その通りでございます。
その通りでございます。
これは地点を具体的にどこにきめるかをフランスと日本との間の合意できめるという意味でございます。
その通りでございます。
私、運輸省航空局国際課長でございます。ただいまの御質問の昭和三十一年度の拡充計画といたしましては、現在太平洋に三便やっておりますのを、四月一日から週四便にふやす計画であります。それから五月からは、現在東京から香港まで行っております線をバンコックまで延ばします。これは週二便延ばす予定で、ございます。それから沖縄には今東京から直接沖縄に飛んでおりますのを、福岡の板付空港から週二便、板付・沖縄線をやる予定で、ございます。昭和三十一年度の拡充計画は以上でございます。
民間飛行場の拡充計画につきましては、東京の羽田空港でございますが、これは現在のラン・ウェイが非常に痛んでおりますので、これの修理をやりますほか、飛行機をパークする場所が六つしかございませんのを、あと三つ増加いたします。国際飛行場といたしましては以上でございますが、国内線のドメスチック・ラインの拡充のために稚内、高松、熊本、鹿児島、大村の五つの飛行場を公共事業費で整備いたします。これは国内線のためでございます。 それから仙台の矢ノ目、大分の飛行場を整備する計画になっておりまして、予算も国会に提出して御審議を仰いでおります。
板付基地は行政協定に基く提供財産でございますが、福岡の近くにある唯一の大型機のとまれる飛行場でございますので、米軍と従来折衝いたしまして、事実上日本の国内線はこの板付の基地を主面的に使用を許可されております。先ほど御説明申し上げましたように、この板付から沖縄線を近く開始いたしますので、ターミナル・ビルディングも作らなくてはなりませんし、税関、検疫等の施設も必要でございますので、極東空軍の方と折衝いたしまして、この民間用の飛行機がパークする場所、そのターミナル、それから税関施設を作る場所の返還について大体打ち合せが終りまして、目下手続か進捗中でございます。期日は申し上げられませんが、大体五月の日航が福岡−沖縄線を始めます前には、ごく一
将来の計画でございますが、これは航空当局といたしましてはいろいろ計画をいたしまして、まずロンドンまで延び、その次南米に延びるという計画は大体立てておるのでございますが、何分機材及び資金と関係がございますので、関係官庁と協議をいたさなくてはなりませんので、確定した政府としての計画は残念ながらまだございません。ただ大体財務当局と話がついております線といたしましては、来年度、昭和三十二年度にはインドまで線を延ばしていく。それから……。
デリーまたはカルカッタまででございます。 太平洋線を来年度は週五回にいたしたいと思っております。それからこれはだいぶ先の計画になりますが、昭和三十四年には中間機を——中間機と申しますと現在はDC6Bを五機使っておりますが、新たにDC7Cを四機、昭和三十六年にはDC8——ジェットでございますが、これを四機入手できる予定になっております。
御質問のように、現在DC6Bが五機しかございませんので、機材がとうていそこまで延ばす余裕がございません。財政上の理由で、ただいまのところ急に機材をふやすことは不可能でございます。
本日御審議を願いましたインド、豪州、フランスのうち、インドとフランスにつきましては、もし十分の資金と機材がございまして営業を始めれば、採算が立つと計画いたしております。ただし豪州に対しましては、十分の採算がとれないと思っております。これは豪州との間は交通が非常に少いからであります。
これは航空当局に対する御激励の御質問だと思いますが、私たちも一日も早くロンドンまで飛行機を飛ばしたいと熱望いたしておりますが、日本航空が始めましたときに太平洋線で非常な赤字を出しました。いろいろ問題がございましたのですが、まず太平洋線を確実に基礎を固めて、それから一歩々々バンコック、インド、ヨーロッパというふうに延ばしていくべきであるという、これは航空当局だけでございません、関係当局の話の結果そういうふうになりまして、航空当局としては一日も早くロンドンにまで行きたいのでございますが、予算折衝その他の関係から、このようにステップ・バイ・ステップで計画を延ばしていくというのが現状でございます。
航空当局といたしましては、先ほど御説明いたしましたように、一日も早くロンドンに飛行機を飛ばし、また南米に定期を持ちたい、このように考えておりますが、残念ながら政府としては、まだその計画がいつ実現するかということを御回答申し上げることはできません。 それで、それならばなぜこういう協定を結んだかという関係につきましては、外務省の方からお答え申し上げます。
積極的にやるように努力いたします。
デリーかまたはカルカッタのいずれかに着陸権がございますが、ただいまのところは、デリーに入る予定にしております。これは実際に就航いたします前に、日本航空の者が現地でいろいろ市場調査をやりまして、どっちが有利か、それを検討しましてから決定いたします。
前回、同様の御質問が先生からあったと思いますが、あのとき国内線が大体二年かかるという御回答を申し上げたかと思います。その後馬力をかけて国内線は全部日本人に切りかえられました。それから国際線は、まだ三十人の外国人が乗っております。これは機長——DC6Bの機長でございますが、これは現在のところ、二年以内に全部日本人にかえる予定にいたしております。
日本人は、DC6Bの機長資格を持っている者が、まだごくわずかであります。一応の訓練の段階といたしまして、DC4の機長をやりまして、それからDC6Bの副操縦士をやりまして、それからDC6Bの機長にいたしております。これはなぜこういう段階をとっているかというと、DC6Bの機長になるのには、ちょっと忘れましたがそれぞれ一定の飛行時間を要求いたしております。つまり定期の操縦士に対しては、国家規定で非、常に厳格な飛行時間を要求いたしております。これは旅客の安全のためでございます。それでDC6Bの機長は残念ながらあと二年間は——二年たちましたら全部かえますが、二年のうちに順々にかえていくわけでございまして、早急に、四月一日から全部かえろというこ
二年間を短縮するように、大いに努力いたします。
ちょっと聞き漏らしましたが……。
現在使っておりますのは、先ほども御説明いたしましたが、国内線用にダクラス4、これが七機、それから国際線用といたしましてダクラス6B、これが五機でございます。全部米国のタグラス製でございます。
日本におきましては、御承知のように戦前から、旅客機についてはタグラス一本やりで来ております。戦前及び戦時中DC3、これはダグラス4の前でございますが、それ以後ダグラスの飛行機の操縦に非常になれてきております。それからDC6Bはいろいろ技術的に検討の結果、旅客機として一番いい飛行機であるという結論で、これを購入したわけであります。御承知のように、一時コメット3を注文いたしましたが、そのコメットはあのような事故で、この契約はキャンセルいたしました。