その点につきましては、当時の安保条約の改定のときにこの交換公文ができたわけでございまして、それからさらに口頭了解が同じようにできているということでございますので、すでにそのときから日本側とアメリカ側との間に了解の差異はないというふうに考えております。
その点につきましては、当時の安保条約の改定のときにこの交換公文ができたわけでございまして、それからさらに口頭了解が同じようにできているということでございますので、すでにそのときから日本側とアメリカ側との間に了解の差異はないというふうに考えております。
すでに先ほど来御答弁いたしているように、その交換公文の「同軍隊」というのは先ほど来の答弁のとおりでございまして、これはもう文脈上非常に明らかであって、これに対してアメリカ側も、そのときから日本側の了解と差異はないというふうに考えられるわけでございます。
その前後を読んでいただきますとわかるわけでございますが、まず第一に「配置における重要な変更、」その次に「同軍隊の装備における」ということで、ここに明らかに配置とそうでない軍隊というふうに使い分けているわけでございまして、その点については、当時の交渉のときからすでに日米間で同じような了解に立っている、こういうことでございます。
一月十九日にこの交換公文を交換しております。そのときから日米間で解釈について相違はない、こう考えているわけでございます。
ただいま土井委員が言われましたように、まさに交渉の中で日米間においてそういう意見の一致があり、ここで「装備における重要な変更」とは何かという交換公文が出ているわけでございますから、交渉の担当者の間でそういう了解ができている、こういうことでございます。
これは、せっかくの御要請でございますが、交渉の過程に関するものについては国際慣例上お出しできない、こういうことでございます。
藤山・マッカーサー口頭了解というのは、その根っこになります岸・ハーター交換公文、それの口頭了解でございますので、岸・ハーター交換公文が交換された日、一月の十九日でございます。
口頭了解でございますから、まさにそのときに文書はなかったわけでございますが、その後、国会等で口頭了解は何かという御質問がございまして、四十三年四月二十五日に「日米安保条約上の事前協議について」という文書の中で、口頭了解の内容を文書の形にして御提出したわけでございます。
この藤山・マッカーサー口頭了解というものは、事前協議の対象になる三つのカテゴリー、その中でいま問題になっている核については、核についてはと申しますか、重要な装備の変更については、核弾頭及び中長距離ミサイルの持ち込み及びその基地の建設である、こういうことを書いてあるわけでございます。
そのとおりでございます。
これは両当事者の合意でできたわけでございまして、だれが、どの時点で、どちらから発議したかということは、先ほど申し上げましたように会談の内容といいますか、それ自体に関係するものでございまして、個々のやりとりについて触れることは妥当でないというふうに考えております。
口頭了解でございますので、通訳がというお尋ねでございますが、要するに両当事者がこの核の持ち込みということを言って、その英訳としてイントロダクション、こういう言葉を使っておるわけであります。
先ほど来御答弁しているように、個々のやりとりについて、ここで私としてその点について触れるということは差し控えさせていただきたいと思います。
お尋ねのとおりでございます。
昭和五十年でございますか、ちょっと正確に記憶しておりませんけれども、いわゆる口頭了解についてアメリカ側と……
そのとおりでございます。
ございます。
当時の外務大臣がまさに英訳文を添えてアメリカ側に伝えております。したがって、アメリカ側の了解は日本文とそれに付してある英訳文と両方ということでございます。
日本側のその英訳文を付したものに対して、アメリカ側は日本側の理解と同じだということを言っておりますが、そのもとになります三十五年から、いわゆる艦船の持ち込みを含めて核は事前協議の対象である、これは昭和三十五年以来のことでございます。
直接お答えしないと怒られますが、まさにそのとおりでございます、それは昭和三十五年以来。