そこで端末機は国内で現在百八十八台ですが、昭和六十一年度にはこれを一挙に一千台に増配備をするということであります。増配備計画の見通しを含め、具体的に内容はどういうような形に千台になればなるんですか。
そこで端末機は国内で現在百八十八台ですが、昭和六十一年度にはこれを一挙に一千台に増配備をするということであります。増配備計画の見通しを含め、具体的に内容はどういうような形に千台になればなるんですか。
そうすると、端末機の増加によって送達速度がかなり改善されると聞いておるんですが、現在の送達速度と改善の見通しされる速度はどのくらいの変わりがあるんですか。
電子郵便の特色とされております手書き文書の送達について利用目的はどのようになって、どういうような方法で使われておりますか。
慶弔が大体九割だということで聞きましたが、NTT、KDDにおける電報の利用目的とほとんど変わらないということになります。電気通信事業法において電報はNTT及びKDDの独占事業とされておりますが、郵政省は電報と電子郵便の関係をどのようにお考えですか。
電報と電子郵便の定義をここで細かく聞いておると意見が対立します。私は本来電報屋でございまして、あなたより詳しいんでございまして、勝手に猫ばばされた仕事については相当意見があるんですが、余り郵政省振るっておりませんから、ちょっとでも仕事があればやりたいというのにするなと言うわけにいかぬから黙っておるけれども、電電は仕事が多過ぎて、電報が困っておるんですから、困っておるのを拾ってくれるんだからありがたいという人もおるかもわからぬと、こう思います。 そこで、電報は法による独占事業であっても、利用者には配達を伴う電気通信サービスとして電報も電子郵便も同じであると思っておると思います。したがって、事業内容もほとんど同じであるということにな
電気通信局長何かありませんか。
電報の従業員を含めて、NTTの幹部ですが、千百億円程度の赤字というものについてはなくしていきたい、そのためには機械の導入でテキサスというものを入れまして、集中的な電報の処理、人手を少なくする、また配達についても多額の経費の要る方法じゃなくて、意見がいろいろありますけれども、請負制度などをとるなどして電話料金で赤字を負担させることがないようにという努力をし、人も、新聞紙上によると、今の半分の六千名ぐらい減らすというような話も聞いていますが、減らすというのは首を切るという意味じゃなくて仕事をつくって移転させるといっていますが、そういうことをしますと、電子郵便も、もうかるかもうからぬかわからぬけれども、仕事がふえたらいいということでは、郵
例え話というのはまた考え方によればどないにでも答えられるのでわかりませんが、ただいま実験中ということだと理解をしておきます。本実施ということであればいつからどのような手続でそうなっておるんですかと聞きたかったんですが、本実施ではないと、簡単に的確に答えてください。
そこで、電子郵便は既に全国の規模で百八十八カ所やられて、六十一年で千局になるということでありますから、今回の郵便法改正などの際に本実施をするならば電子郵便サービスとして明文化されるべきだと思っていましたが、これは正式にされるときには郵便法の中に入れられるようにされますか。
情報化社会における電子郵便が役割を十分果たすまでに至っていないし、そういう希望も持っていない、ただ実験しておるということであればそれでよろしいが、もし本気でやるならば郵便法に明記をするような位置づけがされるべきです。量でなく質の問題です。郵便局でこういうことをやっておるのは一つだけしかないんですから、ほかのことは手作業ですが、電子郵便は電気通信を使ってすべてやる、郵便貯金、保険も回線使ってオンラインでやっておるということがありますが、他人の通信をやるのにはやはり郵便法の中でも特異な状態ですから、意見を述べておきます。返答要りません。 郵政省が昨年十一月全国の郵便モニター四千名を対象に調査した結果によると電子郵便を知らないという答
電報も電子郵便もと言われるのですが、電報は附則でありますが、ちゃんと明文があるわけです。電子郵便は形がないんですが、監督官庁だから書かなくても何でもやれる、五十七条でやれるというような考えじゃなくて、きちんと法律的な位置づけをしてもらいたい。それはどうですか。
電子郵使いじめじゃありませんが、これ以上追及しませんが、もう少し晴れやかに出発さしてください。どっかのめかけの子供みたいに隠し子でやるようなことじゃなくて、堂々とこういうサービスするんだと私は国会の中でも明確にしてもらいたいと思うんです。これ以上問いませんから、ごちゃごちゃごちゃごちゃ言いよるけれども本気でない、大臣ですらそうおっしゃるんだから。もう少し郵政全体で盛り上げていくんならわかる。私は電報やったからこんなの反対なんですよ。こんなちゃちなことするなと。本家がおる。機械をずっと扱うのこっちは本家じゃないですか。こう思っていますが、郵便配達という非常にいい制度がありますから、郵便局として当然こういうことをやられることについてもわ
郵政省が電気通信についての政策を確立するためにせっかく勉強していることはわかるんですが、この中でもはがき、郵便貯金、簡易保険を除くと全部といっていいほど電気通信の将来ビジョン関係です。 そこで、資料によりますと、郵政大臣の私的懇談会は六、局長クラスは三十近くあるということですが、現在段階で今申された以外にありませんか。
これだけ多くの私的懇談会を設置する積極的な理由について御説明を賜りたいと思います。
結局、勉強のために必要だということでありますからそれはそれまででありますが、問題は研究結果の扱いであります。省内に囲い込む私的懇談会設置で情報、研究結果を国民から隔離するという、いわばよらしむべし知らしむべからずというような姿勢ではないか。やたらに私的懇談会など設置せず、必要があれば公的審議会とするなり、設置する必要があるものも研究内容は公開を原則とする運営によって国民に開かれた、すなわち国会審議の場に供せられるようなものにしてもらいたいと思うんですが、いかがでしょうか。
結局、中間報告あるいは結論としてされておると言うんですが、途中においてそういうことについての内容について説明ができませんか。
経験者、学者、識者というものが頼りであることはわかりました。国民が頼りでないから自分たちで頼る学者を呼んで理論づけをしたいということはわかりました。官僚独特のやり方ですからここで改めるわけにはいきませんでしょうが、内容的には公開することを原則にした方が何をやっても賛成が得られる、いろいろ意見は出ますけれども受け取り方としては妥当なものになろうと。参加する学者が自分の意見がばれたら大変だと思って言わないことはわかりますが、時代が変わったら、きのうまで白と言っていたのを黒と言う学者がたくさんおるし、電電法案の問題をとってみても、電電の民営化に反対しておった人が最終的には賛成になって澄まして演説をする、知らぬ顔の半兵衛を決め込んでおる人が
そこで、二月二十七日の電経新聞によりますと、学習院大学の南部鶴彦氏がこの答申に対して、経済学で言う競争が全く生かされていない。独占を前提としてつくった二年前、五十八年六月の郵政省の電気通信料金問題調査研究会の報告書をほとんどまねている。適正報酬の部分などは全く丸写しだと批判をしておりますが、郵政省はどう思いますか。この人の考え方は、公共性よりはコスト主義ということであります。南部鶴彦さんの意見というのは、田舎は高くてもいいじゃないか、都会が安いのは当然じゃないかという意見ですが、それについてはどうですか。
これから論議をする問題でありますからここで結論を得ようとしませんけれども、やはり料金について公共的な性格をどのように持たせるのかということ、報酬関係の利用報酬の問題について、報酬率をどれだけとるのかということについては大変困難であります。 大臣、特別納付金ということで、中曽根内閣を含めて、国民からふんだくりました。その金をどう出すのかということでいろいろ議論をした中で、今の料金が正しいのか正しくないのか、この中に利潤が入るのか入らないのか、革命的なことでありますから、適正報酬というようなことを言うのは、利潤が幾ら入るべきか、特別納付金のような税金を取るんなら、ちゃんとそうすべきじゃないかということで議論があったことは思い出しても
私の質問に答えないのは、こういう言い方はかないませんね。 法律学者を使って経済学者を使わないじゃないかと言っているんで、経営者の中に経済もわかっておるんだからいいじゃないかと。学者の話です。だから、もう答弁を求めませんが、できるだけすれ違いのないように、法律学者を使って経済学者使ってないじゃないかという批判について、どうですかと。使ってないんですから使ってないと言ったらいいんで、何が悪いかと。私の方は使ってほしいと今は言ってないですよ、料金問題はこれから論議するんですから。きょう決めるんだったら、私澤田局長と丁々発止議論をしたいんですが、私が冒頭に言ったように、今の料金については遠近格差が問題で、財界の方々がそう言いますね。地域