最初は都と——私は役所に行つたんではございませんが、東京都と打合せて、厚生省の了解を得て、財務局に手続をすれば払下げになりますというような話が決定してからでございます。契約はできておりませんでした。
最初は都と——私は役所に行つたんではございませんが、東京都と打合せて、厚生省の了解を得て、財務局に手続をすれば払下げになりますというような話が決定してからでございます。契約はできておりませんでした。
さようでございます。
独断ではありません。了解の上です。
磯川さんであります。磯川さんはその都度役所に行きまして、そういうことを私に報告して、かかつた。
ございません。
知りません。話は聞いておりますが……。
東京都は、係の名前は知りませんが、児童福祉係とかいう、それから浮浪児を扱つておるもの、当時の局長は上平と申しましたが、そういう名前の方でした。その方は一度来られまして、私はあいさつだけで直接言葉をかわしませんでしたが、厚生省の方は、記憶しておる名前は大橋さんという若い方でございました。それからもう二、三人来られたようです。磯川さんは厚生省の偉い方と大分会つておるようです。それから契約が成り立つ前に厚生省と大蔵省の方は始終現場に来ておられたようです。それから私は聖十字学園の事務所にも二、三来たように記憶しております。
先ほどの苗川さん以外は全然記憶はありません。
全然知りません。
ございません。
内容の箇條的なことは記憶しておりませんが、その契約のときは私が立ち会いました。
建築費は浴場組合に出していただきまして、但しその浴場の二階は、浴場が使わないで学園が使う。それで家賃が一万円だつたと思います。
それが実に露骨なんですが、なぜ磯川氏と私がわかれたかというと、一生懸命何千万円の金でも寄付してやろうというのでございますから、理事長というものは一般の代表権のあるものだとばかり信じておつた……。
代表者でなかつたことがあとでわかりましたから、それは否定いたします。
全然関係はありません。
それも関係はございません。
私はそれも直接関係ないのですが、私の名前が必要だからと判こをもらいに来たので、判を貸してやりました。ですけれどもその後マル通とは私は会いました。
全部知らないわけじやありません。今相当記憶しておりますが、交渉の段階は私は知らなかつたのです。
参りました。
さようでございます。