そうしますと、五年に一遍ぐらい出てくるということでしょうか。
そうしますと、五年に一遍ぐらい出てくるということでしょうか。
最近、総理がアメリカへ行かれるについて、DC9でしたか、前倒しの発注をさした、こういう報道がございましたけれども、これは事実でしょうか。
そうしますと、航空各社から大体買う予定を運輸省はとっていらっしゃる。そのことと、運輸省が、いまお話がありましたようなかなりの年月とシステムをかけて航空需要予測をしていらっしゃることと、この相互関連はどうなっておるのでしょうか。
そうすると、いわゆる航空需要の予測というのは、飛行場を整備するという側にとっては運輸省が所管として具体的な形であらわれるのであるが、飛行機を何台買うとかということになると、それはもっぱら航空会社の商売上の判断だ、こういうふうに考えていいのでしょうか。
そうしますと、いわゆる運輸省がやっている行政指導とは一体何か。私がなぜこの問題を航空局長にお尋ねしているかといいますと、ロッキード事件の全体を見ておりまして、片っ方にはPXLの問題がある。もう一つには、いま横山委員から御指摘がありましたように、十月五日の児玉から中曽根氏への電話、そして不利だったと言われる状況が一夜にして一転したと言われる問題。さらに三番目には、昭和四十五年の十月二十七日に、四機、三機と、合計七機について運輸省に対してその取得の許可あるいはまた国内線転用の許可が求められておった。しかしそれがわずか三ヵ月後の昭和四十六年の二月に運輸省によってそれは白紙に撤回されている。つまり、片っ方には児玉によるところのそうした力が働
当時は、局長はどんな立場にいらしたのですか。
四十五年の万博が終わって需要ががた減りになった、これは察しがつくわけです。減ったのなら、何もジャンボ機の転用を十一月三十日に橋本登美三郎運輸大臣名ですることはなかったんじゃないか。私は、いまの御説明ではどうもその辺が納得できない。しかも、航空需要の予測というのは、単なる万博が終わったからという単純なものではなくて、先ほど来お話があったような、かなり大幅な研究、そして調査がなされて結論が出るものだと思うのですね。ですから、いま御説明のあったような、万博が一つの原因で、この十一月三十日の導入決定、さらに二月の変更、これは要因は万博だけだったのではない、私はこう見ますけれども、どうでしょう。
これは刑事局長にお伺いをしたいと思うのですが、第十回の丸紅ルートの公判、五十二年五月二十六日です。このときの証人は、検察側証人で日本航空の稲益専務という方が来ているわけです。 この記録を見ますと、「最終的に航空局がメモを出してきまして、どうしても日航が(四十七年に大型機を)導入するというなら、全日空と話し合ってくれといってきました」、この部分だけちょっと取り上げてはおわかりになりにくいのかもしれません。つまり、日本航空側としては、このときの行政指導が——日本航空はどうしても入れたい、ジャンボ機を四機、三機と七機入れたい。しかし、急に様子が一変をいたしまして、四十五年の十一月三十日にオーケーが出たものが二月に変わってしまった。そし
重ねてお伺いしますが、いま航空局長がお話しになったこと、さらに刑事局長がおっしゃっているように、証人の証言は、私は、ここに、単なる行政指導ではなしに、何らかの政治的な力というものが働いていた、こういうことをこういう資料から推察するわけであります。検察当局として、こういうような問題があるがゆえに今日までいわゆる灰色問題が出てきた、このことの意味というものをどのようにお考えになっていらっしゃいますか。
臭いという判断で立証していらっしゃるということでありますが、さらに申し上げるならば、五十二年三月九日の第四回公判で、全日空常務会の議事録が取り上げられ、「四十六年六月三十日の議事録。日航の国内線ジャンボ乗り入れ問題での渡辺(尚次全日空副社長)発言はこうです。自民党航空部会で検討してもらうことにした。福永一臣と会ったら……」これは松尾検事さんの話であります。また四十六年六月三十日、新機種選定準備委員会「本委員会資料ファイルです。機種選定はまだ結論にならずとありまして、日航のB747導入を、あらゆる手段で引き延ばす、日航ジャンボの単独就航をできる限り短縮するとあります。」これは前回私が本委員会で読み上げた七つの資料の一部であります。これ
これは委員長にお願いですが、いま読み上げられました刑事局長の持っていらっしゃる資料を、委員会としてコピーないし何なりいただけないかお取り計らい願いたいと思います。
重ねてお伺いをいたしますけれども、「日航のB747導入を、あらゆる手段で引き延ばす、」こうあるわけであります。この「あらゆる手段」というのは一体どういう手段というふうに検察側は考えていらっしゃるのでしょうか。
そういたしますと、検事さんが法廷でおっしゃった、これは裏のないあらゆる手段というのが一つの観測かもしれません。いろいろな手段の中にそうした政治的な力関係というものがあった。先ほど来そういう方向で立証するというふうに伺っているわけでありますが、航空局長、メモをお出しになって、そして「どうしても日航が導入するというなら、全日空と話し合ってくれ」と言った、日航の稲益さんという重役さんが法廷でそういう答えを出しているようであります。こういうことはあり得ますか。
時間が余りありません。 検察当局としては福永一臣さんという方をお呼びになって、この件についてお聞きになっていらっしゃるでしょうか。
御本人の名誉があるから、もし調べたとするならば調べた内容を伺いたいのです。要するに、お金はもらった、そのお金の趣旨が何だということが問題のように私は考えているわけです。それがここ一月、もう少し長い期間ですかの間、このロッキード委員会でも理事の方々でかなり議論があった。これを解明していくためにはやはりそこが一つのかぎである。先ほど来航空局長に伺っているように、需要の予測というものはかなり大がかりであり、三年ぐらいの間で発表されていくものだ。それは主に飛行場の整備その他に使われる。しかし、飛行機会社が独自の経営判断で行っていい機種の購入、そうした問題について運輸省がそこで行政指導をされた、これは各社間の競争を調整する趣旨である、こういう
最後になりますが、私、前回、資料要求をさせていただきました。理事の方々の協議で幾つもの資料が要求されておりますが、それができ上がって当委員会に出されるのは大体いつごろになりましょう。
終わります。
先ほど大臣と局長から「昭和四十年代以降の航空政策の展開と今後の方向について」こういう御説明があったわけであります。最初に、四十年代のいろいろな情勢と今日とはずいぶん違っていると思うのです。しかしこの四十年代、特に昭和四十五年の運政審の答申、四十七年の大臣通達、これが今日でもなお生きておる、基本線はなお妥当なものである、これにはこのようにうたわれているわけですが、私これを拝見するに、当時以降石油ショックもあり、社会の状況は大幅に変わってきているんじゃないかと思う。これがこのまま生きているというのは私はどうも納得ができない。社会の情勢というものの変化に十分対応してないんじゃないか。そこに事情か何かおありになって、あの当時の方針は変わって
るるお話がありましたけれども、企業体制についてはそうかもしれませんが、問題は航空輸送需要の動向ですね。きょうは大臣もお見えですが、今日、成田問題で大臣大変に苦労していらっしゃると思うのです。私は、この成田の問題とこのロッキードの問題と関連はあると思うのです。どういう関連かと言えば、この航空需要の動向、特に「増大する輸送需要の動向を背景に考えるとかなりの機数のエアバスを必要とすることから、」こうございます。政府の施策というものはこの航空需要というものをあおってきたんじゃないですか。私は、そういうことを改めてこの場で指摘しなければならないと思う。先日、三十日の本会議で成田問題の集中的な質疑が行われました。そのとき総理はこうおっしゃってお
観光客の比率が高いとおっしゃる。それであるならば、もう人命の尊重で、警察官と過激派がピストルで撃ち合ってもいいじゃないかという議論が出ているくらい、成田の開港については命がけの争いです。その背景にあるものは羽田がいっぱいだということだからです。そうなると、それほど片方では警察官の命の問題にもかかわってきて、重大な国家の威信がかかっている状態の中で、羽田が本当に過密かどうかという分析が十分になされていないんじゃないか。そういう中で、ここにありますが、飛行機会社は大々的な観光宣伝をしているのです。これはけさの東京新聞です。調べてみますと、きょうから七日までの間に各紙にみんなこの全ページ広告を出す。そしてもうすでに三月の末に出ております。