これらのたとえば農協の人でも共済の人でも、あるいはその他の諸君でも、それぞれの団体で給与等を得ているのじゃないかと思いますが、それに別に五百円ずつ日当を払う……。どうなるのですか。
これらのたとえば農協の人でも共済の人でも、あるいはその他の諸君でも、それぞれの団体で給与等を得ているのじゃないかと思いますが、それに別に五百円ずつ日当を払う……。どうなるのですか。
そうすると、超過勤務ということになると、これは時間外をやるというわけではございますまいから、やはり昼間行って、きちんとして見てこなければならぬのですから、結局その団体でやっている仕事を若干放棄して、こちらの仕事の方へ出てゆくということになりますか。そうすると、団体の方で出している固有の給料は、そうするとどういうことになりますか。
そこのところは、うまく行けばいいですが、金の使い方によっては、そういうような技術者を動員するということで、ここにがぜんこれらの団体とは違った別個の大勢力を築き上げるということにもなるので、使い方によると、とんでもないことになりはしないかと私は思うので、原則的には、それらの団体がやっている仕事を適当に調整していくということの方が基本にならなければならない、むしろそういうようなのが、今のお話を聞いて、畜産会がどんどんやっていけば、固有の団体がやる仕事がなくてもいいというような、極端にいえばそういう面も出てくるのじゃないかと思いますが、なかなか冒険ですね。そうお考えになりませんか。
またよくこちらも勉強しますが、それだけど、何だか固有の畜産、農協であるとか、共済であるとか、その他の諸君にしたところで、健全なる畜産ということを考えて、いろいろの事業計画をもってやっておられるわけで、そこへこういうふうなものを通じて畜産会でやっていく、出てくれば五百円やるのだということになれば、これはちょっとそれぞれの団体の今やっている指導というものに非常な影響を与え、うまく行けばいいが、悪く行けばとんでもない……。悪口はその程度にしましょう。 そこで、われわれもよく研究しますが、一体そういう行き方と、この改良普及の今の体系というものとは、どういう関係になるのですか。
今の改良普及員だけでは人数が足るとか足らぬとかということは、あなたのおっしゃる通りですが、私たちの考えるのは、一体畜産の経営指導あるいは経営診断というようなことを言われるけれども、畜産経営というものは何であるか。畜産というものは牛なり、馬なり、豚なりというものを切り離してここへ持ってきて、これを獣医の立場から見る方もありましょう。同時に、農業経営全体の中におって畜産というものをどう見るかという見方もありましょう。いろいろの見方も出てくるだろうが、今の畜産会の行き方で行こうということで、農業経営の全体の中における畜産の立場というものよりも、何だか牛とか馬というものを抽象してきて、抜き出してきてやるような指導の方法になりゃしないか。そこ
たとえば開業医というものは農業経営がわかるものでしょうか。牛の結核あるいは不妊牛とか、そんなことはわかると思います。しかしながら、その人はその牛を飼っておる農家の経営全体がどうあればいいということがわかる人でしょうか。
あれも考えている、これも考えているということになりましょうけれども、なかなか私どもちょっとそれだけでは納得いたしかねるので、日本の農業経営というものが零細経営である、そうして零細経営であって家畜を持っておるという経営の内容を考えると、たとえば開業医的な知識をもっての畜産指導というものには一つの限界がありはしないか。そういうととろは、あなたの御説明では、改良普及員というものが主体になって、こういう人がアシスタントにたるのだということだから、まあ一応それだけ聞けばそうかなと思いますけれども、これはまあ一つ私たちもこれはよく勉強します。また勉強してからお聞きします。 それからもう一つの、あれは食管の方になるのですか。輸入飼料の損失補償
そこで、一体なぜ七億からの赤字が出てくるのか、そういう点がどうも私どもよくまだわからぬのですが、その点御説明願います。
今の畜産物の価格に見合っての飼料価格ということをおっしゃいましたが、それは何か立法措置でもなさるのですか、行政措置だけでそういうことをなさるのですか、どうなんですか。
行政措置だけでそういうことが簡単に行けるんですか。少くとも国の財政に相当多額な赤字を出すというような措置を、行政措置だけでやって行けるんですか。
そうしますと、現在の畜産物の価格から算定してゆけば、今のあなたの構想のようなことで行きますと、大体重要飼料というものは単価どのくらいになります。
あとでお願いします。 それからもう一点、ジャージーの輸入、導入の問題ですね、私どもこの間、畜産局の豪州の牛の映画を見せてもらいましたが、なかなか優秀な牛がおった。ところが、今まで導入されたジャージーを飼っておるのを見ると、誠にきゃしゃものでして、あれは一体飼い方が悪いのですか、輸入の仕方が悪いのですか、どういうことなんです。
ちょっと最後に一つだけ。舎外だなんだという飼い方の問題もありましょうけれども、どうも私たちの見るところでは、あまりいいものは買ってきていないのじゃないかという感じがするのです。なんぼ飼い方を非常にうまく飼っている人がやっても、大体ジャージーではどのくらいの石数が出るのだという目標の石数には、達していないようですね。そうして牛を見ても、映画で見たような――もちろん気候風土も違いますけれども、それにしても、僕はこの前映画を見てもこれがジャージーかといってびっくりしたのでして、翻ってわが国に入っておるものを見ると、まことに牛のミニチュアー型というか、きゃしゃなものばかりをそろえて、あれだけそろえるのには苦労されたと思いますけれども、もうち
私はせんだっての台風の跡の調査に九州に行ったのですが、そのときにいろいろな問題があったわけですか、ただああいうような災害の常襲地において、災害が起ったあとの救済ということはもちろんやっていかなければならぬのですが、それよりもいかにして災害をなくするか――なくするかといっても台風を防ぎとめることはでき得ませんので、台風に耐える農業経営というものを考えていただかなければならぬと思います。たとえば桜島へ行くとミカンをやっている。ところが今年はああいう噴火の灰でミカンは全滅している。去年はどうだったかというと台風でやられた。おととしはどうだったというとおととしも台風でやられた。そういうところでこういう永年作物をやってどうかということを非常に
西南暖地のやつは、これは今度は補助金から基金の方に変るわけですか。
そこで私どもが現地を見ての印象は、たびたびの災害で疲れ切ってもうどうでもなれというような、そういう感じを強く受けたわけですが、そういうところは、今までいろいろ指導されても実際に早植えというようなものはそう大して普及しなかったように思うのですが、これがせっかく軌道に乗りかけてこれからやらなければならぬというときに、補助金から基金に切りかえるということで果していけるかどうか。改良基金という構想にもいろいろの内容がありますけれども、特にあんな常襲災害で疲れ切ったところには、何かポンプの呼び水みたいなものでも与えぬと、とても新しい経営に切りかえていくという意慾はなくなっておるのではないかという感じがするのですが、あなた方の方では、これは補助
だから基金の構想については根本的に検討してみなければならぬのですが、特に普通の技術がある程度普及したから、もはや補助金の必要がないという考え方の上に、台風常襲地帯の疲れ切った農民を同じように考えていいのかどうかという、技術的にはもうはっきりわかっておっても、それが台風常襲地帯で疲れ切って、もうそんな新しいことをやる元気がないということが私は実態じゃないかと思いますが、そういう点はもっと普通のところとは違って、台風常襲地帯というものについては何か別な考え方をしていかなければならぬのじゃないか。さらにまた今のお話は、水稲の早殖えだけの問題ですが、私はほかにも防災営農というものはいろいろあると思いますが、そういうほかの形の防災営農というも
それも一切基金の方ですね。
その防災茶園や防災桑園以外のものも、それは普通に考え得るのは、稲は早く植えたらよろしい、防災茶園、防災桑園をやったらいいというようなことは考えられるけれども、そういうこと以上に私はもっと経営の転換ということがはかられなければならぬのじゃないか。たとえば早植えをした跡を今度は一体何に利用するのか、そういうところまで、年間を通じての土地利用をフルに高度に利用するということをまだまだ考えていないのじゃないかと思います。たとえば私はちょっと奇異な感じがしたのですが、大分で七島の栽培を盛んにやっておる。ところが七島は九月に刈ります。今度麦まきまではそのまま刈った跡は遊んでおる。二ヵ月か三ヵ月の間土地は遊んでおる。これはどうもおかしな話じゃない
これはやっておられるのでしょうが、なかなかそれが目にはそうはっきりとは見えていないわけです。とにかく来年も、あるいは再来年もああいうふうな形で災害があるので、相当これは地球の位置でも変らなければ、あの状態というものから脱却できないと思って、これはやはりもっと思い切って、あまり急いだところで、試験研究というものから答は出ませんが、私は常識的に試験研究というあまりめんどうなことをしなくても、大体答は出るのじゃないかと思うのです。今、あと植えの肥飼料作物等の問題も出されましたが、そういうような問題も常識的には答は出ているので、それに適応したところの家畜の導入ということの世話をしてやらなければならぬということになってくる。 それから、大