そこで官房長官、これはやはり官房長官が全部総括し、そして処理していかれる役目でございますが、協議されて、これが日がたつにつれて亀裂が大きくなり、また誤解も大きくなる。もうここら辺で協議は終えて結論をお出しになる、その段階だと思います。官房長官、ぜひ結論のところをお聞かせいただきたいと思います。
そこで官房長官、これはやはり官房長官が全部総括し、そして処理していかれる役目でございますが、協議されて、これが日がたつにつれて亀裂が大きくなり、また誤解も大きくなる。もうここら辺で協議は終えて結論をお出しになる、その段階だと思います。官房長官、ぜひ結論のところをお聞かせいただきたいと思います。
それではさらにお聞きいたしますけれども、いかがでございますか、中国政府側の方から公式にこのような申し入れが参っております。これは正式なものだと思います。公式、非公式であれ、ほかにはどこの国から来ておりますか、お聞かせいただきたい。
そうしますと、これは中国と日本だけの問題ではない、他にもたくさん問題がいま飛び火しつつある、これはまさに重大な段階だと思います。これは早く解決しなければいけない重大な問題です。それについて、どのような方法でこの問題を解決していこうとしておられるのか、今度は解決の方法の枠組みを聞かせていただきたいと私は思うのです。 たとえば、外交ルートを通じて解決していこうとしておられるのか、あるいは外交以外の、さまざまな方法があるでございましょうけれども、そういうふうなものを通じてやっていこうとしておられるのか、あるいはこれは日本独自でやるべき問題なので、外国がどのように言おうと関知しないという態度で臨まれていかれるのか、一体どのような方法でこ
さらに、私は解決策という問題についてもうちょっとお聞きしたいのです。 端的に聞きます。たとえば今度の教科書問題につきましても、自主的に訂正していきます、外国から言われたからするのじゃない、われわれの方で自主的に訂正していきますよという姿勢をこれから実行しようとしておられるのか、するべきだと考えられるのか、あるいは全体の文脈を見てもらえばわかるじゃないか、従来と変わっていないではないか、だからよく説明するのだ、誠意を持って説明をすればわかってもらえるという姿勢でいかれるのか、いまの「侵略」「進出」の問題を具体的な例としてお考えの際に、方針を聞かせてください。
さらに私はお尋ねしたいと思います。 朝鮮民族の民族運動のはしりであった三・一万歳事件、たとえばそれが「暴動」というふうに書きかえられている。それは全部の教科書でないかもわからない。しかし一部にそういうことがあって、それが指摘されている。たとえば、そういうものを書きかえさしたと認定し、あるいは誤解を生み出したもとは検定制度であります。その検定制度については今後見直しをしていかないというふうにお考えでございますか。ですから、検定は見直ししないで外国に理解を求めていくという姿勢でいまおられるのでございますか、検定制度そのものも見直しをやっていくんだというふうにお考えでございますか、聞かしていただきたい。
これは七月の二十三日内閣総理大臣鈴木善幸という名前で参議院議長徳永さんあての、参議院議員喜屋武さんが出された質問に対する答弁書であります。その中でこう言っていますね。「客観的かつ公正な資料に基づいた記述を行うよう求めているところである。」これが教科書の検定である。「その記述が、客観的かつ公正なものとなり、かつ、適切な教育的配慮が施されたものとなるよう求めているところであり、このことによつて我が国と他国との友好関係が損なわれることはないと考えている。」 官房長官、いかがでございますか。そのような方針をお出しになっておられて検定を進めていかれ、その結果がよその国とただいま友好関係が損なわれつつある、そういう状態に来ているではございま
官房長官、実は私は中国で育ちまして、そして子供のときから中国人あるいは他民族の人たちと一緒に過ごしました。それだけに何かわかるのですけれども、たとえばこちらの善意というものも、これは加害者の論理で物をしゃべっている。被害者の論理、被害者の感情というものを絶対忘れてはならない。私は、客観的でありあるいは教育的であるということの中身は、常にその違いというものを認識しながら記述され、あるいは文章がつくられていく、そういうものでなければ本当の国際的配慮というものはないことだし、これから日本が国際的に活動していく上に当たっても大変な配慮を欠いた行動になるのではなかろうか、そういうことの事例がただいまここに露呈されたんだというふうに思います。そ
さて、この問題についてはひとつ今後とも最大の努力を払っていただきたい、解決のために努力をしていただきたいと思います。と同時に、わが国民に対して、やはり事実は事実、真実を覆い隠すような何か小手先のことはしない方がよろしい。特に、いま国際社会の中に乗り出している日本でありますから、外交姿勢、対外姿勢というのは非常に重要だ。これについて一点だけお尋ねをしたいことがあります。 それは、先般、ことしの五月のことでありましたけれども、ブロック通商代表の書簡、それの添付書類、市場開放問題についての見解が述べられております。この問題は日本農業新聞その他の新聞や雑誌にも報道されました。どうもその報道を見ますると、ブロック通商代表が日本に対してあて
これはますます大変でございます。もし真実であれば、まことに重大だ。これはよその国の政府に名をかりて自分の国を動かそうとする、これは国家主権をみずから侵す暴挙だということでございます。それが発表できないというのは一体どういうわけでございましょうか。官房長官どのようにお考えでございますか。
それではいままで報道されたものというのは、これは全くのうそだということになりますね。これは通産省がつくったものである、私はまさかそんなことはないだろうと思っていたんだけれども、あなたがいまそうおっしゃいましたので、いままでの報道は全部うそである、自主的に物事が決められていったんであって、よそから何らの指図を受けたこともなければ、そのような工作が行われたこともないというふうに理解してよろしいですね。
それでは最後に要望しておきます。 国民は、いまのようないろいろ報道されたのを見まして、一体真実は何なんだろうか、日本はどういうような対外姿勢あるいは外国との関係を進めていっているんだろうかということで、非常な不信感を持っている。それはやはり明らかにするのがこの場でなければならぬと思います。したがいまして、近い将来において真実を明らかにしていただきたい。これを要望させていただいて、私の質問を終わります。ありがとうございました。
外務大臣、早速お伺いをいたします。 先日、外務大臣のアメリカにおけるカウンターパートであるヘイグ国務長官、突然辞任をされました。私などはびっくりした方でありますが、外務大臣はいかがでございます。予想しておられましたですか。
実は私は、六月の二十五日に予算委員会で総理に御質問をいたしました。そのときに、実は日本国民がいま一番知りたいと思っていることは、何か世界ががたがたしているように心配でならない、経済も政治も軍事上の紛争すら各地に起こっている、だからそのときに民主主義先進諸国においてどのような結束があるのか、その点についての御印象はいかがかというふうにお伺いしたところ、その点では、民主主義の国々、先進国においては、一つにまとまっておりますというお話がありました。そして突然今度は、その日の実は夕刻でございますけれども、ヘイグ国務長官の辞任という問題が起こった。私、びっくりをしたわけであります。 いまお聞きをいたしますと、外務大臣は何人もあのような事態
いま人情論を私は聞いているのではございません。また、一種のレトリックを聞いておるのでもございません。もっと肝心かなめなことは、いまも外務大臣おっしゃいました、ヘイグさんは、これはアメリカの外交政策のかなめであった、対外政策のかなめの人であった。それが辞任された。そうした場合には、中東問題であれ、対ソ戦略であれ、大きな変化があるのかないのか、そこら辺でございます。その点をお聞きしたいのでございます。
私は、この問題について、本当はもうちょっとじっくり御意見を聞きたいし、それから私も申し上げたいと思います。なぜなら、これからシュルツ新長官になり、どのようなものが出るか、それを見てからだということでは困るので、外務大臣、本来ならば、わが国の方向としてはかくあるべしというものをやはりお訴えになるなり、それから、もっともっと強く発言をされるべきであろうと思います。そういう点、御要望だけを申し上げておきますが、時間の関係で、もし再度このような機会がありましたら論議をさせていただきたい。 さて、第二の点に御質問をさせていただきたいと思います。 それは、先般の国連軍縮特別総会の問題についてでございます。あの際に私、総理の演説はりっぱな
門田さんのいまの御説明、これはまことにごもっともに聞こえますが、それでは私は別の角度から聞かしていただきたいのです。というのは、やはりこの問題はなかなか大事なところだと私は思います。核軍縮という言葉は使っているけれども、その位置づけが実はよくわからないからお聞きしているわけであります。たとえばパルメ報告が国連の軍縮特別総会の方に提出されました。そのときに、パルメさんはこう響いております。限定核戦争はイリュージョンである、幻想である。そのような考え方そのものも拒否すべきである。私が読んだ範囲においてはそのように言っていると思いました。大臣、その点はいかがでございますか。限定核戦争というものは理論的にもあり得ない、起こり得ないというふう
外務大臣、それでいいのでしょうか。起こってはならない、これはみんなそう思っていると思います。あたりまえのことであります。これが限定核戦争であれ、まして全面核戦争といったら本当に大変なことだ。ただし、私がお聞きしているのは、起こってはならないということと、わが国政府としては限定核戦争なるものは理論的にも受け入れられないと考えておられるものなのか、それはあり得ることなんだというふうにお考えなのか、それを聞かしていただきたい。
確かにおっしゃるようにお答えされにくい問題があるということは重々わかります。にもかかわらず、やはりここをきちっと定義しながら私どもは前に進めていかないと、本当の核軍縮あるいは核の廃絶ということもできないのではなかろうか。そういう意味で、だめ押しと言ったら悪いですけれども、定義の方を先に聞かせていただきたいという気持ちでお聞きをいたしました。いまのお答えを聞いておりましても、核抑止力は認めておられるということになります。そうしますと、理想は理想だ、しかしながら、現実には限定核戦争の可能性もあり得るし、当然したがってそんなものを起こさないためにも、相手が持っている核戦力に対してこちらも抑止するものだけは持っておかなければならない。そして
この間ドイツの社民党で大会を開いておりまして、その決議文ができておりました。それを見ておりましたら、こういう文句があります。われわれは限定核戦争という考え方そのものを拒否するという言葉がありまして、私ども日本においてもそのような姿勢から進めていくべきであろうという感じを痛感いたしました。 ところで大臣、ソ連のブレジネフ書記長は、東西の戦略兵器、あるいはINFはもうすでに交渉しておられるわけですが、東西の戦略核兵器制限交渉、これへの取り組みを表明した際に、アジアに展開したSS20については論外であるという言葉を使っております。これはどのようにお考えでございますか。つまり私が心配するのは、こちらの方が、あるいは相手方が同じようなもの
先般国連の総会の際に、外務大臣はグロムイコソ連外務大臣と話し合いをしておられるはずであります。この問題についてはどのような形で論議を詰められた、あるいはこちらの意見を述べられたわけでございますか。