総理、それほど重大な人なんです。それほど重大な人。ここにちゃんとまたあるんですが、京都出身で、大正十四年に京大を卒業すると、大蔵省に入り理財局勤務となった。昭和九年仙台税務署長を最後に満州に渡り、財政部理事官、大連税関長を経て浜江省次長となって終戦を迎えた。ソ連軍の手に抑留されて云々と。で、タシケントでスパイの声明をするんです。そのとき一緒の部屋におった、これは言っておきますが、宏池会の事務局長をやった田村敏雄、私はむしろ先生と言いたい。あの人は非常にりっぱな人だった。私も三回ほど会っていますが、りっぱな人だった。しかし、そのりっぱな人物であったというこの一つの私の認識と、ラストボロフ事件の手先になって、そうしてソ連のスパイであった
