今後それは結論が出次第そういう協力要請をなさっていくということになりますか。
今後それは結論が出次第そういう協力要請をなさっていくということになりますか。
体育の単位というのは必修ということになりますか。
一単位ですが、必修ということでございます。 そうすると、将来においてこの大学が最大の規模になったときに、四十五万人の学生を擁するということにもなろうかと思いますが、そういたしますと、四十五万人の学生の一単位の実技をそれぞれの社会体育的な施設を用意してカバーするということになると、いまあるすべての施設を本当にフル活用してもとうていこれはもたないのじゃなかろうかと思うのです。 そういう意味からいくならば、これは体育局あるいは都道府県のそうした関係各機関との連携を含めた、わが国全体の社会体育の大きな展開と歩調を合わせていかなければ済まないのじゃなかろうか、こんなふうにも思うのですが、いかがでしょうか。
そういうような形もあってしかるべきだし、どんどん社会が発展していく中で、放送大学がきっかけとなってそういう整備が進んでいくということは悪いことじゃないと私は思うのですね。しかし、出発の段階でいまお話があるような要請をして協力を求める、そこで実習をした単位を加算していくというようなことについては若干安易な——しかしそれ以外に方法かないとも言えるのですけれども、これは非常にむずかしい問題をはらんでいるように私は思うのです。 と同時に、この実習という問題で、今度この大学の中で実習に一番手間のかかる講座科目というものは何と何でしょうか。
これもかなり煮詰めていかなければならないが、先ほどのように遠距離にわたるスクーリングが週二時間、それは最低でしょう。とる単位によっては、科目によってはもっとたくさんの時間を出てこなければならないこともあるのじゃないかと思うのです。 専修学校の方から私は若干御意見を伺ったわけでありますが、今日専修学校は大変なブームと言っては言い過ぎかもしれませんが、就職状況から見まして大変好ましいと言われる状況にもなってきているわけです。文部省からもいろいろこれに対する指導がなされているようでありますが、この専修学校は率直に言って放送大学での単位の互換を専修学校側として認めて積極的にこれを受講させるという意向を持っているようでありますが、この専修
互換と言わないまでも、専修学校側が放送大学の講義とそしてそれによるところの単位認定を受けたいが、しかし一方通行です、と、こういうような要請を持っているように私は聞いております。 その場合、当然授業料という問題が絡んでまいります。また、登録という問題が絡んでまいります。これは一つの団体ですけれども、たとえばテレビの学校あるいは自動車の修理の学校とか、さまざまな現実社会に対応した専門の学校がここにございますが、そういうところの今後の発展の中で、放送大学が用意しているこうした科目というものを学生に教えることが非常にいいことだというふうに考える。その場合に黙って聞くのは結構なんですけれども、それを何らかの一つの形として専修学校側はその認
最後になりますけれども、前のこの委員会でも、将来四国地方や東北地方に放送大学を伸ばしていくという話が大臣からもたしかなされたように記憶しております。 その場合に、放送大学は今度幕張に出発をしますけれども、四国は四国の特殊法人になるのか、あるいは東北は東北の特殊法人になるというふうにいくのか、あくまでも特殊法人放送大学学園が一本で全国をカバーしていくというふうにお考えになっているのか、この二つのいずれをお考えになっていらっしゃるのか、お聞かせいただきたいと思います。
終わります。
ただいま議題となっておりますオリンピック記念青少年総合センターの解散に関する法律案につき、私は公明党・国民会議を代表して、本案並びに修正案にそれぞれ反対の立場を表明し、討論を行うものであります。 まず、第一に、オリンピック記念青少年総合センターに対する私の率直な認識について申し上げます。 一口に言って、この施設はオリンピック東京大会を文字どおり記念して、つまり、東京オリンピックの聖火のもとに全世界から集まった若人が夢を結び鍛錬の成果を競った、あのスポーツマンシップを忘れずに、青少年の育成をするという趣旨で設立されたものであります。すなわち、スポーツの振興を通じて社会教育を行う、これがその使命であったはずであります。 これ
若干関連で海部メモの問題についてお伺いしたいのですが、海部氏は手がふるえるので、ちゃんとしたものは書けない、こういうお話が出ておったのですが、先ほど刑事局長のお話ですと、間違いなしに本人が書いた、こういうことです。本人か書いた、あるいは代筆を頼んで自分が書いたことになっているということもあり得るのですが、手がふるえる、ここでもそういうことをわれわれも見ましたし、ずいぶんと話題になりました。例の海部メモそのものはちゃんとした筆跡のように思いますが、この辺はいかがでしょうか。
問題が別の方になりますが、一般論としてお伺いしたいのです。 今回、日商岩井に対して強制捜査が三回でしたか、あったと思います。一番最初はいつですか。先ほど発表になられておりましたけれども、確認をさしていただきたいのです。
そうしますと、三月十四日というと、かなり証人喚問も進んだ以後になるわけですが、それ以前には、任意ということで協力を受けて資料を収集していたということになるのでしょうか。
そうしますと、この席でも刑事局長から答弁を伺ったのですが、非常に幅広くあらゆる面に目を配って調べていらっしゃった、それから今度は、強制捜査に移ったということは、一つの方向を決めて、そうして強制捜査をされた、つまり、いままでの任意の資料を分析する時点からもう一歩突っ込んだ、焦点をしぼってきた、こういう段階だというふうに解釈していいのでしょうか。
その二回目か一二回目のときに、日商岩井の建設部にいわゆる強制捜査をされている、こういうふうな報道を拝見しておりますが、そのとおりでしょうか。
入っていたかもしれないということですが、新聞報道等では、機械第三本部の建設部というふうに私は承知をしました。私は、証人喚問のときにもたしか植田社長にこのことを聞いているのですが、機械第三本部の中に建設部があるということは大変不自然だ、社内でもそういう指摘がある、私は文書をそのときも示しました。機械と建設、社内でも関連がわからない。海部さんの強力な社内の指揮権によって、この海部さんが島田さんと組んで進めている大変収益の上がる部分だそうです。なかなか関連が、社内の事情ですから、われわれが口を出すべきじゃないかもしれませんが、今回の事件を調べていくうちに、この関係というのは大変重要じゃなかろうか、私はそう見ているわけなんです。いまの被疑事
いま刑事局長はどんぶり勘定というお話をされました。まさにそのとおりなんですね。白商岩井は、私はこの席でも確認したのですが、マンション建設業者としてはわが国最大の規模を今日持っている。これはたしか植田社長も認めておられました。それに関連して、現時点で百万坪の土地を保有している、このことは不勉強でよく知らないというふうに植田社長もおっしゃっておられましたが、そのことはいわゆる有価証券報告書に記載されていますので、間違いないことだと思います。非常に熱心にやっている。 しかも、この問題でよく巷間うわさされているのは、大変はでな金遣いをしている、こういう事情なんですね。たとえば、「日商岩井のマンション建設の評判を悪くしているのは、ほかの不
そうしますと、やはり強制捜査に関連して、海部氏が所有しているマンション、これはかなりの件数があるわけですね、これについてはどういう関心をお持ちでお調べになっていらっしゃるのでしょう。
その資産が不当に世間が見ましても——ああいうお立場の方ですから、それは一つや二つはあろうと思いますが、六つ、七つ、八つと非常な数に及んで、しかもほとんどお使いになっていらっしゃらない、これはわれわれが見ましてもおかしいなと思うのです。それに対して、おかしいなという感じですね、犯罪の可能性、これはなかなか特定できないかもしれませんけれども、これを掘り下げて本件の解決に役立てよう、こういうような一つの方向性というのはお持ちじゃないんでしょうか。
私が申し上げたいのは、彼が自分で着服した金という意味じゃなくて、一つの会社の行動の中で土地を買う立場にある、それがある面ではかなり大きな利益を生む、これは新千歳空港の問題でここでも指摘をいたしました。いままで報道された中では、一生懸命売ったけれども、売れなかった、売れ残りを自分のところで買い取ったんじゃないか、こういうような話が報道されているわけですけれども、また別のところでは、日商岩井のマンションというのは、いい部屋は、売り出しの日に買いに行ってもそこはもう決まっております、こういう状態である。昨今、ところによっては、希望の多い、部屋の形あるいは向き、さまざまで、マンションといってもいいところと悪いところは当然できますが、いいとこ
ぜひお願いをしたいと思います。 時間も余りありませんが、なぞの十日間という問題を私はこの席で指摘したことがあります。つまり、昭和五十一年の二月にいわゆるロッキード事件が発覚をしてから海部氏の動きがマスコミから消えたという話なんです。これは私もこの席で取り上げたことがあるのですけれども、そのときは、日商岩井の広報部長さんは、オーストラリアへ行っている、その理由は向こうの内閣がかわったからだということであったのですが、たしか証人喚問の席で、海部氏はそれと別な表現をしておられた。つまり、商用で何らかの契約に立ち会うというようなことで出向いた。これは小さな食い違いかもわかりませんけれども、この行方がわからなくなった。しかも植田社長に私お