二〇〇八年の、私が今説明したように、二〇〇八年の九月から二〇〇九年の三月までの説明をしましたが、二〇〇八年四月から二〇〇八年の八月までというのは相場が上がっているんですよね。その間にやはりやられていまして、その後半からとれたと。トータルとして、約、手元にちょっと資料が、わからないんですが、五十億前後か、トータルとしてですね、その一年間で。 結果論として、負けるということは当然あるわけで、期間期間でとれるかというのは確かにあるんです。これが僕は運用だと思っております。
二〇〇八年の、私が今説明したように、二〇〇八年の九月から二〇〇九年の三月までの説明をしましたが、二〇〇八年四月から二〇〇八年の八月までというのは相場が上がっているんですよね。その間にやはりやられていまして、その後半からとれたと。トータルとして、約、手元にちょっと資料が、わからないんですが、五十億前後か、トータルとしてですね、その一年間で。 結果論として、負けるということは当然あるわけで、期間期間でとれるかというのは確かにあるんです。これが僕は運用だと思っております。
約束した利回りと言われると、これ、約束は一切していません。ですから、目標利回りというのは頑張ろうという利回りですから、ここはちょっと勘違いされちゃうと思うんで。 私どもは、確かに、今まで見てみると、結果として、一年ごとの三月で切ってみたらそうなっているし、切るときによって変わると思いますけれども、まあ、それは確かに、ずっと負けていたというのは事実だと思います。はい。
まあ、正しいとか正しくないと言われると、それは、私自身、どうだと思うんだと言われたときには、これはちょっと、何と言っていいか、高いか安いかと言われているのと一緒ですから。 これについては、当初は、最初は、スタートしたときというのは全員四十万円からスタートしていますから、一人ですね。 だから、これはどうかというのは、非常に僕は、高いと言われれば高いし、すごい高いと言われれば高いし、私は今何とも、ちょっと、今の時点で。 年収とか、それで、たくさんもらおうと思ってやってきたわけじゃないということを申し上げたかったわけです。自分のお金が七千万円欲しいからやったとか、そんなつもり全くありません。はい。
まず、年収についてどうのを言われていますが、私は、欺罔に陥れどうのというのは全くそういうつもりもないし、年収についても、自分の収入が欲しいからこうしているとか、お客様からだまし取って取ろうという、そういう気は全くないんですよ。これだけは本当に僕、言っておきたいと思います。
欺罔というのが僕はよくわからないんです、欺罔というのは、私も初め聞いていて。(発言する者あり)まさに裁判用語ですが、欺罔って、人をおとしめるというつもりは全くないし、そんなつもりで僕はこの運用、この苦しい運用をやってきたつもりはないんですよ。 これはだから、しっかり答えろと言われても、そのつもりはないとはっきり申し上げたいと思います。
当初からずっと一貫して私申し上げている、参議院、衆議院の財務委員会含めてずっと言っていることは、そういう認識を持って仕事をやったことはないんですよ。今、こうとまってみて初めて自分で思うんですが、そういう認識でもって私はお客様と接してきたつもりもありませんし、それだけははっきり申しておきたいと。 それは詐欺だとか、そういう話になったのは、今回こうなってから、ああ、そうなんだと。むしろ、本当に運用で精いっぱいやってきて、とまったというのが僕は現状だと思っております。
弁明はありませんが、私は、そう思ってずっとやってきました。運用に対してもそうですし、そういうことをやってどうのこうのなんていうのも全く持っておりませんでしたし、そういうつもりでも今いません。
私は、それ以外の収入、ちょっと、余り収入関係は見ていませんが、先ほど、前回の参議院のときに、七千万ぐらいだろうと思っていたんですが、トータル、家の家賃とかいろいろ聞いたら七千九百八十万となっていましたから、これは訂正しておきたいと思います。 ほかの収入というのは、配当という形で、今現在のことを聞かれていると思うので、いつかということが、僕は質問に対して答えられないので、いつだ、いつ、去年の十一月三十一日は幾らだとか言ってくれないと非常にわかりにくい答えなんですけれども。うそをついたことになりますから。 だから、これは、去年、一一年三月期で七千九百八十万になったと聞きましたけれども、その他の収入というのは、ほとんど、全部税理士
これは、私どもAIJ投資顧問からもらった給与だけでございます。それ以外ないです。
まず、年金さんに知り合ったのが、二〇〇三年の一月の、というのは、NHKの特番があったと思うんですよね、そのときに、オルタナティブという。それで、東日本文具の当時常務理事をやっていました石山さんが当時出ていまして、それから、あるきっかけから、私、アイティーエム証券の西村社長から紹介されて会ったのが初めてだと思います。 それで、二〇〇三、最近調べてわかってきたことですけれども、三月ごろに、何か、四千五百万か五千万かの小さな投資をお願いされて、それで、投資顧問、私ども、一任を持っていませんでした、当時は、AIJ投資顧問でも。そのときは、シグナ投資顧問というのがあって、シグナの社長に頼んで、それで一任になってもらって、そこに指示して投資
その当時は、基金のその運用、確かに五千万というような運用、あれですけれども、どこか投資したい先が決まっていて、それを、一任の先を紹介してくれと。それを西村社長から聞いて、それで紹介したのがきっかけでございます。その後、それがきっかけで、じゃ、その運用基金、厚生年金基金さんのお金も、じゃ、プレゼンに入れて、運用しようかと言ってくれたわけでございます。 だから、どっちが言ったというよりも、それが先にありまして、それから、基金の運用が翌年五月からスタートしたというのが現状です。
これにつきましては、刑事訴追というおそれがあると思っていますので、これは回答は控えたいと思います。
ここで、だますという言葉が適切かどうかわかりませんが、何度も申し上げていますが、お客様のお金をだまし取って自分の利益をとるとか、そんな意思は全くありません、何度も言いますように。これは、本当に、今までずっと私が一貫して言ってきていることですが、そんな意思だったらこんな運用を続けておりません。
いろいろな基金さんへ行った中でどういう説明をしたか、今記憶にはございませんけれども、お客様の言い分としてそうだったということは、そうかもしれません。 ただ、私としてはそういう形で、常にもうかっているとかなどと、そういう、下がっているときは、もうかる、上がるとか、あっ、下がっているときには損するだろうと、で、実際問題、昨年の震災のときも負けていなかったと思いますがね。 ただ、どういう説明って、いつのときの説明かというのは非常に私はわからないので、答えようが今ないというのが本音でございます。
ケイマン籍にしたというのは、当初のファンドからケイマン籍なんですよ。だから、年金基金さんのためだけにやったわけじゃなくて、二〇〇二年の五月からつくっていますから、最初がケイマン籍なんです。後、お客様が入ったというだけでございます。
最初からAIAとAIJというのはそういう形でつくってあるから、隠すためとか、そんなの全くありません。 もう一つは、年金基金さんが入ってきたときに、全てケイマン籍であるから、ケイマン籍は二重課税、お客さんは年金基金さんだけじゃないんですよ。だから、年金基金さんのためにつくったものではないということを申し上げておきます。
まず、AIAが、つくったのは二〇〇一年だと思います。ファンドを立ち上げたのは、二〇〇二年の最初が五月だと思います。 それから、アイティーエムに投資したのは、二〇〇二年の九月と十一月、一億五千万ずつだと思います。ここまでは覚えている。あとは、個人投資家の方とかも入っていますから。 それから、シグナとは、今のAIJ投資顧問ですけれども、買収したのは二〇〇四年の七月だと思いますね。これで、当時は二千万円だと思います。はい。
買収というよりも、シグナがもう撤退して、撤退する費用がかかるから、費用として二千万円ということでございます。買収というんじゃないです。向こうが売りたいのを受けた金が二千万円ということなんです。
そのとおりでございます。
二〇〇二年の五月につくりましたから、その前営業していたかどうかというのは、アイティーエム証券がこのファンドをつくっていますから、二〇〇二年の三月以前だと思います。そしてそれを、手続とかそういうのをやってもらっていたということでございます。 あと、当初買ってもらったのは私の親しいお客様だけでしたから、だから、営業をやっていたとかどういうことについては、営業をやっていたのかどうかという認識が余りないわけでございます。