私は、まあ現在の父兄の立場から考えまして、特に大きな問題というのは、一つは受験地獄の問題だと思うんです。それから、もう一つは教育費の負担が非常に重くなっておる。したがって、この二つの点は早急に解決をしてもらいたい、このように考えるわけです。特に、まず最初に言いました受験地獄の改善について、大臣はどういう具体策を持っておられますか。
私は、まあ現在の父兄の立場から考えまして、特に大きな問題というのは、一つは受験地獄の問題だと思うんです。それから、もう一つは教育費の負担が非常に重くなっておる。したがって、この二つの点は早急に解決をしてもらいたい、このように考えるわけです。特に、まず最初に言いました受験地獄の改善について、大臣はどういう具体策を持っておられますか。
大学の共通一次テストの実施は、一つは難問、奇問からの解放、それから一期校、二期校の差別がなくなる、こういう面では前進だというふうに評価されております。ただ、先般新聞社でやったアンケートの調査を見ても、学生の側から見たら非常に不安があるし、かえって負担増になるのではないか、こういう意見も多いわけであります。有名な学校といいますか、いい学校に集中するという傾向は、これはなかなか解決はむずかしい問題だと思いますけれども、やはりまず受験する生徒の負担をできるだけ少なくする、負担を少なくした中で適正な選考が行われるような試験をする、これは非常に重要なことだと思うんです。そこで、この間のアンケートの結果を見てもいろいろの問題点が指摘されておりま
それから引き続いて、これは非常に基本的な問題ですけれども、その試験方法の改革と同時に、学制の改革といいますか、六・三・三制の持つ問題点というのがやはりあると思うんです。中学三年、高校三年と短く分けておるということは、この一番重要な精神的に不安定な時期において、二度の入試がここに集中しているわけですね。小学校から中学校までは義務制だから試験がない。それから中学校から高校に試験があって、高校から大学に試験がある。ちょうどこの一番青年前期の精神的に不安定な時期に、三年ごとにきわめて苛烈な試験にさらされる、これが非常に大きな問題点だと思うんです。したがって、現在の中学校の教育というものはまるで高校受験のための準備のようなことになる。また、高
四十六年の中教審の答申の中に「中等教育が中学校と高等学校とに分割されていることに伴う問題を解決するため、これらを一貫した学校として教育を行なう」、そのための「先導的な試行に着手する」というようなことがうたわれております。これは現在具体的にどのように進められているのか、お伺いをしたいと思いますが。
次に、教育費の負担の問題についてお伺いをしたいと思います。 特に、最近の父兄の大きな悩みは、教育費の負担が年々増大しつつあるということではないかと思います。特に国公立と私立の場合の格差が大きい。国公立の場合で試算をしてみますと、これは少し前の数字でありますけれども、幼稚園から高校卒まで、全部公立で行ったとしまして、授業料、入学金だけで八十三万円かかる。私立の場合はどうかといいますと、大体これの四倍ないし五倍はかかる。学校によって差がありますけれども、大体平均すれば四倍ないし五倍、つまり三百万円ないし四百万円というお金が要るわけであります。この教育費の負担の増大について、この解決策について大臣はどう考えておられますか。
昔と比べて私立に依存する度合いが非常に多くなっていると思うんです。特に幼稚園では現在七七%を私立に依存している、高校は三一%、短大は九九%、大学が七五%。これらの状況を見ますと、やはり教育の需要が非常にふえてきておる。特に、これは高度成長、あるいは国民所得水準の上昇、そういうことも関係していようかと思いますけれども、この教育の需要増に対して国公立の増設が行われなかった。これは私は政府として非常に大きな怠慢ではなかったかと思うのです。その結果が私立に依存度がふえてきておる。昔は特に高等教育については、国公立が大部分を占めておったわけでありますけれども、最近は私立が大部分を占めるようになっておる。したがって、いまさらすぐ国公立を建てろと
それからもう一つ、私は急速にふえた、この大学の中身の問題があると思うのです。前の文部大臣の海部さんが指定校制の是正について経済団体に要請を行われました。その後の経過というものはどうなっておりますか。
いわゆる学歴社会の是正というのは企業側の協力も必要であります。 それからもう一つは、やはり大学の側は、中身の問題について改革すべきではないか、というのは、大学ができた年次を調べてみますと、特に昭和三十七年から四十三年、この間に続々とできておるわけですね。ちょうど高度成長の一番華やかなりしときに、年間大体二けた台の大学が設置されておるわけです。ほとんど私立の大学であります。これはもちろん経済社会の要請ということもあるでしょうけれども、同時に、所得水準が上がって、高等教育が受けられるような環境になってきた。それから、学歴社会というものを身にしみて感じておる親心といいますか、とにかく大学を出させたいという、こういうものが背景となって、
余り時間がなくなりましたので、最後に主任手当の問題についてお伺いをしたいと思います。 主任手当制が実施されたわけでありますけれども、主任というのは管理職ではない、主任手当というのは、主任という職務に対する御苦労賃だと、こういうようなことが言われておるわけです。ところが、実際手当支給の対象となっておるのは非常に限定をされておりまして、教務主任か、学年主任とか、あるいは生徒指導主事とか、非常に限定をされております。同じ御苦労賃なら、少なくとも主任という名前で他の先生より余分の仕事をしておる人には全部出すべきではないか、これをわれわれが主張してきたわけであります。去年の十一月の十七日の衆議院の内閣委員会においてわが党の大内議員の質問に
その際、現在省令で定められている主任というのは限られておるわけでありまして、それ以外にもたくさんの主任がおるわけです。そういう主任をやはり一応できるだけこの省令で規定すべきではないか。つまり、省令化主任というものをもっとふやすべきではないか、このように思うわけですけれども、いかがですか。
主任手当の対象とする主任は、必ずしも省令で規定されてなくてもその対象とできるわけですか。
この主任手当の問題は、これまたいろいろ賛否両論があって、大分もめた問題でありますけれども、一応これが国会で決定をされた。それから東京の都議会においても決められたようでありますけれども、ことしの二月に、東京都下の公立小学校で教育を語る会という会合が行われまして、その案内状を教師が児童に持って帰らせました。そして集まった父兄に主任制度反対の署名を求めた。これは私はちょっと行き過ぎではないかと思うのです。一応国会並びに東京都議会で決めたことについて、意見はいろいろあろうと思うのですね。ただ、反対の署名運動をやるというのは、これは地方公務員法に違反しておると思うんですけれども、この点はいかがですか。
私は日本の教育の問題点の一つは、やっぱりこの政治的な鋭い対立が教育の現場に持ち込まれることだと思うんです。そしてそれに父兄とか児童が巻き込まれておる。この現状を改めなければ、長期的な安定した教育というのはできないと思うんですね。それについて民社党としては前々から一つは教育行政側の姿勢といいますか、あり方というものについて提案をしております。これは大臣がくるくる変わることも好ましくないと思うんですね。教育というものは大臣の所信表明にも書いてありますように、やはりきわめて基本的な、永遠に変わることのない国政の基本である。言うなら国家百年の計に基づいた教育が行われるべきである。したがって、そのときどきの政権——政権は変わることがあるわけで
終わります。
私は、まず現在の経済不況に対する福田総理の政治責任について質問をしたいと思います。 今回の五十三年度予算は、総額三十四兆二千九百五十億円、きわめて膨大な予算となりました。公共事業費は前年度比三四・五%増、しかも国債依存率は実質三七%、こういう予算でありますけれども、福田総理は、この予算をどのように評価されますか、まず質問をしたいと思います。
私は、現在の状態でこのような予算が必要である、これは認めます。まだ不十分なくらいであります。しかし、私がいまここで問題にしたいのは、昨年の秋の臨後国会におきまして、やはりこの参議院の予算委員会におきまして、わが党の栗林議員が質問をいたしました。国債依存率三〇%にこだわるのは間違いではないか、あの時期に栄養剤にたとえて、三十粒ではなくて三十二粒飲んだ方が効果があるならばそうすべきだと、こういう主張をしたのに対しまして、総理は、三十二粒も与えたら副作用が起こるかもわからぬ、このような答えをされたのであります。ところが、今回は三十二粒どころか実質的には三十七粒、副作用どころか、これは中毒します。こういう点から考えて、私は、福田総理から見れ
私は、本来の福田総理の持論から見れば、全く反した予算を五十三年度で組まざるを得なくなっておる、このこと自体は福田総理の政策の破綻を示すもの以外の何物でもない、このように考えるわけであります。 総理はよくこういうことを言われます。今回の予算は政策転換ではないんだと、臨時異例の措置をとったのだということを言われますけれども、この言い方は、円高というものが降ってわいたような予測しがたい事態である、それに対する緊急避難的な措置をとったのだ、このように聞こえるのでありますけれども、私は、現在のこの異常な円高の事態こそ福田内閣の政策がもたらした帰結ではなかろうか、このように考えるわけです。この点はいかがですか。
福田総理は、円高は全く予測できなかった、これは不明であったと、こういうふうに言われております。それならこの円高の原因は一体何か、どのようにお考えでありますか。
ドル安ということも事実であります。しかし、為替レートというものは相対的なものでありまして、ドル安の要素もありますけれども、円高になったわが国の要素というものもあるはずであります。それについてどうお考えになりますか。
総理は、故意にわが国の円高を招いた原因というものがあるにもかかわらず、避けておられるわけです。これはいまさら言うまでもありません、わが国の国際収支の黒字がどんどん大きくなっていくことが円高を招いておるわが国側の要素であります。 私は、それについて質問をしたいのでありますけれども、そういう背景というものを招いた原因というのはやはり福田内閣の政策の失敗にある。一つは短期的な要素で考えてみたいと思います。短期的な要素で見た場合には、福田総理は余りにも健全財政主義を固執された。だから昨年において景気対策というものがツーレート、ツーリトル、こういうことが言われておりますけれども、常にタイミングがおくれ、小出しに過ぎた。それがわが国の不況を