アメリカは現在ベトナムからのある程度の撤兵計画を発表し、これを撤兵をしつつあります。ベトナムに出ております韓国から行っておる師団も、これは当然韓国に帰るでありましょう。そうしますと、国連軍という名前でいま韓国に配属されているアメリカ軍は当然、いままでのアメリカの考え方によれば本国に帰還していくだろう、こう思われる。そう思いますか、防衛庁長官。
アメリカは現在ベトナムからのある程度の撤兵計画を発表し、これを撤兵をしつつあります。ベトナムに出ております韓国から行っておる師団も、これは当然韓国に帰るでありましょう。そうしますと、国連軍という名前でいま韓国に配属されているアメリカ軍は当然、いままでのアメリカの考え方によれば本国に帰還していくだろう、こう思われる。そう思いますか、防衛庁長官。
政治の現実の問題となっておるわけですね。どの程度引くかどうかということが、韓国におけるアメリカの核政策と相まって問題になるわけです。われわれが心配しておるのは、その韓国における核の問題が、沖繩との関連においてアメリカ側が問題にしておるわけです。したがって、なるほどメースBは撤去したかもしれないけれども、そういう問題をはっきりとらえなければ、佐藤内閣は非核三原則ということを打ち出しておるけれども、きわめて疑問の残る点がある。そこで何もそこまで考えなくても、韓国というものが一体どうなるかということを——それは兵力のいま問題でございますけれども、どう判断しておるかを実は聞きたかった。もう一ぺんお答えいただきたいと思います。
保守的政治感覚によれば、現実に出てから判断するで私はいいと思うのです。しかし、われわれが心配をいたすのは、昨年の佐藤・ニクソン共同声明において、韓国には、あるいは朝鮮半島には、非常に多くコミットしておられるのではないかという疑いを持つわけです。したがって、なるほど現実に兵力移動が行なわれた場合に判断すればいい問題のようでありますけれども、私どもは、もしそれが、あの共同声明によってコミットせられておるとするならば、重要な問題でありますので、いまは兵力量の観点から問題を投げかけました。 さて、ここで共同声明に一ぺん返りたいのでありますが、四項で、朝鮮半島に起こる事件と台湾に起こる事件とを並べて述べられておりますけれども、文句は違うわ
日本語というのは、ぼんやりしておりましてね。たとえば韓国の安全のくだりにつきましては、「韓国の安全は日本自身の安全にとって緊要である」と総理大臣は述べたことになっておる。台湾地域のほうは、同じく総理大臣は、「台湾地域における平和と安全の維持も日本の安全にとってきわめて重要な要素であると述べた。」と、こうなっておるわけですね。これは日本語にしたら同じことですよ。しかし、これをアメリカ側が了解している文字は違うわけですね。ここは日本の国会でございますから、アメリカ語のことは、どうでもいいようでございますがわがほうが朝鮮半島にコミットしたかしないかということについては、残念ながら、これはアメリカ語のことをちょっと申さざるを得ないので、私は
私が思いますのに、朝鮮半島の事態に対して、わが国が対処するようにアメリカから望まれるであろうことがあるわけですね。それは朝鮮半島に戦闘状態が発生するならば、わが国並びに沖繩の軍事基地をアメリカが使用しなければこれに対応し得ない、このようにアメリカは考えておると思います。わが国もそう思いますか。
外務大臣は若干の相違があると言われた。私は相違があると思うのです。すなわち朝鮮半島の場合には、まさしくわが国の安全にそのまま関係がある。この対応のしかたに対して、佐藤内閣はコミットされたのだ。台湾地域に対しては、なるほど重要であるかもしれないが、そのものが、わが国の安全に直ちに迫ってくるということではないという判断が、やはりここに生きていると私は思う。したがって台湾に対するコミットのしかたと朝鮮に対するコミットのしかたとは、私は非常に大きな程度の差があると思います。つまり朝鮮半島に対しては、わが国が一体何かを求めるかどうかということを、やはりアメリカ側が求めているのだろうと思う。いままでの安保体制というのは、一方的にアメリカが極東戦
抑止力と言われましたので、先ほど私は韓国における核の問題をひとつ聞いてみたのですが、まだ日本政府の考慮の外にあるらしいので……。問題はこういうことなんですね、われわれが、いま十数年前の朝鮮半島の痛ましい戦争の経験を振り返った場合に、どうしたら一体この地域で戦争をなくすることができるか。この点についてアメリカがやってきたのは、なるほどグアム・ドクトリンがございましたけれども、やはり軍事的なバランスをとらなければだめだ、こういうことである。しかしグアム・ドクトリンが進行していく過程においては、アメリカ軍は韓国から何ほどか撤退していくだろう。その何ほどか撤退していく穴埋めが、そこに核兵器を置いてやっていこうとするのか、それともわが日本国に
あのね、愛知さん、そう言われると問題が起こるわけです。勘ぐりたくないのですが、総理大臣が明らかにされたように、沖繩は返還後本土と同じ軍事基地の取り扱いを受ける。すなわち現在の米軍の沖繩基地使用は変化する、これは日本政府の見解。だからこそここの四項目が入ると、こういう勘ぐりが入ってくるわけですね。それで聞いているわけです。 ちょっと問題を変えますが、ここに「国際連合の努力を高く評価し」というのですが、米軍として動くのはいかがか、国際連合軍として動くならよろしい、こういう意味がありますか。
朝鮮問題もう少し、もう一言詰めておきたいのですが、先ほど中曽根防衛庁長官は退席をされましたが、朝鮮半島に起こるべき問題は、わが国にとってきわめてエセンシャルだという観点に立つならば、たとえば先ほど推理小説みたいだと言われましたが、朝鮮半島から米軍が何ほどか撤退しようとするとき、日本側がそれは困ると——わが国にエセンシャルなんですからね、朝鮮半島の安全は。ぜひいてくれろというようなお申し出をされるおつもりはございますか。
これは実は一九七〇年代におけるわがほうの米軍基地の機能と関係がありますので、答弁を求めているのでございまして、推理小説の結果を求めているのではございません。 さて、そういう関連で台湾地域における安全に対して、非常に重要な要素であるとお考えになっておるということは、いまの兵力の問題からいたしますと、第七艦隊のこの西太平洋における常置は、日本政府としては望ましい、こういう観点に立っておると思いますが、どうですか。
いま出しました二つの問題は、象徴的な問題でございますが、私の見るところ一九七〇年代の日米間の信頼関係は、わがほうが何を一体アメリカに要求するか。それは裏返せば、わがほうはわがほうの安全のために何をするかということから出発すべき問題である。いままでは一方的にはわがほうには要求はなかった。あっちが全部仕立ててきた。私はその意味合いで先ほど一九五〇年代の安保体制と一九六〇年代の安保体制と、いよいよことしから入っておる、すなわち一年通告で終了する安保体制とには、質的な変化があるということを申し上げたのでございまして、その意味合いでいまの愛知さんの二つの御答弁は、求めるところはなかなかお答えがなかったけれども、そういう腹がまえをしておかなけれ
いま長く佐藤さんからお話を伺いましたが、核はこういう現実の問題があるのです。先ほど申しましたように、朝鮮半島から何ほどかの撤兵が行なわれる場合、これがもし通常兵力だけのものであるならば、あるいは誤算の上に攻撃が行なわれるかもしれない。それを補うのは核である。したがってそこに核が存置せらるべし。その場合にその核は知らさなければよいのではなくて、知らす必要がある。核戦略というのは、知らすか知らさぬかわからぬところによさがあるのではなくて、知らしておらなければ相手方の誤算を招くというところがあるわけですね。これは別に議論はいたしませんが、そういうものである。したがって、その場合にわれわれがもし朝鮮半島をエセンシャルと思うならば、すべてを知
防衛の問題は、まずないだろうでは済まされない。最後に残るべきそこのところ、これはやはり国民の命を預かる総理大臣としては心配をしていただいて、これはやはり準備するということが必要だと思うのです。さて、その意味合いで、中国に対する態度も、私は先ほどから何べんも繰り返していますけれども、ストレートにやはり北京政府というものを見詰めつつ進まねばならぬ時期は迫っておる、このようにわが党は考えておりますから、お伝えしておきます。 もう一つ、先ほどからの御答弁で専守防衛ということばを佐藤さんお使いになりました。昨年、わが国がこれから進むべき防衛方針は、私のことばでいえば専守防御ということで進む、これがわが国が軍国主義になっていないという印象を
内容は、私の申しているように変わったと私は了解しておきます。 最後に、もう一つ申し上げたいのは、日米安保条約の現在の条文は、いま残っておりますけれども、これがこの一九七〇年代を通して、日米両国がこの条約によってお互いが平等の地位で処遇されておるんだ、この感覚が失われてくれば、アライアンスというものはくずれます。これはアメリカ側にも、非常に強い反省があるわけである。したがって、たとえば、軍事基地をどんどんなくしていかねばならぬとか、いろいろな反省がアメリカ側にはございます。さて、われわれから要求すべき点について、この施設の提供という面で、どうしても私は直してもらわなくてはならぬ点があるのです、佐藤さん。それは、平和条約発効のときに
総理、いまお聞き及びのとおりですが、要するに、あなたは安保を堅持したいと思われるとして、少なくとも、日米両国の平等性というものは、やはりちゃんとつくっていかねばならぬ、こういうかっこうで進まれるかどうか、それだけひとつお答え願いたい。
期間はよくわからないけれども、長期には均衡する予定でやっておる、こういうふうなお話ですが、私の会社であるとやはり資本金を持って——かなり考えますね。掛け金だけで全部長期均衡を予定するというのはあまり聞いたことないのですが、一体資本金なしでもいいという話ですか。
やはりこの制度に対する漁民の信頼感といいますか、そういうものがなければならぬと思うのです。もし掛け金だけでやっていくとしますと、それぞれの定めはございましょうが、保険金をもらう場合の査定のしかたとかなんとかいうものが渋くなりはしないかということにもなろうし、また今度は必ず掛け金が保険金として当て込まれるんだということになると、順番の当たらない者は——順番の当たらないほうがいいんでありますけれども、掛け金は掛け捨てになる。これは任意加入でしょう。そうすると、加入者がふえない。結局異常な災害といいますけれども、災害が起きた場合に異常さというのは何に比較していいかわからないけれども、おそらく純経済的にいいますと、支払い能力に比較して異常だ
現実に加入しております漁民あるいは漁船所有者といいますか、対象者は、実際に予想せられる対象者のどれくらいをカバーしているんですか。
その一割足らずというのは、この制度があまり有利でないという意識なんですか、知らないんですか、何とか変えればもっと入ってくるということになるんですか。
結局、日本の漁業が一発屋さんでやっておることが続けば、それはむしろ漁民にとっては好ましくないことでしょうね。やはり継続的に企業としてつないでいかれるということが問題です。そのためにやはり保険制度というものが考えられていると私は思うのです。そうしますと、やはりこの制度はおれたちにいいのだというぐあいにくふうをして、掛け金の年々変わっていく時間的な系列も考えたり、やはりもっとみなが入ってくるように、だから、逆にいいますと、掛け金だけが保険金の財源だということではなくて——制度としての借り入れもある、こうやって一般会計からの繰り入れもあるということですが、もう少し制度として安定した形で、そして漁民が信頼して、有利だと思わせるような形の運用