そういう方はおいでになりません。
そういう方はおいでになりません。
NTTの役員は私どもとしては公務員というふうに考えておりまして、このリストの中にもお名前を出しておりますが、そういう意味でNTTの兼務役員の方もいらっしゃればこのリストの中に入れているはずでございます。
私どもがそういう株式の売買の代行をしたという例はないと思っております。全部御本人に一たん、株券をお預かりしましても売買に関しては御本人の行為というふうに考えております。
株券を見たことないという方が大勢いらっしゃることは確かでございますが、それにつきましては、先ほども申しましたように、ファーストファイナンスが融資をしておりますと、その場合に担保としてそれをお預かりいたしますので、株券が御本人のお手元に、株主であるにもかかわらずないという事態が発生いたします。ただし株式の売却につきましては、本人の意思を離れて私どもが株式の売却をするということは、これは違法行為でございますし、そういうことを私どもがしたという事実はございません。
すぐ全部をお売りになった方、それから借金分を差し引いてお売りになって残りをお持ちいただく方、それからそっくりお持ちいただいている方、三通りございますが、それぞれの方が何人いらっしゃるかということについては掌握いたしておりません。
世間の目がそういう目であろうかと存じますが、私どもとしてはあくまでも長く持っていただきたい。もちろんそれは、株式は金融資産でございますから、処分されるされないは本人の自由意思でございますので、結果的にそのような形になったということは否めないことであることは確かでございますが、私どもの当初の願いといいましょうかねらいというものは、長く持っていただきたいということであったことを申し述べさしていただきます。
宣 誓 書 良心に従つて、真実を述べ、何事もかくさず、又、何事もつけ加えないことを誓います
江副浩正でございます。
生年月日は、昭和十一年六月十二日生まれでございます。 住所は、東京都港区南麻布三丁目十一の五でございます。 職業は、株式会社リクルート取締役相談役でございます。 以上でございます。
先般、株式会社リクルート並びにリクルートコスモスから提出いたしましたリストに誤りがございまして、政界関係者の中で早坂茂三氏の名前が抜けていたことを大変に申しわけなく思っております。 このリストにつきましては、実は私が作成したものではございませんが、聞くところによりますと、二つの理由がございまして、現在政界関係者でいらっしゃらないということ、また、かたがた、当時既に田中角榮元総理の秘書をおやめになっておられたというふうな思い違いもあったようでございまして、その点で抜けていたことをまことに遺憾にと申しましょうか、申しわけなく思っている次第でございます。 なお、これですべてかという御質問でございますが、これ以外にそういう方はいらっ
高石前文部次官並びに加藤前労働次官とも十年、およそ十年この方親しくしていただいておりまして、そんな関係で、個人的にもお子様の結婚式に出させていただくとかそういう親交がございまして、そういう個人的な親交の中で株式を取得していただいた、こういうことでございますが、お立場を考えればそういうことはすべきではなかったと深く反省しているところでございます。
昭和五十九年十二月末には、リクルートがちょうどその年度に新しい仕事を開始いたしまして、営業収益の面でも対前年比では大変苦しい状態にあったということ、かたがた、同じ年度に日本軽金属株式会社の旧本社ビルを取得させていただいた、そんなことから営業外収支も前年度に比べて悪化した、こういうふうな事情がございまして、何か資産の売却益でもってつじつまを合わせなければ減益になる、こんなことからリクルートコスモス社の株式の売却を決めたような次第でございます。 その際に、そのほかの理由はということでございますが、リクルートコスモス、当時は環境開発と呼んでおりましたが、いずれ、不動産会社というものは資金多消費型の企業でございますので、株式を公開したい
一般の報道では買い戻しをした、リクルートあるいはリクルートコスモスが一たん第三者割り当てで持っていただいた会社から買い戻しをしたというふうに伝えられておりますが、そういうことではございませんで、第三者割り当てで増資をした会社から別の方に売買が行われているということでございまして、その売買約定書もその都度作成いたしておりますので、買い戻したという事実はございません。 よろしゅうございますか。──したがいまして、何と申しましょうか、第三者割り当て先から譲渡がなされたわけでございますが、それについては何と申しましょうか、それぞれに、先ほどと同じことでございますけれども、売買契約書を結んで売買を行っている、譲渡を行っている、こういうこと
株式会社リクルートではNTTさんの高速ディジタル通信網を、実は話がさかのぼりますが、昭和六十年の四月の電気通信事業法の改正によりまして、通信事業の自由化ということが行われたわけでございますが、その中で、リクルートは回線リセールという事業を始めているわけでございます。 回線リセールというのはどういうことかと申しますと、大容量の回線を購入いたしまして、購入といっても物を動かせるようなものではございませんが、そういう大容量の回線を購入いたしまして、細かく分割してそれをまた他の通信回線を利用する会社に再販売する、回線再販業とも呼ばれておりますが、そういう事業をスタートいたしております。昭和六十年七月からスタートいたしておりますが、そうい
当初は、実はリクルートは高速ディジタル通信網の普及、つまり光ファイバーによる通信の技術が普及するにつれて、コンピューターを遠隔地に置いて、端末機から遠隔地にあるホストコンピューターを使っていろいろな計算をするというふうな仕事が可能になったわけでございますが、そういう事業を、コンピューターを別のところに置いて、遠隔地に端末を置いてコンピューターを使うという仕事をリモート・コンピューティング・サービスと呼んだりするわけでございますけれども、そういう事業を開始したようなことでございます。 当初は、富士通さんの製品でございますVP400という機械を購入いたしまして、その機械を使いまして科学技術計算用の営業活動を開始したわけでございますが
回線リセールの仕事、現在日本でやっております会社は恐らく十数社だと思うのでございますが、ほとんどが自前の、あるいは自社の資本系列、あるいは自社の系列会社に関して余った回線をよそにお売りになるというようなことでございまして、専業の会社というのは三社でございます。 率直に申し上げまして、この回線リセールの仕事というのはなかなか収益の上がらないものでございまして、五年、十年かかる仕事でございます。通信の自由化が日本よりも相当早く行われ、およそ十年近く早く行われましたアメリカの場合でも、回線リセール業が軌道に乗るまでの間に十年近くの年月を要しております。 で、専業三社、私どもは専業でなくてリクルート本体の中でやっておりますが、専業に
個人的に特別親しいというわけではございませんが、真藤会長の秘書としてしばしばお目にかかるという関係でございました。
川崎市の西口の再開発につきましては、非常に早い時期から当社に進出の依頼がございました。もとは明治製糖という精糖会社の跡地でございますが、研修所を建てないかとかあるいはホテルを建てないかとかというふうなお話もございましたが、私どもとしてはとても採算に乗らない、また資金もそういう大量の資金をそこに投入することもできない、こういう理由で、熱心なお勧めにもかかわらずお断りしていた経緯が昭和五十七年ごろございまして、その後昭和五十九年になりまして、その当時もう建設省の予算がついて再開発のプランが固まっている段階で、私どもの計画の前に某金融機関、もう既に伝えられておりますが、商工中金さんが事務センターのような、あるいは計算センターのようなものを
もともと大変な過疎地でございまして、安比、松尾村、安代町、両方にまたがった地域でございますが、大変な過疎地でございまして、何とか人口の流出をとめたいという地元の要請がございまして、当初は私どもではなくて丸紅さんを中核企業として第三セクター方式でスキー場をおつくりになる、こういうふうな御計画が進んでいたわけでございますが、採算的に大変難しいというふうな結論を丸紅さんがお出しになりまして、市の方では大変に困っておられたわけでございます。地元の方では大変困っておられたわけでございますが、そういうときにリクルートになぜお話が来たかと申しますと、いわば地続きと申しましょうか、車で五分ぐらいのところにリクルートではゴルフ場と宿泊施設を持っていた
先ほど、当委員会に提出しました資料の中に早坂茂三氏の名前が抜けていたことで大変な不信感を持たれたということについては私どもも十分理解するところでございますが、それ以外に政官界関係者の名前はいらっしゃらないと、かように報告を受けております。間違いないことと存じております。