そこで、私がお尋ねしているもう一つの点は、前段のあなたの答えにある、結局この制度についていけなかった人と申しましょうか、あるいはまた加入しなかった人方、この人方が三百七十万、こういうことになりますが、一方においては十年年金の人方がことしから約十九万人が給付を受ける、年金を受ける、こういうことになってまいりますが、この前段の人方についてはもう何らの措置もやらぬ方針なのか、これについてはどういうことをお考えになっているのか、その点を私はお尋ねしているのです。
そこで、私がお尋ねしているもう一つの点は、前段のあなたの答えにある、結局この制度についていけなかった人と申しましょうか、あるいはまた加入しなかった人方、この人方が三百七十万、こういうことになりますが、一方においては十年年金の人方がことしから約十九万人が給付を受ける、年金を受ける、こういうことになってまいりますが、この前段の人方についてはもう何らの措置もやらぬ方針なのか、これについてはどういうことをお考えになっているのか、その点を私はお尋ねしているのです。
非常に斬新な、そして前向きな、あるいはまた問題に積極的に取り組んでこられておる厚生大臣、この問題についてはいかようにお考えでしょうか。
福祉年金についてことし三百円引き上げられた。これはいままでの引き上げ額から見ますると百円とか二百円、ことしは初めて三百円、その限りにおいては、これは勇断であるといえば勇断だと思いますけれども、しかし、また反面から見た場合いろいろ、この程度でいいのかなという疑問を持つわけです。 そこで、この拠出制年金が始まったのが三十六年ですね。それから、この無拠出の福祉年金が始まったのが三十四年ですね。三十四年当時の老齢福祉年金というのは幾らであったのか、さらにその当時法律に基づく拠出年金の給付額については十年年金、それから二十年保険で納めた正規の人方、これが満六十五歳に達したとき、その支給額は幾らであったのか、この関係がどのように今日まで法律
さらにこれはあなたのほうでないかもしれないが、生活扶助ですね、昭和三十四年当時、特に低い四級地の老人一人当たり生活保護費は幾らでしたか。
いま現在は。
そこで私これは大臣にまたお尋ねするわけですが、いま局長から答えがありましたように、昭和三十四年当時、すなわち国民年金法が成立をした当時、また無拠出の年金支給の始まった昭和三十四年当時、老齢福祉年金を一例にとりますと千円からだんだん増額をされて、昭和四十六年度、ことし二千三百円になったわけです。ところで拠出制年金はどう変わっておるかと申しますと、三十四年当時の二千円が八千円、さらに四級地の生活扶助が成人男子六十五歳ということでございましたが、三十四年当時二千百六十円が八千九百七十五円、十年年金もことしから支給が開始されるとすれば五千円、こういうことになるわけでございますが、私この数字を見ておりますと、冒頭に三百円上げたのは勇断であると
老齢福祉年金その他の福祉年金については、今日までの足取りから見ましても、遅々として、前進した内容でないと申し上げても私は差しつかえなかろうかと思います。しかし、大臣自身として精一ぱい努力なされてもなかなかそういかぬということもよくわかりますが、来年の国民年金を見直すとき、福祉年金についてはさらに大幅にひとつ前向きで検討されることを強く要望しておきたいと思います。 最後に私はお尋ねするわけでございますが、今度のこの改正法で、老齢福祉年金の支給開始年齢を障害者についてのみ六十五歳に引き下げられた理由は何でしょうか。昨年たしかこの委員会で田邊委員の質問に対して大臣がお答えになったのは、四十六年にはぜがひでも福祉年金については七十歳の年
質問を終わります。
全くのしろうとでありますので、われわれの理解できる範囲でお尋ねをしたいと思うのでございますが、新聞などの伝うるところによりますと、今回の鑑別診断研究班による本調査というものは、きわめて短い期間で結論が出されていて信憑性に乏しいものである、こういう見方もあるわけであります。しかも、これだけ非常に社会的な関心の深い問題について、研究班が半日の調査で結論を出されたというようなことも聞くわけでありますが、この本調査の前に研究班独自の予備調査などの慎重な処理を踏まれて結論を出されたのであるかどうか。この点をひとつまず承りたいと思います。
先ほどの質問の中でも明確にこれは御答弁がございましたが、今回のこの鑑別診断班が結論を出されるまでにはいろいろ内部に意見もあったようなことを聞いておるのでございますが、最終的には全員一致であった、こういうことでありますが、その点あらためてもう一度承りたいと思うわけであります。 と申しますことは、これは特にイタイイタイ病の権威者である萩野博士も参加されて、萩野博士もこの見解には賛成された、こういう御答弁でございますが、たしか中村さんについては、急性カドミウムの中毒症で、新型のイタイイタイ病である、こういうようなことを萩野博士がかつて語られた、こういうことも伝えられておるわけでありまするし、また小林教授は、中村さんについて分析の結果、
じん臓ならじん臓を灰にして分析をする、そういう場合に、やはりその組織を組成する構成部分の違いによっても分析値は違ってくる、こういうようなことを聞くわけでございまするが、小林教授が二二、〇〇〇PPMと、こう発表されておるわけで、これは午後小林教授にお尋ねするわけでありまするが、最高なのか、あるいは平均値をさしておるのか、その辺がつまびらかでないのでございまするが、研究班としては、この点はどのような理解の上に立って結論をまとめられたのか、この点を承りたいと思います。
班長さんはじめお医者さんの研究班でありまするから、私はこう考えるのでありますが、この中村さんの遺体を出されたときの立ち会いとして、国鉄の新鶴見鉄道診療所の久保田所長が参加しておられるわけでありますが、久保田所長もこれはお医者さんであるわけであります。せめて研究班が久保田所長のお話をじかに聞いて、そうして検討されることぐらいはできなかったのかどうか、こういうことを私は疑問に思っておるわけであります。ことに久保田所長の談話によれば、これは私は新聞の記事を参考にして申し上げるわけでありますが、臓器の腐敗はほとんど見られなかった。あまりきれいな遺体が残っているのでびっくりした。棺の内部は清潔であった、こういうようなことも語っておられるわけで
時間が参りましたので、最後にもう一つだけお尋ねをいたしますが、これは私、この間の社会労働委員会でも、労働省でございましたか、労働安全衛生の関係で質問をしたわけでありますが、二月の十五日に群馬の労働基準局が安中製錬所を抜き打ち検査をした。監督官が十二名で抜き打ち検査をやっておるわけでありますが、この検査の結果、群馬大学が、群馬大学も参加して調査しておりますが、この群馬大学の調査の結果についてでございますが、中村さんの作業所を復元した。六尺施盤六百二十回転、一立方メートル当たりカドミの飛散量が四・七ないし六・二マイクログラム。これは日本産業衛生協会とか、アメリカの衛生専門官の回答で示されている数字からすればカドミは非常に低い数値である。
小林先生に二、三お尋ねいたしますが、こういうむずかしい問題は、しろうとで、質問自体がなかなかむずかしいのでございますが、ただお話を承って私が感じたことについて二、三お尋ねしたいと思うのでございます。 教授のお話によれば、中村さんのじん臓にあれだけのカドミが出たということは、大気の汚染であるとか、水であるとか、土壌であるとか、こういう環境によるものが非常に大きかろう、こういうお話でございます。全く同感でございます。そうしますと、そのような土壌の汚染された地下に一年有半ありましたその遺体というのは大気、土壌汚染の影響がないものかどうか。教授のお話によれば、その地域は乾操した土地である、そうしてまた埋めたところが二メートル半、三メート
けさほどの質問でも参考人にお尋ねをしたわけでありますが、じん臓を分析するについてもこのような組織構成は部分によって、やはりとったところによって分析の結果が違う、こういうようなお話でございましたが、教授が中村さんのじん臓を分析された場合に、何個くらいの試料で、あるいは何回くらいの分析の結果が二二、四〇〇PPMという数字になっておるのか。これは最高値なのか、あるいは平均値なのか、そのあたりをひとつお聞かせを願いたいと思います。 同時にまたこれは、教授のような権威のある人がおやりなさるだけに、人体を発掘してその臓器を調べられるような場合は、われわれしろうとから見ると少なくとも写真ぐらいはとっておいて、これは学会に発表され、一般の国民に
こういう大きな問題も出てくるわけでありまするから、これからはひとつ写真ぐらいはとって分析していただくように、私のほうからこれはお願いしておきます。 それからけさほどの、これは参考人のお話にもございましたのでお尋ねをするわけでありまするが、この二二、四〇〇PPMという数字は、正常な日本人のじん臓の中から出た含有カドミの量から見ますと、驚くべき高濃度であろうと、われわれしろうとから考えるわけでありまするが、ただ小林教授の最近の著作で、「水の健康診断」によりますと、アメリカの先ほど来いろいろ話が出てくるシュレーダー博士とかティプトン博士等々の研究によれば、正常な日本人の十八体のじん臓の中にもカドミの量最高一九、五〇〇PPMがあるという
先生のお話しのように、カドミの蓄積のプロセスというのがじん臓の中に二二、四〇〇PPMを蓄積されたということは、作業環境としてきわめて多量のカドミの粉じんあるいはヒュームの発生、こういうようなことが一つの原因であったろう、こういうようなことを考えるわけでありますが、ただこれも実は過般の社会労働委員会で、先般労働省の科学調査団の調査の結果によりますと、中村さんが働いていらした作業環境をもう一度再現をして、カドミの飛散の状態を調べてみたところが、一立方メートル中四・七ないし六・二マイクログラム飛散していた、こういうようなことが明らかになっておるわけでありまするが、この程度の飛散の量では、二年半の仕事でカドミを呼吸器から吸収をして、カドミの
先生のお話もごもっともだと思いますが、これもこの間の社労委員会で、私の質問で明らかにした点でありますが、全国七カ所の要観察地域について一次検診、二次検診、精密検診を経て中央鑑別診断班まで行った事例はどれくらいあるのか、こういう私の問いに対しまして、安中市の場合は四十三年に九百九十五名を検診して九名が第二次検診を経て中央鑑別班の診断に移った。昭和四十四年六百八名、これが第一次検診、第二次検診を経て中央鑑別診断班に行ったのが三十一名。これは安中の場合でございますが、しかし幸いにカドミ中毒の患者認定には至らなかった、こういう、これは厚生省からの答弁でございますが、さらに今後要注意者については追跡検査をする、こういうことになっておりますが、
時間も参りましたので、もう一点教授にお尋ねしますが、私が二月九日、社会労働委員会の各党代表で安中に参りまして、東邦亜鉛の工場などを見ましたが、このとき、群馬県知事の神田さんにお会いしたわけです。その神田知事がこういうことを申すわけですね。県としては小林教授を知っていない。また発表になっておるが、その資料も受けていない。ついては政府において小林教授を呼ぶなり、というと、本日のようなこういうようなことだと思いますが、資料の提出を求めるなどして、厚生省の研究班でさらにひとつこの問題をオーソライズしてもらいたい、このような注文がございましたが、これは神田知事だけでなく、一般の人方も同じ気持ちを持っておる、こう思うのです。私は、そういう意味で
私はこれで質問を終わるわけでありますが、ただ、教授にお願いしたいことは、私は厚生省に資料を渡してくれと言っておるのではなくして、分析学者というのは教授のほかにまだやはり日本の学界にもおありだと思いますので、やはりそういう大学の教室なり、あるいは学会なら学会相互の中で、お互いこういうような試料の交換などなされて、ひとつ天下にこのような問題があるぞということをお問いになったらどうじゃろうか。われわれはけさほどのお医者さんの参考人に対しましても、あなた方の研究班の中にも小林教授のような人を入れて、堂々とひとつ意見を戦わして、初めてその結論が権威があるのじゃないのかと申し上げましたが、それと同じ意味において教授に申し上げておるわけでございま