譲渡人が秘書であって実質御本人であるかどうかということは、私どもとしては確かめようもないことでございまして、そういう意味では私どもは、譲渡をした方が、実際に譲渡を受けたとおっしゃられる方が、また、私どもが実際に譲渡させていただいた方が譲渡人である、そういう認識を持っております。
譲渡人が秘書であって実質御本人であるかどうかということは、私どもとしては確かめようもないことでございまして、そういう意味では私どもは、譲渡をした方が、実際に譲渡を受けたとおっしゃられる方が、また、私どもが実際に譲渡させていただいた方が譲渡人である、そういう認識を持っております。
先ほど申し上げましたのは安比総合開発のことでございまして、安比レックというのはゴルフ場の会社でございますが、そちらの会社につきましては、実は、その会社の決算上の理由によりまして一たん、会計用語で言う益出しと申しましょうか、一たん株式を売却いたしてまた再購入したというふうなことはございますが、なぜそういう新聞報道で、そこから第三者に譲渡がされたというふうに報道されたのかわかりませんが、しばしば報道されておりますが、そういう事実は全くございません。
そういう事実は全くございません。
率直に申し上げまして私自身がかなり関与をいたしておりまして、中心的に関与したと申し上げてもいいかと思いますが、実際にどのような形でと申しますと、リクルートの私を中心にした幹部が数名で相談をしたということでございます。 基準につきましては、非常にお恥ずかしいながら、こういう基準にしようという一定の基準を表にいたしまして、この人はこういう基準に当てはまるからどうしようとかそういうようなことではなくて、かなり場当たり的と申しましょうか、率直に申し上げまして新聞に報道された一覧表を見まして大変恥ずかしい感じがしたわけでございますが、特定の基準を持たないで、いわば、何と申しましょうか、そのときの思いつきと申しましょうか、場当たり的と申しま
五十九年分について、先ほど原田委員長にも御報告申し上げたとおりでございまして、決算対策並びに株主づくりということでございます。 また、五十九年十二月につきましても、失礼しました、六十一年の九月の分につきましても、できるだけ多くの信頼できる方に株式を持っていただきたい、こういうふうな思いを持って株式を持っていただいた、かような次第でございます。
六十年の四月につきましても、再譲渡をされた会社が、再譲渡でなく、失礼しました、譲渡された会社、そこの第三者割り当て先から売買された会社が五社あるわけでございますが、すべてではございませんで、五社の会社については譲渡をされているわけでございますけれども、それについては当初からそういう考えを持っていたということではなくて、なぜそういうふうなことに至ったかということでございますが、実は、六十一年の八月にいよいよ株式の公開をするということがはっきりいたしましてから、リクルートからリクルートコスモスに転籍と申しますか籍を移している社員に対して、社員あるいは幹部社員に対して株式を持たせたい。で、リクルートの株式は持っていてもリクルートコスモスの
NTT関係者の方に三人、株式を譲渡された方がいらっしゃるわけでございまして、そのことにつきましては、大変に申しわけないと申しましょうか、残念なことをしたと、今にして思えば悔やんでも悔やみ切れない気持ちでございますが、そのこととクレイ社のスーパーコンピユーターを購入したということとは無関係でございまして、クレイ社の購入の、実際にそういう作業をやった窓口の方とは直接株式の関係がないということでございます。 それから村田秘書の件でございますが、村田秘書と非常に親しいというわけではないということでございまして、もちろん存じ上げておりますし、あたかも真藤会長というふうな誤解があったとすればそれは誤解でございまして、そういうことは真藤会長と
率直に申し上げまして、市街開発事業につきましては、既に決まっているものをお引き受けした、住都公団からお譲りいただいたということでございますが、私どもは、ぜひとも進出したいというよりは、熱心な川崎市からの要請に基づいてやむなくと言うと、その、少し言い過ぎかもしれませんが、そういう要請に基づいて進出したということでございます。お礼をするような前後の事情にはなかったわけでございますが、持っていただいたということについても非常にこれは、私どもとしては大きく反省すべき点だと思っておりますが、株式を持っていただいたのは、小松助役が、当時は企画調整局長でございましたけれども、都市開発に関して大変な勉強家でいらして、大変識見、力量ともにすばらしいも
私は、直接は全くかかわりは持っておりません。以上でございます。
同じ気持ちでございます。 この席をかりて述べさせていただければ、本当に何と申しましょうか、今回の私のことで税制論議、いろいろと御迷惑をおかけし、かつ代議士のみならず、このことによって職をやめられた方も大勢いらっしゃいますし、いろんな意味で御迷惑をかけたことを深くおわび申し上げる次第でございます。 いずれにしましても、同じ気持ちでおることは確かでございます。
私はもう二カ月以上ずっと病院におりまして、一歩も外を出ておりません。七月二十六日から、途中八月に入りまして十日ほど外を出た、転地療養いたしましたが、それ以外は病院におりまして、このリスト作成がどのようになされたかということについては全く私は承知しておりません。したがって、私自身は全くかかわっておりません。
はい、回答書を見るのは初めてでございます。
失礼しました。 リストにつきましては、新聞では読んでおりましたけれども、原本を見るのは初めてでございます。
これは初めて見るものでございますけれども、多分新聞紙上に報道されているものとこれは同じものでございますね。 それについては、私の記憶ではこれですべてだというふうに思っております。──失礼しました。委員長、よろしゅうございますか。 このリストの中に早坂茂三氏が抜けていたことについて、深くおわび申し上げる次第でございます。
このリスト、私が作成したものではございませんので、どのナンバーかと突然言われましてもちょっとわからないのでございますけれども、五十九年十二月分の二千株分の中の会社役員の方の一人ではないかというふうに考えております。
リストを提出するということは連絡を受けました。私は、リスト提出については非常にかたくなにちゅうちょしておりましたので、当リクルート問題に関する調査特別委員会からのリスト提出の要請があったのでリストを提出するという通知を受けただけでございまして、相談は全く受けておりません。
私は全く承知しておりません。
そのとおりでございます。
私の心境としてはこういうものを公にしたいというふうな気持ちは持っておりませんでしたが、私は、先ほど申しました、ずっと病床におりまして、現執行部がそういうものを議会の要求に基づいて提出すると伝えてきたことについて、それはだめだというふうなことを言える立場にもございませんで、このような結果になったことだというふうなのが現状でございます。
全くそういう事実はございません。私自身の株式、大川さんの株式、あるいはリクルートコンピュータプリント等々リクルートの関係、デン晴海含めてそういう事実は全くございません。