私は電話をかけたことが異常なことだと言うてるんじゃないのですよ。用事があるから電話をかけてきたんでしょうと聞いておる。昨年、一九八五年にレーガン大統領は何遍中曽根総理大臣に電話をかけましたか。
私は電話をかけたことが異常なことだと言うてるんじゃないのですよ。用事があるから電話をかけてきたんでしょうと聞いておる。昨年、一九八五年にレーガン大統領は何遍中曽根総理大臣に電話をかけましたか。
日本国の総理大臣とアメリカ大統領とが電話で話をするというのは外交案件に決まっていますわな。「君、今晩のおかず何ですか」というようなばかなことは聞かぬはずですよ。 そうすれば、中曽根総理大臣とレーガン大統領の話の内容を外務大臣は知っておらなければいけませんね。あなたの知らぬことを総理大臣とアメリカの大統領が話をして、あなたが知らぬということになれば、日本外交は一元化していないということになる。あなた、それを知らされたのでしょう。
北米局長、頻繁にかけているなんて、数までわかりませんわ。いやしくも日本国の内閣総理大臣とアメリカの大統領が電話している回数は、いつ、何時で、どういう案件であったかということを外務省は承知していなければならぬと私は思います。承知していないというならば、それは日本外交の大問題である。調査をしてこの委員会で報告してください。これが一つ。 外務大臣、その話があって、八月に中山元駐仏大使が行かれた。先ほどの話を聞いておりますと、たまたま行かれたので、おれの親書を持っていかぬかと中曽根総理が言った、こういう話でございますが、どうもそうは思えないですね。 中山元大使の旅費はだれが出したのですか。
中山さんについてはシークレット、秘密特使という表現が使われているんですね。しかし、外務省が旅費を出して行っておるのだから、外務省は中山元大使の任務というものは十分承知しておるに違いない。たまたまあいさつに行ったら、中曽根総理が親書を持っていかぬか、こう言った。私は逆だろうと思うのです。親書を持っていってくれ、だれがいいだろうか、レーガン大統領が頼みに来た、親書が一番いいだろう、親書を出そう、たまたまその前にラフサンジャニ議長が来ておるから、あの人がよかろう、外務省はいろいろ検討したに違いないですな。そして総理に連絡をし、中山さんがよかろうというわけで、中山さんをして訪問をせしめた。だからこそ外務省が旅費を出しておるのじゃありませんか
首相の親書なるものは、中山元大使が持参される前に外務大臣はその内容を承知しておられましたか。
大体事態が明らかになりましたですね。これは外務省の仕事なんです。中曽根総理はよそのところで、変なことはやらぬ、自分のやるのは日本国の外交なんだから、このことを言っておられますから、今三宅さんが言われたように、外務省と相談して送っておるというのは当たり前のことだ。全然わけのわからぬ人に頼んでやったのではおかしい。しかし、そこまでやっておるのにどうして秘密特使というような形容詞がつくのか私もわかりませんがね。 そこまで協議をするというのは、やはり中曽根総理がレーガン大統領に頼まれて、よしそれならば一肌脱ごうということで努力をして、日本外交がいいものかどうか。外交力の見せどころだと思ったかどうか知りませんが、だから外務省も一緒になって
もう一つ聞きたいのですけれども、レーガン大統領と中曽根総理が英語で直接の電話をした、その記録はあるのですか。
外務大臣、我が国の総理大臣とよその国の最高責任者が電話をする場合に、その記録を外務省はとらないのですか。
私が伺っておるのは、要するに我が国の最高責任者である総理大臣が外国の最高責任者と直接の電話をする、それが記録にないといえばとんでもないことが起こるかもしれませんね。我が国の運命を決することがそれで決まるかもしれない。当然私は記録にとっておくべきである。 それから、先ほどからちっともわからぬのは、なぜ一体レーガン大統領が避暑先の軽井沢まで電話をかけてきたか。この答弁が一つもありませんよ。外務大臣、私だっていろいろ探して電話かけることがある、そんな案件じゃありませんよ。分刻みの日程をやっているアメリカ国の大統領が日本国の総理大臣、これも非常に忙しい、それを探して電話をかけてくる。用事があったからだ。あなたは、あの電話は用事のない電話
電話を受けた場所がどうだこうだ言っているのじゃないのですよ。あなた方の方は、何となく電話がかかってきたような印象を与えようとしておる。そうじゃないのであって、はっきりとした目的があるからアメリカ大統領は電話をかけてきたのだろう、そう申しておるにもかかわらず、あなた方はそれをうんと言われない。だから、そんなばかなことはない、国際情勢いかんによって両国の責任者が電話を直接するというのは用事があるからやってきておる。その用事が今の人質問題だろうと聞いておりますと、そうじゃない、そうじゃないと言って逃げ回っておられますが、そんなことぐらいはっきりお認めになったって何ということはないじゃないですか。 もう時間が来ておりますが、それをもう一
答弁、不十分でございますが、時間が参りましたので、やめます。
ただいま議長から御報告のありましたとおり、本院議員湯川宏君は、第百七回臨時国会の召集に応じましたが、病あらたまり、去る九月二十六日、慶応病院において逝去されました。まことに驚愕悲痛のきわみです。 私は、昭和十年四月、「紅萌ゆる丘の花」、京都の第三高等学校の同級生として湯川君と三年の青春を送って以来、東京帝国大学法学部でともに学び、また、海軍主計科士官として大東亜戦争を同じ太平洋南方戦線で戦い、さらに、この十年間は本衆議院で議席を同じくして、半世紀を超える交遊を重ねてまいりました。 大阪千里会館において、君のひつぎの前に立ったとき、君とともに過ごした五十年余のここかしこでの君の立ち居振る舞い、君の笑顔、君の声音、怒濤のごとく私
四月二十六日におきますソ連のチェルノブイリ原子力発電所の事故は極めて重要な事故でございまして、一番の特徴は、一国内に起きましたこの種の事故が国境を越えて国際的な被害を及ぼしたということでございました。しかも、四月二十六日に事故が起こりながら、ソ連がそれを公式に外へ発表いたしましたのは四月二十九日である。この三日間の世界に及びました恐怖というのは言い知れぬものがございまして、幾多のデマが飛んだわけでございます。 そういうことを考えつつ、五月の東京で行われましたサミット会議では声明が出されました。その中には、一つは、そういう事故が起こった場合、そういう緊急事態に対する報告をひとつ国際協定をつくって早期通報をやろうではないか。もう一つ
ただいま二つの条約、恐らくは早期通報に関するものと相互援助に関するものに言及されましたが、大臣のお話では、今足踏み状態であって国内的検討を急ぎ可及的速やかに何とかしたいということでございますが、その点をきょうはお聞きしたい。 それからもう一つ、チェルノブイリの事故、スリーマイルアイランドの事故は初歩的なミスというのは、それは外務省の見解ですか。チェルノブイリの事故につきましては、既に詳しく報道されておりますし、IAEAでもソ連側が報告して各国がこれを聞いたわけでありますが、むしろソ連の体制上の問題あるいは人事、これらのことに携わる訓練の問題、それを飛び越えて構造上の問題すら論議をされておるのであって、初歩的なミスなんというのは、
訂正されましたからそれはそれでございますが、この二つの条約、すなわち原子力事故の早期通報に関する条約、さらに原子力事故及び放射線緊急事態における援助に関する条約につきましては、七月二十一日、これはあなたが外務大臣になられたころでございますけれども、それから八月十五日に至る長い期間を費やしまして、ウィーンのIAEAにおいて六十二の国々が参加して政府の専門家会合を持っていろいろと検討してそれをつくり上げ、一応その会議としては採択をされたものでございました。日本からはどういう体制でこれに参加されましたか、御報告願いたい。
そういたしますと、我々の日本政府のこの点に関する専門家がこれだけの期間を費やし、あらゆる場面に参加をして練り上げた草案でございますから、この草案が一応でき上がれば、そう重大なる変更をしなければならぬとは思われませんが、日本政府の見解はいかがですか。
その採択というのはいつですか。もう一遍その日時を正確にお答え願いたい。
この特別会議は九月二十四日から二十六日、御報告のような会議がございまして、この案文が確定をいたしました。 そこで伺いたいのは、この二十六日の日に、この条約に二つございますが、それぞれ署名をいたした国は何カ国でありますか。
早期通報の国は二十六日五十一カ国、それから相互援助も二十六日は五十一カ国、そういう意味ですね。
各国で大臣は何カ国出ておりましたか。