使うところがなかったんです。なかったのに貸したものですから、何かもうかるところということで、ボーリング場をつくったり、それはもう、四百ヵ所のゴルフ場が二年間に千五百ヵ所以上、二千ヵ所も計画されたということであります。これは、土地がもうかるというんじゃなく、ゴルフ人口がふえるということでもってやったんだと思います。それは列島改造論がバラ色の夢を与えたと——与えたのではないということは言いません。とにかく、なるほど考えてみれば、東京や大阪にだけ住めないなと、北海道の湿地もやがては緑濃きわが郷里になるんだという夢を持ったかもしれませんが、しかし、それがすべてのものを上げたと言われることはどうも首肯できない、こういうことですな。
