政府は、現行法の規定を守って行政を行なう以外にはないわけでございます。それ以上のものを求めるということは、国会に対して求めていただくということであって、これはもうそれ以外ありません。
政府は、現行法の規定を守って行政を行なう以外にはないわけでございます。それ以上のものを求めるということは、国会に対して求めていただくということであって、これはもうそれ以外ありません。
それはもう労働問題でございますから労働大臣が窓口でございますが、労働大臣ではやれない問題も掲げているわけです。制度上の問題公務員制度の問題でありますから、これは総務長官を窓口にいたしております。それで必要があれば官房長官も出席し、また私が会ってもいい、こう言っているわけですから、政府全体が窓口である、こう考えております。
けっこうです。
それはもう当然のことでございます。
申すまでもないことであります。
いや、先ほども述べましたとおり、総合交通体系をどうしてもやらなけりゃいかぬ、それで鉄道の増強は急を要すると。ただ、道路も十九兆五千億を五カ年でやっていますが、これで足れりとしているのじゃありませんと、こういうことを申し述べておるわけでして、これはちょうど二十年前、議員立法でもって道路整備の財源等に関する法律、有料道路制度、現行道路法、これは道路三法というのは議員立法でやったわけでありますが、有料道路法だけ閣法という名前にしましたが、これは実際は三法とも議員立法です。そういうことでガソリン税を目的税にしたわけでございます。ですから、道路の整備はまだまだこれから何十万キロの分、やらなきゃならぬわけでありますから、ガソリン税は道路の財源に
地価問題というのは、 一つには異常な状態は終息をするようにいまやっておりますから、これは金融の引き締めということで仮需要の抑制ということをやっておりますので、これは漸次正常な状態に復する、こういう見通しでございます。しかし、何ぶんにも地価というのは、これは需要と供給の上に地価がきまるものですから、人間はふえていく、土地はふえないというんですから、これは土地というものの全国的な視野に立つ利用計画ということを定める必要がある、これはもう当然であります。無制限に限られたところに人が寄ってくれば地価は上がるにきまっておると、これは算術以前の問題でございます。ですから、日本全国土を総合的に長期的展望に立って利用計画を行なうということが一つ
それはもう規制なくしては利用はないですから、規制してけっこうです。ただ、憲法上の問題があって、鹿を追う者山を見ずということじゃだめなんです。これはやっぱり憲法二十九条の、私有権を侵さないでそれで社会、公共の用に供されなけりゃならない。これ、そうじゃないと一これはまあ加瀬さんに申し上げるのよくないですけれど、こういうことはやっぱり言っていけば一番わかりますからね。これは私有権ということに関しては、新東京国際空港では一坪地主ができているわけですから、あれは何もじゃましているわけじゃないんです。憲法二十九条を明らかにしなきゃいかぬと。これがなくちゃこれは問題にならない。ですから、目的のためには手段を選ばぬ、これはだめです。これは国民の理解
これは部分的にはございます。部分的には、今度の都市再開発法に、農地法といえども市街化区域内においては効力を停止しておりますし、今度の大規模な都市再開発を行なったり、それから交換分合を行なう場合、いろんな法制上のものが出ておりますし、それから現在でも、土地収用の規定とかいろんなものが法制化されておりますので、必要なものはそのつど国会の審議をわずらわしておるわけですが、土地問題がこんな大きくなっているときでございますし、やっぱりまあ名前やメンツに私はとらわれておりません。提出者である内閣も、国民の利益のためにはと言っておるんですから、やっぱり野党の皆さんも、メンツだとか、そんなこと考えられているわけじゃないでしょうが、やっぱりこれは効果
そこらは土地問題の中の専門的分野に属する問題でして、非常に重要な問題なんです。感情論的にはすぐそういうことになるんですが……。
いや、いや、感情論的になるんです。ところが、実質的にそれは逆な議論なんです。都市は過密であって、都市機能をほんとうに都市の公害とか、それから災害時における避難場所とか、緑地とかということを考えますと、スプロール化することは絶対いかぬのです。だから、都市ほど細分化しちゃいかぬのです、本当からいいますと、非常に国民的な輿望をになっておるようですが、五十坪以内は免税にするとか三十坪以内というのは、それはもうスプロール化の促進でありまして、あとからどうにもならなくなるんです。これは全世界の都市がそれでもって、再開発、再開発、再開発といって、これは古家の修繕といってもつくるよりもかかるんです。いながらにして——どこかへ行けるわけなんですから、
いや、そうなんです。そうじゃないと、いま古い時代から親子何代かにわたって相続税を納めながら、安い値段でもって貸している借地権というものと真正面からぶつかるんです、これはもう。ですから、そういう狭義な土地政策というものはなかなか成功しないし、だから大きなものから取りなさいということなら、それは相続税率上げたほうがいいんです。相続税率上げまして、君が死んだらこれは国有にするよということになれば一番いいんです。そこらが、国有にはしたくない、国有にはしたくないし、自分も、とにかくなるべく税の恩恵から離れたい。しかし、何とか土地をいま要求している人の期待にこたえたいというような妥協案でいろんな案が出るのですが、それは都市機能というような面から
非常にいいところまで入ってきましたから、私はこの際申し上げたい。それだから計画が必要なんです。それは現在の所有主に対して憎たらしいとか、たくさん持っている者はたくさんやれというような考えで言うと、それは社会主義か自由主義経済かの根本にいくわけです。なぜかといいますと、土地というのはほんとうからいうと合わないのです。社会主義経済は利用の面からいって国有にしたほうがいいというのですが、私たちは土地は国有、公有にしちゃ合わぬという考えなんです。なぜかといいますと、ここで一つの例を言いますと、二十歳で大学を出て坪五万円の土地を買って六十年たつと八十歳になります。そうすると年率一〇%で複利計算していくと幾らになるかというと、坪五万円の土地は千
これはもう全くそのとおりであります。政党に所属しておっても、あす政党から離脱することはありますが、日本人から離脱することはできないお互いであることを考えれば、申すまでもないことであります。
それはもう国民的合意によって進められるべきものであります。
非常に重要な問題でございます。ですから長い時間かかって人材確保の法律案を成立さしていただいたわけであります。
これは非常に重要な問題でございますし、これからも起こる問題でありますから、ひとつこの際明らかにしておきたいと、こう思います。 政府は管理体制だけを強化しようと思っているんじゃありません。これは校長とか教頭とかいう人は教育者であって、教育の実情をよく知っておって、場合によれば学級を持つ担任の教師が外国に行ったときには、私たちが小学校時代や中学校時代に教わったように、校長が担任を持ってやってもらう。われわれ校長に教わったよということは一生忘れないわけです。 そういう意味で、全くしろうとが管理者になっても、これは学校というものに理解が示せないということはわかります。わかりますが、管理というものが必要なことも事実なんです。学園の自治
ここで一言、また補足するようでありますが、あなたも教育者でございますから、私はすなおに述べておきたいのですが、戦前の校長に確かに大校長はおりましたよ。それは教育者でもあるし、管理者の適格者でもあった。しかし、そのかわりに校長の職権というのは非常に強かったわけです。これは校長の意に沿わなければどこかへ飛ばされるといううわさもあったわけですから。しかし、その後は教育委員会という制度ができておりまして、当時よりも非常に第三者が人事やいろんなことをやれるようになっておるのでありますから、その意味で教育委員会がまだ不備であるならば、これを理想的に改正すればいいんですよね。それを、ただ教育者がすべて、教育をやらなけりゃいかぬのかということをぜん
いやいや、それは良心といっても、人間、気違いもありますよ。そんなことだめだ。それはやっぱり一つの国民的な合意によるワクは必要であるということは、それは当然のことですよ。国民自体が了解できないとしたら、それは教育者の専断ですよ。私はそんなことは認めません。そんなことであるはずがない。それは国民全体の大多数が容認する一つのワクと基準を守って、その中に濶達に教育を行なえるということでなくてどうしますか。私はそこらが、お互いに当然のこととして議論がかみ合うはずであります。これは国民的な立場でかみ合うはずであります。濶達ということと教育に情熱を持つということと、それから恣意によって何でもやれるという権能はおのずから別です。公の立場においてお互
この際明確に申し上げますが、ニクソンショックといわれた事態から約一年有半にわたる国内政策は、必ずしも私は適切であったとも考えておりません。そういう意味では反省をすべきところは反省をしております。 しかし、理由がなかったわけではありません。これは三〇%切り下げというような非常にショッキングな事態に対応して、日本の中小企業や日本の零細企業というものは一体耐え得るのかどうかという問題が一つございました。そういう問題であの当時、野党の皆さんもまた国民的な課題としても、とにかく中小企業、零細企業対策に対しては手厚いことをしなければならないと、それで政府が当時出した予算でも少ない、これをもって倒産が一体避けられるのかどうかという問題が指摘を