いや、それは現実の問題としてありますよ、それはやっぱり。
いや、それは現実の問題としてありますよ、それはやっぱり。
大臣、私はこの前の総括でもやりましたが、国民は迷うのですよ。これは清朝の末期の柱石といわれた曽国藩の著書の中にあるのですが、黒白弁じがたきときは亡国の兆であると、こう書いてあるんです。ものの白黒がわからぬとき、これは一つの国が滅びていく徴候である、こう書いているんですね。いま日本国民は、この問題について、さだかな自分たちの認識というもの、これはなかなか確立はできない。というのは、自由民主主義を標榜するところの政府自民党の首脳、こういうものがどうもやっぱりはっきりしない。どうも白か黒かわからぬじゃないかというふうなところ、これは私は非常に重大な問題だと思うんです。そこで、私は、外交においてもみんなと仲よくする、みんなと平和関係を結ぶと
そこで、大臣、最近リチャードソン国防長官が国防白書を発表しましたね。あれは、私は昨年のニクソンの平和戦略、それとほとんど変わらないものだと思うんです。これについての認識はどういうふうにされておりますか。
大臣ね、そんなことを、失礼ですが、聞くかといいますと、外交というものはやっぱり私は安全保障戦略、この上に立って考えていかにゃならぬと思うのです。それがやっぱり日本の外交は、どちらかというと、はなはだ失礼なことですが、ムード的な、雰囲気的な、こういうふうな傾向がありはしないかと心配するから言うのです。このリチャードソンの国防白書を見ますと、ニクソンの平和戦略というものは非常にきびしい現実の上に立っておる。三つからなっております。力、協調、交渉、この三つからなっています。そして、交渉というものはあくまでもやっぱり力と協調。力というのは一体何かと言ったら、やはり核、それから現実的な抑止戦略、そういうものを含めた力、そういうものを力に、背景
私は、まず第一に国際信義というもの、これは一体大臣はどう考えますか。
大事だと思うでしょう。そうしたら中華民国というものに対してあなたがとった措置、これは正しいと思いますか。
大臣にお聞きしますがね。そうしたら、いまこの台湾の一千五百万の島民の中で、国民の中で、こういう議論があるのですよ。この前大臣にちょっと私、お話ししましたが、日本が戦いに敗れたときに、なぜ大陸におった二百万の日本軍、また数十万の在留邦人を帰したんだ、あれ、帰さなかったらいいじゃないか、帰さなくて、あの武力をもって八路軍と戦わしたら、現在の中華人民共和国なんてなかったじゃないか、ことに、あの軍隊の中に田中総理が、あのとき何か上等兵だったそうだか知りませんが、私ははっきりしません、さだかじゃありませんが、おったじゃないか、あれ、帰さなかったら田中内閣はなかった、大平外務大臣はなかったじゃないか——そのかわり、また、大平外務大臣が総理になっ
いま大臣、私の聞きたいところの答弁ははぐらかされたと思うんです。これはいいです。これはもう、言っておって、それは大臣もやっぱり良心の苛責というものは私はあると思うんです、日本人なら。やっぱりそれは、そこを苦しみながらやってこられたと思うんです。私はようわかります。ようわかりますから、これ以上それはもう聞かない。聞かないが、やっぱり大臣、どこかで、自分の気持ちのどこかで、うずくもの、これを出してもらいたい。そのために私はあえてこういう失礼なことを聞いたんです。 もう一つお聞きします。
そこで、方向を変えて聞きますが、近い将来、日中間で友好条約が結ばれると聞いておりますが、これはどういうことなんですか。
ソ連との間の平和条約はやっぱり結ぶという方向で努力されておるんですね。そういうふうに理解していいですね。
そこで、私は、いまここに外務省、あなたのほうのところからも資料をもらったんですが、私も国会図書館で調べてみたら、大体この資料と同じことなんですが、共産主義体制を目ざす社会主義国家、現在世界各国ありますね、との友好条約というものには、平和条約というふうな、こういうものはほとんどと言ってよいぐらい攻守同盟的な性格を持っておりますね。これはもう、ここにもちゃんと書いてあります。あなたの資料にもちゃんと書いてある。平和の脅威が発生した場合には双方の立場を調整するため接触する、これは書いてあります。現実にまた軍事同盟的な性格のものをはっきりうたい上げてもあります。 そこで、私は、これは非常に大事なことなんですが、日米の関係を基軸にしていく
いや、大臣、それを答えなかったら私はこんなこと言わぬのですけれども、あなたの答弁ではっきりしてきたんですよ、これは。日米の間は安保条約ですよ、これは。これは攻守同盟です、これは言うなら。
どうして……。それは野党にひとつ——これはこれ以上聞きません。これは、これ以上聞いたらおかしいことになる。これ、簡単に言うと、日本が外敵の侵害を受けた場合には、そうでしょう、アメリカは日本を防衛をするために力をかそうというんでしょう、これは。
その辺は私は訂正しますよ。訂正しますけれども、しかし、日本の立場から見ると、これは、日本が攻められた場合にはアメリカはやってきてくれるというんでしょう。
それで、はっきりしたんですよ。だから、それが第一で、そういうことになりますわな。あとは憲法の条項に従ってそういうことはできないということですから、これでいいんです。それで、もうはっきりしたから、それは私はいいんです。 そこで、次にお伺いしますが、私は、最近、外交論議を国会の中で聞いていまして、安全保障戦略と外交戦略というか、こういう問題がどうもやっぱり一線に並べてというか、同じ次元で論議をしておる傾向が非常に強い。大臣とも見解をまた異にするかもわかりませんが、そういうことからすると、台湾というふうな問題はそうたいして問題にならないんです。しかし、私たちは、これは大臣と見解を異にするかもわかりませんが、少なくとも、われわれの同志の
大臣のいま言われましたこの台湾周辺というものは、日米共同の防衛的拠点であると、こう判断をしているというふうに理解していいわけですね。 それと、次に、最近アメリカと中華人民共和国との間で、相互に連絡事務所が設置されて、正常化へ踏み出した模様でありますが、これは高度でしかも巧みな外交の展開と見るべきであって、アメリカはこの正常化にあたって、中華民国を切り捨てることなく、中華人民共和国との交渉のとびらを開いているんです。これはもう、まただいぶ前の話になってきますが、私たちは大臣に、なぜ台湾を切り捨てるのかと、切り捨てないでやれるじゃないかと、こういうことを迫りました。そうしたら、小坂さんのほうも、また大臣のほうも、それは一つの中国なん
まあ大臣、これは党内でずいぶん長いことやりました。しかし、ここで、一番最初申し上げましたように、記録にとどめておくということなんで、こういう意味もありますんで、私はいまずっと、自分の考えておることを速記してもらいます。 ただいまの大臣の御答弁にありました、中国は一つということばであります。戦後の歴史を振り返ってみるまでもなく、国府は常に一つの自由中国を主張し、北京は一つの共産中国を主張してまいりましたが、現実の問題として、ここ二十数年間、それぞれ異なる土地と国民を支配する二つの政府が存在してきておるのであります。したがって、中国とは単なる地名であります。これは去年、私は予算委員会の総括でも言ったんです。私、北京の学校に入学するた
そうしたら、もう一つお聞きしますが、中華民国、ないしは国府という略称は国際的に通用する固有名詞ですか、これは。私はそう考えています。これを別のことばにかってに置きかえることは全く不可解なことであるにかかわらず、いま日本では、すべて中華民国ないしは国府という正しい表現を使わずに、台湾、全部台湾で片づけておるわけですね。これは、外務大臣、はなはだ失礼ですけれども、端的にわかりやすいために失礼を許していただきたいと思いますが、ある日突然、大平さんというのを、ダイヘイさん、ダイヘイさんと言われたら、大臣、あまりいい気持ちしないでしょう。先祖代々から伝わってきて、そしてその血を受け継いで、りっぱに認められておる大平という名前が、ダイヘイさん、
だから、大臣ね、この辺からほんとのことを私は北京に言ってあげたらいいと思うんです。これは日本の国民の中で、なぜそうなったのかということについて疑問を持っておるのがたくさんおるんです。というのは、まだ中華人民共和国と国交を開かぬ前に、国会で中共ということばを使う人もあったが、大かたの方は中華人民共和国だとか北京政府だとか、ちゃんと私たち呼んでおったんですよ。それがいつの間にか、台湾の場合は、国府とも呼ばないで台湾と呼んでしまう。それだけに、国民の間では、力の強い北京にだけ気がねし過ぎるんじゃないか、こういう声がたくさん出てきておるのです。ことに、私ども非常に残念に思いますのは、私たちがつくっております日華関係議員懇談会、この日華関係議
次に、大臣、前にじかにお話ししたことがありますが、タイ国でのああした問題、バンコク中心で起こりましたですね。あれはどのように理解しておりますか。日本の品物を排斥するとか、学生が排日運動の火をつけたですね。