インドのやりました核爆発の実験、あれは何だと政府はお考えですか。
インドのやりました核爆発の実験、あれは何だと政府はお考えですか。
その内容は科学技術庁は調査をされましたか。
実証がないとしますと、名前は平和的利用だと言っておるけれども、事実は核爆弾を製造する一つの資料を得るためにやった、こうお考えですか、インドの場合。
あれは実験でございまして、あれが運河掘削とか地下資源の調査のためにやられたのではないことはインド政府も言っておるわけだ。ただ、日本政府は、今後原子力の平和利用ということを進めていく場合に、事実ジュネーブにおける再検討会議におきましても問題となりましたが、核爆発を利用した平和利用というものは、政府はもうこれから考えていかない方針なのか、それを考えていこうとされるのかということを伺っておる。
用途がはっきりしたらというのは、その用途をはっきりさせるための研究はやられるおつもりなんですか。それも一切やらない。よそでやってみせたらまねをしよう、こういうことなんですか。
核の利用というものはいろいろな方面で変わってくるわけでございまして、基本法は、そういうこれから無限に発展していく原子力の平和利用の内容にまで立ち至って手を縛っているとは私は思いません。われわれが人を殺傷する、あるいは器物を破壊する兵器をつくらないということははっきりいたしております、「平和」という文字が書かれておりますから。しかし、いまあなたがおっしゃったようなことまで一切やらぬということがあの基本法の精神でしょうか。余りくどくなりますが、もう一度お答え願いたい。将来に対する重要な問題です。
科技庁長官のお考えはわかりました。賛成はいたしません。研究は無限でございますから、研究はちゃんとすべき問題だとわれわれは考えます。 同時に、軍事目的であるかあるいはまた平和利用のためであるかは、それはそれを研究している者の立場によるのでございまして、自民党政府は、何か防衛関係の問題でございましても、兵器によって、当然その意図が兵器にそのまま組み込まれているような解釈をすることがございますが、誤りでございます。核利用ということにつきましてはもっと素直にこの問題に対処しなければ、将来核の力による新しい文明がもっと栄えるといたしますと、非常に大きな不利を招くのではないか。原子力基本法もそういう未来に即して検討願っていくべきものだとわれ
われわれの隣国には中国がおるわけでございまして、中国は断固として核防条約には入らない。 さて、核防条約というものが全世界的に核に関するある程度の安定した状態をつくり上げるものだとするならば、やはり核保有国は全部入ってもらうべきだと私も思います。しかし、いまあなたのおっしゃったように、中国は、いやフランスもそうでございましょうが、もっと多くの核の力を持たなければこれに入らないということになりますと、中国がどんどん核の力をふやすこと、これは日本としては黙って見ておる、こういうことになりますか。
この条約に加入してない国の中で、パキスタン、イスラエル、エジプト、サウジアラビア、アルジェリア等がございますが、これらの国々はなぜ条約に加入しないと政府は御判断でございますか。
そうしますと、これらの国々は、核防条約というのは自国の安全保障にとって望ましくない、こう判断していると見てよろしいか。
別の種類の国々があります。スペイン、南アフリカ、アルゼンチン、ブラジル、それぞれウラニウムの産出国でございますが、これらの国々もまた未加入である。これの理由をどう判断しておられますか。
南アフリカ。
外務大臣、いま国連局長から、世界の紛争が起こりそうな、あるいは現に起こっておる地点に位置する国々と、それから今度はそうではない、ウラニウムの産出に関係のある国々と、いわばこの核防条約にきわめて入ってほしい国国、これが入っていないその理由を政府はどう判断しているかと御質問申し上げましたところ、どちらもよくわからないがというまくら言葉なんですね。そんな自信のない態度でいいのでしょうか。外務大臣、ちょっとお答え願います。
われわれもいままでこの条約に加入してなかったのでありますが、加入するについては、やはり加入しない国の意図というものを十分知って方針を定めておく、またこの運用に当たっていく必要があると思いますけれども、これは努力をしていただきたい。 さて、いま事例を申し上げましたが、戦後三十年、なるほど局地紛争はあちこちにございましたけれども、大きな戦争は起こらなかった。その大きな戦争の起こらなかった一番大きな理由は、やはりアメリカとソ連とが大きな核兵力を持っており、これが相互抑制の力を及ぼしたんだ、こう見る見方がある。先ほど外務大臣は、将来やはり核兵器のなくなることを希望しておる、期待しておる、こういうことでございましたが、核がなくなれば、三十
大分哲学的な御答弁になるのでございますが、大体二世紀ほど前から、いわゆるいまわれわれが通常兵器と言う兵器を所有しつつ主権国家というものができ上がってきた。そして、国家ができ上がるとともに、国際平和とか、国際間の戦争もまた起こってきた。それがいわば二年に一回くらいの頻度で戦争というものが国家間に行われてきた。なるほど第二次世界大戦後の三十年は地域紛争は同じようにございました。しかし、それが二つの陣営の対立に見えながら大戦争にはならなかった。ベトナムでもならなかったし、朝鮮半島でもならなかったし、あるいはまた中東でも現在なりません。ことに朝鮮戦争の後期以来、ならなかった大きな原因はやはり核だ。核の恐怖というものを二大核保有国が知っておる
いま外務大臣は、米ソ両核大国がバランスをとった形で縮小していく形が望ましいし、そう起こるであろうという予測も加えられすした。さてその辺に対して、もう少し事実関係を明らかにしておきたいと思います。 一九六七年の一月、アメリカがこのSALT、戦略兵器の制限交渉について、ABMの制限を交渉いたしましたときに、アメリカとソ連とはICBM、SLBM並びに核兵器搭載の爆撃機これを数量としてどのように保有しておったか。次には一九六八年、大体このSALTの話し合いが一年半たちまして開始されるというときの同じようにアメリカとソ連との核兵器の保有数量、さらにそれからまた軌道に乗りました一年半たちまして一九六九年に、わずか二年の間でございますけれども
申し上げました時点においては資料がないようでございますから、資料のことでございますから私の方から申し上げますが、当初、これはある時点のとり方によって数字が少し違います。違いますが、大体において一九六七年はアメリカが二千二群程度、ソ連が合計七百五十、つまり三倍の力をアメリカは持っておった。その三倍の力を持っておるアメリカがソ連に対してABMの制限を申し入れるという形でSALTの交渉が始まり、ソ連もこれに対して、総量でひとつやろうではないかという意思を固めまして、これにこたえたのが一年半たった一九六八年でございます。その総量で応対しようとする意思を固めるためには、ソ連は急速に自己保有のICBM等を増加したのでございまして、したがって、一
いま外務大臣から対等性ということが出ました。私もそうだと思うのです。つまりSALTが所期しておりますのは、両方が形式的には対等をかち得たと思い、そして内容から言えば、アメリカはアメリカ側に自己の優越性が保障されたと信じ、ソ連はソ連なりに自己の優越性がこれによって担保されたと信ずる、こういうのがSALTの性格ではないかと思います。一九六九年にソ連がこれに応じようということをはっきりしたときには、アメリカはMIRVの開発を決定して生産に着手しているわけです。そして、いまや昨年のウラジオストクの米ソ両首脳の会談において、ICBMとMIRV両方ともが上限の設定の数字を決める、こういうことになりました。しかし、ここでSALTというものの性格を
それは記者会見で発表したことは、世界の人だれでも知っておりますが、そうして一九七五年になって、現在四月からやっておりますジュネーブの会議はどうなっておりますか。デッドロックに乗り上げて動いていないじゃないですか。
外務大臣、軍縮ということを、先ほど触れたように口にしない指導者はございませんですね。しかしわれわれとしては、口にされていることを信ずるのではなくて、ほかの国が実際にやっていることをやはり見抜かなくてはならない。したがって、SALTというのは軍縮の第一歩であって、だんだん減っていくんだという望みを託しつつわれわれはそれを見ておりますと、そうではないときに困りますね。裏切られたという感じになる。したがって、SALTの本質というものを一体政府はどう見ておるかということをこの際、国民に明らかにしておいていただきたい。