁は事務的な答弁から一歩も出ない、大臣の御答弁は、保険の精神を生かさなければいけないという一般論として一応けっこうだと思います。しかし簡保の場合はそういう一般論ではなくて、もう少し掘り下げれば、簡保の背景となっているものは何か、日本の社会保障制度が不十分だ、行き届いていない、自己保障しなければいけないというせっぱ詰まった状態に追い詰められているという背景を持っていると存じます。そして簡保の基盤は何かといえば、簡保の基盤は中以下の零細な、低収入の方がその大部分の基盤である、こういう政治の行き届かない点、おくれている点、そしてその中で零細な、低収入の方々が、いかにして生活を幾らかでも安定させようかというはかない願いの中から簡保に
そういうふうにお考えになることはいいのですが、具体的な仕事としてあらわれたときには、女子は切って男子をとる、それからタイムラグはここに生かされていないというふうに、それだけ実態においては加入者は利益をチェックされておるということが事実であります。生命表は三十五年のものを用いていない、それはそのとおり事務的でけっこうですが、五年ごとの生命表ができてくるわけですから、その過程において、安定した条件の五年ならいいのですが、非常に傾斜して動いていく、こういう時点に立ちましては、もっと加入者の利益という視点に立ってものを判断しますならば、いま大臣の言われた心のかまえというものをもっと具体的な施策としてここに示さなければ、そういう気持ちだという
加入者が掛け金を担保で金を借ります。その場合の普通金利及び延滞した場合における延滞金等は、いろいろあるでしょうが、その最高限度をちょっとお示し願いたい。
加入者は、先ほども言ったように、簡保の基盤は低所得者である、非常に低い収入で生活しておると思うのです。最高日歩十円というような金利は、ちょっとほかにはないのではないかと思うのですが、こういう高い金利の問題について、経営者の立場で、もう少し加入者の利益の立場で今後考えていかなければならぬというような反省がないのですか、ひとつその点を伺っておきたい。
日歩十銭になるんじゃないのですか。
それは私が聞いておるのとはちょっと違うのです。私もあまり金を借りたことがないし、利子を払ったことがないので、思い違いかもしれない。これはまたあとでお尋ねします。 それから、一定期限が切れますと、民間の保険の場合は、自動立てかえ払いというので失効にしない。できるだけ加入者の利益の立場で立てかえ払いをしておるという制度があるわけですが、簡保の場合は、そういうものがきたらぴたっと失効にする、こういうので、もう少し加入者の立場で自動立てかえ払いの制度を設けるというようなことはお考えにならないかどうか。この点を伺います。
考え方の相違ということでなくて、私はこれは長期にわたって、たとえば一つの条件を——非常に特殊な事例としてこういう場合があるから損だというような例は私は例にならないと思うのです。自動立てかえ払いにして一時をしのいでその間に復権する。たとえば失効したものをまた権利を復活させるということを年限も置いていろいろやっているんですから、そういうものもあるわけですから、そういう点からいえば、自動立てかえ払いの制度を置いて、そうして一定期限の、加入者に利益の限度においてこれを活用していくという制度にすればよろしい。もとのものが全部なくなってしまう、それでも自動立てかえ払いだというのとは私は違うと思うのです。加入者の利益の限界でこれを運用していくとい
百万円に限度額を引き上げた場合、第一年次、第二年次、第三年次ぐらいまでこの増額はどのくらいの予定を立てておるのか伺いたいと思います。
この年度に集中満期がやってくると思うのですが、その総額は年度別大体どのくらいですか。
そうしますと、資金運用部における簡保原資は、この三年度においてどのような数字になりますか。
前回も私述べておいたのでありますし、その他の委員からもいろいろ問題を提起しておるわけですが、集めた金の運用について、当局も現在のような運用では十分でない、加入者にとって、最も有利に、また確実な運営の方法でない、こういうことはお認めであります。そういたしますと、先ほど私が冒頭に申し上げましたように、加入者の利益のために順次改善していくんだ、その努力を積み上げていかなければならぬわけでありますが、いまそういう面においてどのような努力を払っておるか。そしてそのネックはどこにあるのか。そうしてことしの電力関係に若干道を開いたというだけでたいへん明るい見通しのようなことを書いております。こんなことはもう問題にならない程度のものですが、いままで
郵政省は郵便貯金を集める、年金を集める、簡保を集める。金を集めるだけで、使うのは人に使ってもらう。使う関係においても、責任は集めたところにあると私は思うのです。そうすると、その金が流れていく先で、郵政省の関係の者がある程度タッチしてどうこうと、普通の資本主義経済の中では、金を出せば、重役が乗り遊んでその金の使い道なんか監督するということが普通なんですが、ここで見ましても、政府関係機関でも、国鉄なり住宅公庫なり、国民金融公庫、農林漁業、北海道、東北公庫あるいは公団なんかにもずっと出している。これらの政府関係機関なんかにも乗り込んでいくのは、大蔵省の役人の退職者が天下り人事で入っていく。金を集めるだけ集めて、あとはその金の使い道も何ら見
大臣からホット・ニュースとしてきょう発令したということを伺ったのですが、答弁できる人事というのはたったそれだけですか。私は一千六、七百億もの金を出しておきながら、全く外から指をくわえて見ておらなければならぬ、こういうことは加入者に対して忠実なゆえんではないと思うのです。そういう意味で、簡易保険の背景となっておるもの、その基盤となっておるもの、そういうところから言えば、特に政府の事業として加入者にできるだけの経済効果の実った実を還元するという考えに立たなければ、社会保障がこんなに行きわたっていない実情から見ても、私は政治責任が国にあると思うのです。入りなさい、入りなさい、こう言いながら、入ったら物価はどんどん上がるし、通貨はどんどん膨
最後に希望を申し上げておきます。物価を安定し通貨価値を安定させるということは、国務大臣としての責任であります。古池大臣は、国務大臣としての立場で物価を下げるなんという、いまの段階では大それた希望を持たないで、上げないようにするというだけの努力は十分尽くしてもらわなければいかぬ。また郵政大臣としては、行政庁の長官として、この簡保の運営は決して正常じゃないと思います。あっちからこっちから押しつぶされて、縮むだけ縮み上がって、そうして加入者がそれだけ不利益を招いておるということが現状ではないかと思います。役人のなわ張り争い、あるいは役所のなわ張り争いだけではなくて、背景となっておる加入者の利益のために、もう少し正しい施策と勇気とを持ってい
大臣が来るまで関係局長に事務的な関係について少しお尋ねをしておきたい。 保険の最高限度三十万円を五十万円に上げたのは三十七年で、三十七、三十八、五十万円で、二年度だけやって、今度は百万円に値上げする、この関係は一応提案説明では伺っておるわけですが、過去三十万円の間に実施した経験、またこの二年間五十万円で実施した経験に照らして、百万円に値上げしなければいけないというその理論的実際的な根拠を明確に伺いたいと思います。
私のお尋ねしているのは、そういったことではなくて、同じ条件の上に立って三十万円を五十万にした、五十万を百万円にした、こういうことならいまの局長の説明で私は了解できる。しかし通貨価値の関係から見ても、物価の関係から見ても、経済のいろいろな資料に照らしても、この五十万円というものは昔の五十万円ではないわけです。ですから、通貨価値というものがいろいろな条件で下がってきておる。だから生活費とそういう名目的な百万円というものとのつり合いから、内容的に改めなければならなくなった、客観的な諸条件がそうさせたのだ、こういう理由が私はあろうと思うのです。単に五十万円より百万円が——世の中の個人的な生活の条件がこうだからという主体的な条件ではなくて、も
大臣、私は何も経済政策の行き過ぎのみによって、下からの突き上げで百万円に引き上げるとか、そんなことを言っておるのじゃない。一つの主要な要因は、昔の、たとえば最低一万円——いま一万円という通貨価値なんてナンセンスで、一万円なんというものは小づかい銭なんです。そういうふうになってきたことがもう上げざるを得ないという実情の主として要件でないかということを言っておるのです。それのみというようなことを言っておるのではございません。 いろいろお尋ねしたいと思いますので、そこでたとえば昭和九−十一年にいろいろな統計資料の主点を置いておるようでありますが、通貨の面から見ますと、昭和九年は日銀券の発行高が十六億、十年が十七億、十一年が十八億、それ
先ほど来の答弁の中で、百万円引き上げについて現時点における経済分析もそれほど十分にしておらない、いわんや長期展望においておやということであります。そうすると、加入者に対する利益を守るということは、そう慎重にかつ十分に配慮された上のものではないということが明らかだろうと思うのです。 第二点として、私は今度の五十万円を百万円に上げるにあたっての最も手近な原因になっているものは、集中満期における資金手当ての関係があるのではないか、こう思うのですが、どうですか。