私がお尋ねしておりますのは、国会の審議権の公正な行使をするためには、国会議事堂周辺の静穏を保つだけでいいということを頭に置いて、これが書かれてあるのかどうかということです。
私がお尋ねしておりますのは、国会の審議権の公正な行使をするためには、国会議事堂周辺の静穏を保つだけでいいということを頭に置いて、これが書かれてあるのかどうかということです。
第二条に移りまして、「何人も、」というのはどういう意味だということが、この委員会で質問がございましたときに、倫理規定であると。しかし、法律がきめられておる場合に、「何人も、」といえば、これは日本国民全部にかかるんだろうと思いますが、この法律で規制をせられるものは、ここに書き上げられておるような、いわゆる集団示威運動等を行なう者に限っておるわけであります。「何人も、」ということを書けば、この法律あるいはこの法律以外に何かひっかかってくる一連の法令体系というものを予想していなくてはならない。従って、倫理規定というような言葉だけでこの「何人も、」ということを書いたという御答弁でございますが、先ほどから議論になっておりますように、もしこの法
私が申し上げますのは、この法案の最後にいろいろな罰則がございます、その罰則を適用せられるのは、物理的に集団示威運動等をやっている者が直接の対象になろうと思いますが、あなたが倫理規定だと申されますけれども、ある一つの事件が犯罪だといわれる場合には、それに対して教唆をする者もあれば、あるいは共犯の疑いをかけられる者もある、あるいは着手以前に予備行為としてやられる者もある、そういう者を「何人も、」というので引っかけられては困る、こう思うので、不必要な規定ならば削除願いたいと思いますが、あなたの御趣旨を重ねてこの点に関してお伺いしたい。
そういたしますと、まあ、あなたは倫理規定だとかあるいは訓示だとかという話でございますが、具体的な事案にかからない者については、この二条の「何人も、」を発動しない、こう解釈してよろしゅうございますね。
この第二条におきましては、「国会議員の登院と国会の審議権の公正な行使」ということが書いてあって、ただいままでの提案者の説明では、国会議員の登院と国会の審議権の公正な行使というのは、これは一つのことである、いわゆるワン・セットである、こういう説明がございました。しかしながら、国会議員の登院と国会の審議権の公正な行使とは、概念上明らかにこれは別個のものであって、一つのものではございません。しかるにかかわらず、提案者は、絶えずこの二つをワン・セットに置いておるということは、具体的にこの第二条以下を考えます場合に、一体この法案が法益として守ろうとしておるのは、国会の審議権の公正な行使なのか、国会議員の登院なのか、こういうことをはっきりさせな
まあ、これまでの審議の過程において、この法律は特に国会構内外におけるいろいろな行動を規制するということが目的であるということになりますと、ただいまの提案者の説明の国会の審議権の行使ということは、これは国会内のことであるし、それに関係づけて国会議員の登院が必要である、こういう説明ですが、具体的にこの法律が守ろうとする法益は一体何か、国会議員の登院でしょう。
国会の審議権の確保ということは、これは国民だれも確保しなくていいと言う者はいないと思うのです。しかし、私どもが法律としてこの法案を発動した場合には、国民の基本的人権の上に刑罰をもって処さなくてはならぬ、こういう場合に、審議権の公正な行使が法益であって、そして国会議員の登院がそうでないと言いながら、しかもあなたはワン・セットだと言われておる。しかも、具体的にわれわれがある事件の判定をしていく場合、たとえば、あとでお尋ねしますが、議長が要請権を発動しようとする場合には、一体どこをけじめにしていかれるか。けじめというのは、守るべき法益です。それは、国会議員の登院が容易であるか容易でないかを、目の前に現われておる、もしくは現われようとしてお
国会の審議権の公正な行使というのは、国会議員の登院とは概念上別個のことだと最初私は申し上げました。すなわち、国会の審議権の公正な行使を行なうのは、特に院内の活動として、国会活動としてそれぞれのものはやるわけでございますけれども、あなたの御説明を伺っておるとワン・セットだ、ということは、何か国会議員の登院と審議権の公正な行使とがたえず不可分一体になっておって、逆に言うと、国会の審議権の公正な行使をやるということは、国会議員の登院、それがすべてであるかのように思われる。私が申し上げたいのは、国会の審議権の行使ということは、国会議員の登院よりも、もっと幅の広い、もっと大きな範疇を含んでおる概念であるということを、あなたは認められるかどうか
国会議員の登院ということは、具体的に物理的に申せば、ここに書いてある斜線の入っている所を歩いてきて国会議事堂の構内に入ることが登院です。審議権の公正な行使というものとは全然別個の概念です。そうじゃございませんか。私の申し上げたいのは、この法案が発動する場合には、一体どこにけじめを置いて発動するのか。登院を妨げておる事態において発動するのか。あるいは審議権が公正に行使されておらない状態に対して発動するのか。一体だと言いますけれども、明らかに物理的には違った社会現象をさしてここに書いてあるわけです。と申しますのは、一体どっちかということをはっきりしなければ——国会の審議権の公正な行使というようなことを言いますと、非常にあやふやな、ぼんや
何べんお伺いしてもよくわからないのでありますけれども、第三条以降においてこの法案が発動する場合には、国会の審議権の公正な行使が単独で発動することはありませんね。
ないということになれば、やはり登院の不可能という、あるいは困難という現象がつけ加わらなくてはこの法案は発動しない、このように解釈してよろしゅうございますね。
それでは、三条に対する疑点を明らかにいたしたいと思いますが、この三条におきましては、いわゆる別表に図示してある道路をまあ国会周辺という工合に規定しているように思います。そこで、一体、国会議員の登院というのは、この法律に書いてございます別表の道路上に議員が入ったときから発生する、こういう御見解ですか。
私は法律上の解釈をお伺いしているのであって、それは、郷里から国会議員が登院しようと思って出てくる、それも登院であるということは社会的通念です。しかし、この法律が考えておるのは、別表に書いてある所に議員が行かなければ登院という事態は判定できない、こういう意味だとわれわれは思うのですが、どうですか。
提案者の御答弁は、私が申し上げておることと関係のないことを言っている。私が申し上げるのは、わざわざ別表を書いて斜線を引いて、これを本法のいわゆる国会周辺道路だという場合には、しかも、先ほどあなたのお答えになったように、この法律は、国会議員の登院が不可能もしくは著しく困難と見られるようなときに、提案者の頭の中では国会の審議権の行使に関係づけて、その法益を守ろうと、こういうのだとすれば、この道路上に国会議員が上ってこない場合には登院とみなさないということにならぬのと違いますか。
それでは、この斜線の書いてあるところ、まあいろいろ考えられたと思いますが、大体歩いてくるとすれば、ここを通らなくちゃならぬと思います。ところが、それぞれの道路について長いものもあれば短いものもある、こういう区域を定められた標準を伺いたい。
逆に、この法律が予定しております集団示威運動等は、この国会周辺の道路以外のところでは一切規制は受けない、これが提案者の趣旨ですね。
そこで申し上げたいのは、一体、公安委員会に対して示威運動の許可申請をいたします場合には、集団というのはどこかに集まらなければならない。そうしますと、国会の周辺以外のところでも集結するということは、当然社会通念上考えられる。と ころが、あとあとこの法案によっていろいろなことが発動して参る場合には、この法案によって国会周辺道路以外のところで、その集団示威運動等に対して規制が加えられるということは、この法律は予想しておりませんね。
はなはだ重大なことでありますが、それでは第四条に移りますが、第四条においては議長の要請権を書いております。権利が認められたら、当然義務が付属いたします。両院議長は一体どういう義務を負うか、お答え願いたい。
これまでの審議を通じて、本法案が明らかに今までの都公安条例以上に警察力に対する新たな義務づけをやっておるということは、これは提案者も認めておる。といたしますと、今までの都公安条例が違憲であるかどうかということは、裁判所で争われておりますが、まだ確定はいたしていない。これは事実と認めましても、この法律自体、一体、憲法に違反するかどうかを考えなくちゃならぬ段階に来ておるわけです。そこで私は、今の問題を提出いたしましたのは、憲法違反のおそれがあるかもしれないというのは、憲法に認められておる基本的人権、表現の自由を、議長の要請によって制限し得るような道を開くということが、この四条の規定なんです。そこで、そういう重大な要請をするような権限を両
議長といえども行政機関です。行政機関にある権限を認めた場合には、その権限の行使に対しては一定の責任を与えていることは事実です。責任があれば何らかの責任を果たすべき義務もまた生じて参ります。要請権を与えた場合には、要請をするのに勝手な判断で要請をしていいということをこの法律が認めたということですか。