過去のそうした事態があったかなかったかということは、私着任前の問題であり、いま突然のお話でございますので、私何とも申し上げかねます。ただ、少なくとも私が着任後、同時に今後においては、いまの御趣旨のように、公取としては、当然与えられた権能、同時にそれは責任でありますが、これは十分尽くしていくつもりでおります。
過去のそうした事態があったかなかったかということは、私着任前の問題であり、いま突然のお話でございますので、私何とも申し上げかねます。ただ、少なくとも私が着任後、同時に今後においては、いまの御趣旨のように、公取としては、当然与えられた権能、同時にそれは責任でありますが、これは十分尽くしていくつもりでおります。
独禁法の本来の趣旨は、御承知のように、自由な競争によりまして、そこに生産性の向上もねらい、コストダウンもねらい、価格の低下もねらう、これが普通の本来の趣旨における独禁法のねらいだと思います。しかし、独禁法も時に全然統制的なものを認めないわけではない。過去におきまして、一応肥料につきましては、御承知のように最高価格のきめがあり、これは最高価格でありますが、経済の実態としても、この価格でもって全部つくられるのではない。それで、今度、現在におきまして、すぐにそれじゃこの最高価格を廃止する機会におきまして、本来の自由競争の場にさらしていいかどうかということになりますと、これは生産者の面にもあるいは消費者の面にもいろいろな不安があるというのが
私は、商品の種類によっては、こういったような団体交渉が適正に行なわれ得ない場合があり得ると思います。しかし、事肥料の問題という具体的な問題を突いてみてまいりますと、結局消費者といいましても、消費者は全購連がかなり大きな一つの組織体を持っておりまして、そうして消費される肥料のかなりの部分を全購連がいわば大きな一つの買い手としてできている。これと生産者の団体との話し合いをするというわけでございます。こういう全購連といったような一つの組織を持ちませんで、消費者が個々に生産者の団体と、あるいは小さな消費者のグループが生産者の団体と交渉するというのでしたら、私は、これは名前こそ団体交渉であっても、とても力のバランスというものは得ていない、した
この法律で認めておりますのは、消費者と生産者の問でもって団体交渉をして、価格についての取りきめをするということをきめておるだけでありまして、消費者のほうを抜きにして生産者だけで一方的に価格を協定するといったようなことは、この法律の趣旨ではございませんから、もちろん独禁法にそのままひっかかります。抵触します。それから、結局話し合いがつかない場合、これは調停の問題がもちろんあります。しかし、なおかつ問題は、どこまでも話し合いのつくそのことだけを認めておるのでありまして、消費者がそれではとてもだめだということで、協約の範囲内での価格の取りきめができない場合は、結局あとは普通の取引に帰らざるを得ない、こういう性質の問題だと思います。なお三条
この肥料のカルテルのように、いわば特殊の団体交渉による価格取りきめというのは、ある意味において私は異例なものだと思っております。したがって、ほかの商品にこれが広がっていくべき性格のものとは思っておりません。ただ、肥料につきましては、先ほどもちょっと触れましたが、買い手のほうは全購連のような相当大手もございますし、したがって、その売り手と買い手との問の力のバランスというものもある程度考えられる。特に過去において肥料二法というものがございまして、一応最高価格とは言いながら、それが実際上は一本価格として取引された。それをやめた場合に、すぐ普通の自由競争場裏に離すのは、一体どんなふうな姿になるか考えられない、いろいろ危険もあろうというので、
農産物の場合において、確かに、たとえば生糸のようなものについての団体交渉というのは、これは現在法律に一応載っております。それで、乳価の問題などにつきましてそういう話がまだ出ておりませんが、将来どうあるべきかという問題、いまのところ、私はそういった方向にものを考えていく必要はないのじゃないかと思っております。その場合におきましては、先ほど申しましたように、きわめて特殊な事例として、一つの過渡的なものとして考えていいんじゃないかという意味において、われわれは賛成しておるわけであります。
きわめて典型的な例として考えられますのは、一応生産者のほうは相当の幾つかの会社があって、それが全購連のような、かなりまとまった肥料を取り扱うものと一応話し合いをしよう、こういったような場合を頭に置いているものと私は解釈しております。したがいまして、たとえば非鉄金属の場合でございますと、あれは一種の不況的な特殊な状態を前提にした団体交渉の規定が一つあります。その場合は、生産者のほうも利用者のほうも、その双方ともそれぞれ一つの団体をつくりまして話し合おうというのです。したがいまして、こういう団体交渉は、その双方がそれぞれ共同してというのが普通の姿でございますが、しかし、おそらく肥料の場合におきましては、そういう場合もありますが、相手は全
ここでもって「双方」と書いてあります意味は、私はこう解釈しております。双方がそれぞれ共同する場合に、これが一つ考えられます。それから片方が共同し、片方は一方だけである、共同してなくて一人だけである、こういう場合が考えられます。通常こういう団体交渉の場合でありますと、それぞれ共同してという姿が普通なのでございますが、肥料の場合におきましては、一応全購連のようなものが頭にあるものですから、したがって、片方の交渉相手が全購連だけになるということも想定されて、双方または一方、こういう書き方になっておると思います。
双方が共同する場合も、一応考え方としては考え得る場合もあろうと思いますが、何か具体的に一応想定されるものは、相手が全購連といったものを考えている場合もあるのですから、双方が共同してというだけでは済まないので、双方または一方、こういう書き方をしている、こういうふうに考えております。
その点はお話のとおりでございます。ただ要するに、全購連なら全購連という団体と、交渉の相手方になる生産者のほうが一社であれば、もう別に独禁法の適用除外とかなんとかという問題は全然ございません。ただ、全購連はここにいう販売業者です。生産業者のほうは数社あるいは数十社一緒になりまして、しかもお互いの意思の疎通をはかりながら、全購連なら全購連を相手にするとすれば、全購連のほうは別に問題はありませんが、生産業者のほうでもってそういう話し合いをし、そこで協定を結ぶということ自体が、独禁法の問題が出てくるわけですから、したがいまして、法の第二条の適用除外があるわけで、全購連の場合だけだったら、別に双方が共同するわけがないので、相手方である生産業者
双方が共同してやる場合もあり得るということを一応想定されているものと思っております。大体こういう売り手と買い手の団体交渉というものは、売り手のほうも結合し、買い手のほうも結合する、したがって、典型的な姿からいえば、その双方がそれぞれ共同してという場合に書くのが、これが普通だと思います。別に全購連だけを引き合いに出すつもりはありませんが、ただ肥料の場合においては、売り手のほうは共同して、買い手のほうは一人だけという場合も考え得るということを想定しておるがゆえに、双方がそれぞれ共同してか、または一方が共同して、こういう二つの場合をここでもって二重に認めておるだけだと思います。相手方が一人でありましても、今度は売り手のほうが数人である場合
結局ここで考えられておりますのは、売り手なら売り手が一応共同行為をする、あるいは買い手が共同行為をする、あるいは売り手と買い手とが両方とも共同行為をする、それによって相当の——しかもそれはただ共同行為というものであって、たとえば価格協定をやるということだけじゃなくて、その価格についてのお互いの話し合いをしよう、それを認めていく、こういう考え方だと思います。
私は、協同組合がやる交渉というのは、団体交渉というふうには考えておりません。協同組合は、たとえば全購連なら全購連は一つの人格なんですから、したがって、それは内容的に見れば、多数農民の集まりであり、その利益を代表しての団体でありますが、法人としては一つの人格なんですから、したがって、農協か全購連でもって生産会社の住友肥料なら住友肥料と話し合うというだけなら、これは別に団体交渉とかなんとかという問題とは全然考えておりません。ただ、要するに住友だけでなくて、ほかの肥料会社等が一緒になって、それと全購連と話し合うという場合には、その肥料会社のほうの集団のほうが共同行為である。こう解釈しております。
団体交渉というのは、その場合においては、ただ便宜使っただけでして、こまかく法律的に詰めてまいりますれば、この第二条にきめてあるのは、双方が共同して、したがって、たとえば全購連のほかに商社も入って買い手が一団となり、それから生産者団体の一団と交渉をする、そういう場合もあります。それから片方が全購連だけであって、生産会社の数社あるいは数十社と一緒になって話し合うという場合もあります。したがって、全購連が片方で一人だけである場合は、団体交渉という名前はそのままでは当てはまらぬという場合もあり得ると思います。
相手が全購連一つに限定されれば、お話しのような理屈は当然出てくると思います。ただ、その場合におきまして、私のほうで伺っているところでは、全購連が対象になることが考えられるけれども、それ以外の商社と全購連が一緒になって団体交渉することも考えられる。したがって、その両方がいき得るように一応法文を整備したいのだ、こういう話でしたから、こういうあらわし方になったことをわれわれは一応了承したわけです。したがって、相手は全購連一本に限るのだというふうに、それがはっきり表へ出ていれば、適用除外の対象になるものは製造業者だけに限る、全購連のほうは問題ないですから、その点を法文にはっきりさせるということ、これは考えられますが、一応想定される場合は、大
結局お話のような問題もあろうと思います。ただ、過去において最高価格をきめていた。それがいわばその価格を基準にして、そして取引がなされていたというふうなことから、一応ああいったものを全部やめにしまして、そして普通の取引に戻す。それはなるほど全購連とかなんとかいう大きな組織がありますから、むしろそのほうがいいじゃないかということも考えられますが、逆にそれによって、また需給関係とかいろいろな点で不安もないじゃない。そこで一応その中間的な、過渡的なものとして、そうした簡単なことばで団体交渉と言いますが、団体交渉という場をつくったらどうだろうか、こういうのが政府といいますか、農林、通産の考え方でありまして、そういったような場合におきましては、
ちょっと意味がよくわからなかったのですが、要するに、全購連だけが片方の相手方で、それでメーカー側だけが共同するというのであれば、まあ事実問題として少なくとも法文の書き方は変わってくるわけです。私のほうで、一応全購連だけを相手にして、メーカー側が共同してこういう、平俗なことばでいえば、団体交渉をするのはやむを得ないであろうと考えましたゆえんのものは、現在肥料二法で、かなり生産の問題にしても、輸出の問題にしても、相当やかましい規制があって、そうして少なくとも国内肥料というものについて相当供給を確保しようということもやられておる。値段についても、一応最高価格がきめられておる。そういう姿から一ぺんに全部そうした統制のワクを抜かしてしまってや
単に価格という問題だけでありませんで、いろいろな各方面の例もありますし、全購連そのものも相当大きな組織体でありますししますから、一応従来の非常にやかましい統制の過程から一つの自由な姿に移っていく過程においては、やはりこういう過程があってもやむを得ないのじゃないか、かように思っております。
私が最初に申しましたのは、全購連と消費者が買い手側として共同する場合もあれば、全購連一本の場合もあり得る。そういう両方が可能であるような法文の構成になっております。これが一つの話です。それで、あなたがお話を詰めてきて、そして全購連一本の場合なら、全購連に関する限りにおいては何も適用除外の問題は要らぬじゃないか、これは私もおっしゃるとおりだと思います。ただ、そうなれば、その場合において、それじゃ全購連のほうは一本の体系になっておる。これは法律上当然許されておる。別に特別法の問題とは関係ない。生産業者だけについて共同行為を認める、そういう片方だけについて独禁法除外の問題になってくるのじゃないか。これは要するに生産業者のほうにだけフェーバ
販売業者ということばが適当であるかどうか、これは法制局長官にでも御質問願いたいと思いますが、独禁法でいいますと、事業者ということばがありまして、そして事業者の中には協同組合は一応入る。入ればこそ、また別に協同組合の適用除外の規定もある、こういうふうに現在の法制は解釈しております。