同じ太平洋圏の別の地域のことをひとつ伺っておきたいのですが、外務大臣は五月の初め豪州に行かれまして、日本と豪州との閣僚会議に臨まれました。この中で、豪州の労働党政権がウランに関して国有化をやろうという方針を持っているので、わが国の原子力の平和利用をやる面について、きわめて阻害される要因が出てきたのではないかと心配される向きがございますが、この機会にこの日本と豪州との閣僚会議で受けられました一番大きな印象と、そしてこのウラン問題についてひとつ御報告を願いたい。
同じ太平洋圏の別の地域のことをひとつ伺っておきたいのですが、外務大臣は五月の初め豪州に行かれまして、日本と豪州との閣僚会議に臨まれました。この中で、豪州の労働党政権がウランに関して国有化をやろうという方針を持っているので、わが国の原子力の平和利用をやる面について、きわめて阻害される要因が出てきたのではないかと心配される向きがございますが、この機会にこの日本と豪州との閣僚会議で受けられました一番大きな印象と、そしてこのウラン問題についてひとつ御報告を願いたい。
先年、日本で日豪閣僚会議が行われましたときには、パプア・ニューギニアの自治政府の外務大臣が同席をいたしておりました。昨年わが国の田中首相が豪州を訪問いたしましたときもパプア・ニューギニアの首席大臣が列席をしておったと伝えられております。今回の閣僚会議にはパプア・ニューギニアのミニスターはだれも出席していなかったようでございますが、その理由について外務大臣は何かお聞きになりましたか。
終わります。
私は、民社党を代表し、ただいま上程されました核防条約批准案に対し、政府の所信をただしたいと存じます。 核防条約は、今後二十年にわたって、わが国の安全保障と原子力による技術発展に重大な影響を及ぼす重要な条約であります。三木内閣がどんな考え方のもとにこの批准を求めようとしておるのか、四つの点につきまして、三木総理の見解をこの際明らかにしていただきたいと存じます。 第一は、核防条約の性格についてであります。 もともと核防条約は、一九六〇年二月三日、ソ連の核脅迫により、スエズでの屈辱的な屈服を強いられたフランスが、第四の核保有国としてサハラ砂漠において核爆発を成功させ、次いで一九六四年十月十六日、核によるソ連の支配から脱却しよう
オーストラリアの領域の一部にパプア・ニューギニア地域が含まれておりますが、これまでこの地域とわが国との間に文化的な関係がございますか、ございましたら御報告を願いたい。
昨年の日豪閣僚会議のときにも、パプア・ニューギニアの外務大臣がその後半には参加をされて、そして当該地域の独立が間近いということは日本国政府もわかっているわけであります。ことしの一月にはわが国の総領事館がパプア・ニューギニア地域の首都と目されておるポートモレスビーに開設された、そこまでやっておるにかかわらず、文化関係はわからぬですか。
申しわけないと言われたらそれで終わりでございますが、やはりこの地域に対するわが国の三十年前のかかわり合いというものを考えるならば、オーストラリアの領域にはなっておりますけれども、相当多くの日本人がこの地域とかかわり合ったという歴史は払拭できないわけでありますから、焦点を決めて、やはりこの地域との文化的な関係について日本国政府はもっと知っておく必要がある。外務大臣、そう思われますね。
いま外務大臣が、経済関係がもし間違った接近の仕方をすればということに対する懸念の意をあらわされましたが、外務省とされましては、一体この地域とわが日本との経済関係についてはどのように把握していますか。
パプア・ニューギニア地域に行っております日本の企業が、その振る舞いはなはだこの地域の人々にとって好ましくないということで、いろいろな注意を受けている事実は御存じですか。
後でまた外務大臣に聞きますが、総領事館が設置されましてから一体どんなことをやっているのですか、この機会に御報告願いたい。
御報告を伺いますと、何かうまいことやっているようでありますけれども、日本の企業等がこの地に関係をいたしました基本的な経緯は、日本とオーストラリアとの約束あるいはその枠組みでこの地域に行っておる。ところが、現地では独立を目指してどんどん現地政府がいろいろな新しい枠をつくるわけですね。ところが日本の企業はその枠に入り切れないということで注意を受ける。そういう変化というものを正確に現地の総領事館は知らねばならぬのでありますが、先ほどの御報告を聞いておりますと、文化関係はわからぬ、企業のそういう問題については二、三注意を受けたようなことがあるという程度では余りギャップがあるのではないですか。なぜ一体日本の漁業関係が、現地から出ていけというよ
外務省は、この地域の独立をいつだと判断しておられますか。
新しいパプア・ニューギニア国家の憲法に対する憲法制定の委員会が作業をしておりましたが、これがどこまで終了しているか、御存じですか。
すでに憲法制定委員会でこれらの条章はほとんど条文としては審議が結了しており、後は本会議における決定を待つ段階だと私どもは承知をいたしておりますが、だといたしますと、いまお話のように秋ごろであるか、あるいはもっと早いかということが問題になります。早ければ早いだけの対応策をわが国の方も考えなければならぬ問題でございますから、一説に六月三十日ごろ独立の日取りになるのではないかという説もあるのでありまして、この辺は十分に情報を取っておいていただきたいと思います。 さて、いま独立を目指して、先ほど申し上げましたようにどんどん積極的にいわばパプア・ニューギニア現地政府の施策なり方針が決められてきますと、それに応じていろいろな考え方も変わって
現地政府の副首相であり警察大臣でございますピタ・ルース氏が次のようなことを申したと現地紙が伝えておりますが、「時は既に移り変り、今や長年の忍従に耐え忍び、ようやく自主独立、民族自立の悲願が達成されようとしており、国民も、自由、独立の息吹きを、いままさに享受しつつあるこの時期に際し、事実を無視した前近代的封建的な植民地的色彩の濃い精神構造より脱しようとはせずに、あくまで白人優越主義を押し通そうとする動きが、このところ、官民各界で多大の弊害をもたらしてきている」、このことに対して警告を発したと伝えられておる。一言で申しますと、オーストラリアの統治から出て新しい独立国家をつくる、すなわち植民地的状態から独立国家をつくるとすれば、きわめて強
外務大臣に最後の締めくくりをお願いしたいのです。 あなたは経企庁長官もお務めになり、通産大臣もお務めになりましたので、十分日本の経済人のマインドも御存じだと思うのです。この地域は広大な、日本の一・三倍もございますけれども、人口は三百万以内であり、その戸籍もまだ整備されていない。そこへもってきて、プラリ川開発を初め、日本の側の経済開発の調査が行われました。調査が行われれば、現地の方々の気持ちとしては、それが早急に具体化するであろうという期待感を持ってこの調査団を迎えておったことは事実でございます。いまやこの国が独立をいたすということになりまして、大体オーストラリアドルで一億ドル以上の、いわばオーストラリア政府からすれば持ち出しのあ
大臣、せっかくひとつ慎重に、また前向きにこの問題に対して対処されるよう、強く期待しておきます。
外務大臣の今回の訪米を多といたしますとともに、その意味合いを少しく詳しく伺ってみたいと思います。 もともと、外務大臣が就任されて、一度アメリカの国務長官と隔意なく話をしたいということから始まって、特に自民党内部で核防条約を批准案件とするについて、日本の安全保障に関し、アメリカは一体どうしてくれるかということを確かめたいという一つの要望、アメリカ側にしますと、東南アジアにおけるアメリカの意図の瓦壊、それに関して起こるであろうアジア諸国、特に一番大きな日本側が、アメリカとの同盟関係に信頼感を一体どのようにつないでくれるかということに関して、日本側に話をしたいというその時期が重なったわけですね。われわれ日本の側というと非常に奇妙な立場
かって椎名外務大臣のときに、ベトナムの地域は極東の周辺である、そして極東の安全に対して大きな影響を及ぼすところだから、安保条約上、日本がアメリカに対して持っている義務は安保条約上のものとして果たすのだということをわが衆議院の外務委員会で表明されたことがあります。 さて、これから南ベトナムあるいはカンボジア、東南アジアの事件の終息に当たって、新しく事態が変わりつつありますけれども、安保条約上の義務は果たすのだというようなことはお話しされましたか。
難民という場合に、たとえば日本に難民を持ってくるとか、あるいは難民のための金を出すとか、あるいはいろいろなことに協力するとかいうこともございましょうが、たとえばアメリカが先ほどちょっと触れられましたが、沖縄の基地から軍隊を派遣して、そしていわば撤収作戦をやる。撤収作戦というのは、ただ単にそこの人間を引き揚げさせるだけではなくて、一面戦闘しなければならぬ。ある見方からしますと、それは戦闘作戦に行くわけですね。先ほどちょっとお話を聞いておりまして、もし沖縄からアメリカ軍がいまのような目的のために出かけるという場合について、あなたがすでに同意をされたというようなことになりますと、キッシンジャーともしその話をされて同意されたとしますと、安保