大体この二十五億と今言われた数字の中で二等に乗っておったものを三等に乗せるということで何ぼ違うのですか。
大体この二十五億と今言われた数字の中で二等に乗っておったものを三等に乗せるということで何ぼ違うのですか。
それはまあ一等が二等になるというのはまだいいですけれども、二等が三等になるというのは、そうするとその十一億の中でいったらわずかですね。片方でそのかわりあなたの方に言わすと、それはしかしこれで浮いてくるけれども、宿賃の方で出るのだから差し引き同じことだという説明だと思うのですよ。しかし、宿賃というものは、これは物価指数が変って来て、これはもうどんどん上っていくのだから、上ったものに即応するのが当り前のことでしょう。それと汽車賃とは別個に考えなければならぬのですよ。宿賃の方でたくさん出すのだから、汽車賃で押えるということにはならぬですね。かりに汽車賃が上ったらどうしますか。鉄道運賃が上ったらどうしますか。鉄道運賃が上ったから宿賃をああし
原さんといい、次官といい、提案理由でも立ちどころに変えられるようなベテランですから、今言っておられることも、また途中で適当にお考えになったことだと思う。まあそうでしょう、原さん。あなたの方は、宿賃がこう上った、何とかこれをせんというとちょっとほかの省へ対して、一般の事業費やなんか削るのに格好がつかぬ、こういうことでやっておるのだろうと思うのですよ、私は。しかしそれはおかしいですよ。なんぼ考えたって宿便が上ったということと、それだけを今度汽車賃の方で浮かそうという考えとこれを結びつけちゃ間違いですよ。どうしたところで、宿賃が上ったものは上ったものにしておけばいいんで、とにかく田畑君の言うような既得権という点があるかどうか知りませんけれ
ちょっと関連して。 原君、それがおかしいのだよ。あなた、引力というような、まあ新語を出して、これはちょっと原料にしては、近ごろいい知恵を出されたと思うのだけれども、それがいかぬと言うているのです。さっき田畑君の言われたことに対して、野本さんが言われたのは一体何ですか。どうもただの自動車へ乗ったり、それから宿賃を一部分しか払っておらぬようなことを言われたが、そういうことは少し政府としても考えなければならぬじゃないか。そういうことを田畑君に言わすようなことじゃ困る、そう言うたんでしょう。私はそう聞いた。ところがそれに政務次官は、政府としてもそういうことはないように気をつけますと言うとるんでしょう。ところが今の話を聞いておると、引力な
今のお話でわかりましたが、東和商事の方が間違ったやり方をしておる。ところがそれをどうするかということについては、大臣が病気中なので指揮を仰ぐことができないということなのであります。一体大臣でなければそういうことができないのですか。通産省には政務次官もおられれば、事務次官もおられるわけですが、こういうはっきりした問題は、大臣が寝ておられたらその指揮が仰げなくて処置がつかぬというのはちょっと私変に思うのでして、その点あるいは東和商事というものの背景に事務次官等では手のつけられないような何か背景でもあるというならば別ですけれども、そうでなかったらちょっと私は今の説明はふに落ちないと思いますが、何かありますか。
関連しますが、今の差しつかえないということですけれどもね、かりに団体の代表者が自分の名前で借りて、これは悪意があってそれを個人だけで使った場合に、これはそういうことをやってはいかぬという追及ができますか。
団体として借りると言っても、法律的には団体の代表者個人ですから、団体で借りるという建前はとっても、その借りた金を団体の代表者個人が個人の目的だけに使ったところでそれは法律的には追及できませんでしょう。これは判例によるとそういう追及もできるのですか。
そういうふうに解釈すればどういう解釈でもそれはできぬことはないんですけれども、しかし従来の補助金等でもなかなか役所が考えておるようにいかぬということからこういう問題も出てくるわけで、しかも農村において一つのボス勢力というような者の力というものもこれは決して侮りがたいものなんで、そういうことで農政が順調に進まぬという悩みを持っておるわけです。そこでこういう今のやり方でも、もっとやり方をずるく考えればどんなことだってできぬことはないということなんで、それはまあ判例がそうなっているというんだから、私たちもしろうとだからあえてむずかしく言いませんけれども、しかしやろうと思えばそんなやり方だって、どんなでたらめでもできるということだけは言える
ここの今度の制度でも、これによって零細農というものがどうなるかということがみんなの心配になると思うのです。で、懇談中の付帯決議もそういう点を心配しておられるわけですが、しかしこの零細農の問題というものは資金制度と並行して補助金制度があったところで、なかなかそれによって零細農の問題というのは片づかぬので、従来の補助金制度でもそれなら零細農の経営を高めていくんだ、そういうことになっていないと思うのです。補助金でもやはりどちらかといえば一定以上の規模を持ったものが補助されて、一番下積みになっている農家というものはこれはなかなか救いの手は伸びていない、そういう点について一体政府は根本的に平均経営面積に及ばない零細農というものをどこへ持ってい
新しい耕地を作るというようなことは非常に困難なことです。それはもうよくわかっておりますが、昨年来私たちは草地という問題をこの委員会で相当やかましく言ったわけです。草地とは何ぞやということがまたいろいろ問題になりますけれども、しかしその中には今たとえば林野として、それもりっぱな林野でなしにきわめて粗放な経営がされておる所がある。それを草地におきかえることをほんとうに考えればおきかえ得るのじゃないか、そういうものがあるならば、ここに大きな働く場所というものができるのじゃないか、そういうようなことも考えたわけですがね。しかし今の政策を見ているというと、なかなか政府の方もこれに同意したかのごとき答えはしましたけれども、現実の上では一向にそれ
私はずっとおりませんで、質疑の内容等よくわからないのですが、ただ一つお伺いしたいと思うことは、一体この中央卸売市場というものは今まで常識的には魚、野菜などが取り扱われておるわけですが、肉というものについて中央卸売市場というものはこれは扱ってはならないのか、扱ってもいいのか、あるいはそういうものの扱いについては今後どういう考え方をしておるのか、その点だけちょっとお聞きしたいと思います。
最初の話の中にありましたように、肉というものが蔬菜やそれから魚に比べて特殊な性格を持っており、流通機構が近代化されていないということはおっしゃる通り。近代化されていないからこそこれを急速にほかのものと同じ水準に引き上げていかなければならぬわけで、たとえばデパートに行けば野菜や魚と同じように肉も売っておるわけで、消費者の立場からいくと肉だけが別個な扱いをされるということは、これはちょっと納得ができぬわけです。それが別な扱いをされるというのが今までその取引機構が非常に古い形のもので、古い形のものであるからこそこれを急速に近代化しなければならぬということは、これは私は焦眉の急だと思うのですけれども、今御説明のようにそれぞれ検討をされておる
そういう今後の推進は農林省の中ではどこが担当するわけですか。
そういう畜産局とあなたの方とで協議していくというのは、これは常識的にそうだろうと思いますし、ただ一体いつまでも肉というものだけが、もちろん生産過程においても複雑な生産過程ですけれども、市場としては別個の市場でなければならぬかどうかということについては、私どもはもっと根本的に考えてみなくちゃならぬと思うのです。別個の市場でなければならぬというのは、生産過程よりもその流通過程、生産過程にもそうですけれども、その間に今方を持っているところの古い勢力というものが非常な障害を来たしているのじゃないかと思う。そういう古い勢力というものが清算できたならば、これはやっぱし同じ食糧として中央卸売市場の中に入ったところで一向差しつかえないし、現にデパー
今の報告を聞いたのですが、本気でやっているのですか。何かばあっとした報告で何をやっているのか見当がつかぬ。たとえば試験研究についても総合試験地に千六百万円計上しているのだということだけは聞きましたけれども、そのほかのことについてはやるのだということだけで、やるなら一体どういうような研究内容で、どういうような予算要求をしているというようなことを、ここに一つだけ改良局の方からもらいましたが、これだけなんですか、もっと何をやっているのかはっきりわかるようにしてもらわんと、われわれの方もあれだけの決議文を出したのは冗談に出しているわけではないのですから。それから実態調査をやるといっても、一体どういう実態調査をやるかというようなことについても
改良局の総合試験ですね、その中で二年度で混牧林地の造成改良というようなものが入ってくるんですが、これは別途林野の方はやっておるわけですね。林野の方の人は今日見えておるのですか。
課長は元締だから聞きますが、林野の方の混牧林地の造成改良というような問題について、どうも私はこの間高萩の試験場を見ましたけれども、平坦地ばかりですね。あそこに傾斜地というものが全然ないのですが、今度の改良局の方はこの傾斜地でいくわけですが、林野の方が今やっておる混牧林地の改良造成という中には、もっと傾斜地を入れて規模を拡大するというような考え方はございませんか。
この草の問題ですが、これはどこでもおくれているのはおくれているのですけれども、一番手っとり早く混木林問題が出てくるのじゃないかと思うのですが、そういうことについて、高萩村といったって馬が二頭おるだけで、別にあの林野で放牧しているわけではないのでして、そういうようなことがもっと進んでいかんと、どんなことになるかわかりませんが、今後草の問題というのが大きく叫ばれれば叫ばれるほど、また間違ったやり方というものも相当出てくるのじゃないか。たとえばこの間神戸の摩耶山のスライドをちょっと見せてもらいましたが、あれなんかを見るというと、これは林野の関係とは違いますけれども、何か見ているとエロージョンでも起るような印象を受ける。とても荒っぽい仕方を
これは妙な話を伺うのですが、一体今の小学校の教科書の中には、いい草と悪い草ということは何か教えるあれがあるのですか。これは妙なことですが、私が小学校のときには、草というものは草だった。ただ、今は牧草というものがある。牧草が雑草と違うということは教えてあると思うけれども、その雑草の中で、いい草と悪い草とがあるのだ。そういうようなことが、やはり草の啓蒙というのは、子供のときから教え込まぬとだめなんじゃないか。そういう点を、大学の草の講座ということも必要だが、小学校でもそんなことを少し養成すべきじゃないか。そこで、たとえばかりに草の、緑の週間というものをやるとしても、ただ、草をはやしましょうということも一つの運動だが、同時に悪い草を抜きま
さっき僕は畜産と農地の技術者の交流というようなことも考えなければならぬのじゃないか、と同時に林野庁長官が見えたから、たとえば灌木というような問題になってくれば、またそこに林野の研究の試験場と畜産との人の交流ということもある程度必要になってくるのじゃないかと思います。そういうようなことで、お互いの力を出し合うという態勢をとらぬと、林野は林野、畜産は畜産という形ではなかなかこれはうまくいかないと思う。たとえば高萩なら高萩でいろいろやっておられても、高萩という所だから、ああいう牛もおらぬ所だから、それでできているので、それなら牛を入れて見ろ、どうなるということを聞かれると、これはちょっと答えができぬと思う。そういうような一つ技術者の交流と