もう一つお尋ねしますが、この間長官にもお尋ねいたしましたけれども、三笠宮の紀元節に関する意見の開陳、表明、これはどういうように次長は考えられますか。 〔委員長退席、理事永岡光治君着席〕
もう一つお尋ねしますが、この間長官にもお尋ねいたしましたけれども、三笠宮の紀元節に関する意見の開陳、表明、これはどういうように次長は考えられますか。 〔委員長退席、理事永岡光治君着席〕
皇族が、意識的にあるいは故意に、政治的な発言をするということについては、次長の考えと私も同感ですけれども、私のお尋ねしているのは、紀元節という問題について、三笠宮が学者として、歴史学者として自分の研究に基いて、学問的な見地に立って一つの見解を発表された、こういうことを一体どう見られるかということなんです。
そういうことになってきますと、たまたま現実の政治問題化しているから、政治的に利用される、悪用される危険性が出ているわけであります。かりに政治的な問題化してしないとすればどうなるわけですか。
オリエントの研究をやられて、それに基いていろいろな見解を述べられる、学者としての説をなされる、それは御自由だと、こうお話しになりますが、 〔理事永岡光治君退席、委員長着席〕 神武天皇の、その二千六百十何年かの昔の建国記念日が、果して古代史から見た場合に事実であるかどうかということも、これは厳然たる歴史的な探究の問題だと思うのです。研究の分野だと思うのです。その歴史学者としての研究の上に立って一つの学説を立てるということ、見解を述べるということは、あなたの先ほどお話しのオリエントの研究云々ということと、全く私は同一の範疇に所属する問題だと、こう考えるわけです。別に今のわれわれの生活が、神武紀元節を明確に認めようと認めなくても、
あなたの最後の御心配、私はまた心配する点においては共通なんですが、しかし、あなたの今お話を聞いておりますと、学問の自由とか学者の良心、こういうものは、皇族なるがゆえに、皇族の身分に伴ういろんな制約の前には譲らなくちゃならぬ、こういうことになると承わったわけですが、そういうような解釈でいいのかどうか。
私はあなたの見解と異なりますけれども、それはこの程度にとどめますが、そういたしますと、ああいう皇族の発言がいろいろ政治的な影響するところ大きいから、遠慮してもらう、こういうようなことになってきますと、結局、皇族は昔のように、たとえば陸海軍の軍人にしかその職業を選ぶことはできぬ、こういうような一つのしきたりというものに拘束されてくることで、これは憲法で、天皇でも皇族でも人間としての自由、こういうものがりっぱに保障されているはずだと思うわけだが、そういう点から見て、今のような考え方でいきますと、私はむしろ逆な立場から、あなたの先ほど結論に言われたような心配を持つわけです。 そうしますと、何かこういう発言については、適当でないというこ
それは宮内庁の長官ですか、次長の方からお話しになったのですか。
あの問題以後、いろいろ右翼がどうのこうのというわけで騒いでおりましたが、その後の三笠宮の身辺については、どういうことになっておるのですか。
天皇とか皇太子、あるいは皇族ですが、こういう皆さん方の今後の教育の問題、あるいは職業選択の問題、これらの点については、宮内庁当局としてどういうようにお考えになっておられるのですか。
そういたしますと、職業選択の自由ということも、皇族なるがゆえに制限されてくる、また、そのように仕向けていっておると、こう見られるわけですが、天皇の御一族としては全部、魚とか、動物とか、生物とか、こういう研究面しか趣味がないということはあり得ないだろうと思うのです。それは要するに、先ほどお話しのように、政治的な問題はできるだけ遠慮してもらう、こういうような点から、結局、学問の研究の選択ということもおのずからそこに制約がなされてくる。また従って、職業選択の自由というものも結局なくなる。むしろほんとうに才能があるなら、たとえば三笠宮が大学の講師をやっておられるように、もう少し天皇のお子様方もその才能に応じて、やはり自分の研究、あるいは自分
そうしますと、今の宮内庁の考えておられることは、今後の皇族のあり方というものは、御趣味としてはそれぞれの研究に携わってもらうが、皇族という身分そのものがすでに公的なものを持っておるので、何とかの大会に名代として出席されるとか、あるいはまた、いろいろな大公使の使節のレセプションに出席するとか、そういうようなことが皇族の生活のほとんどである。一種のそれは、国民からいうと、それは一つの職業である、こういうような考え方でおられるわけですね。
われわれとしては、聞けば聞くほど、どうも瓜生次長の御答弁、あるいは宮内庁の考えておることは、新しい憲法の期待したものと反する方向に進んでおるような印象を強く受けるわけで、この問題はまた今後の機会に、さらに御賛同する機会を持ちたいと思います。
それでは、青少年問題協議会設置法に関連いたしまして、資料としてこれ一冊いただきましたが、中央青少年問題協議会の今日までやってきた仕事と内容については、これで大体わかりますけれども、第一条第二項によりますと、「都道府県及び市町村に、附属機関として、それぞれ都道府県青少年問題協議会及び市町村青少年問題協議会を置くことができる。」、こうなっておりますので、都道府県、市町村段階においてどういう活動をやっておるか。ことにこの法文によりますと、全部置かなければならないとはなっていないので、そこで、どういう府県が置いていないのか、どういう府県が置いてあるのか。そうしてそういう府県段階においてのこの協議会はどういう仕事をやってきたのか。それから、全
関連で、ちょっと一言だけ。 ただいまの矢嶋委員からの質問に関連して、お尋ねしておきたいと思うのですが、矢嶋委員の質問の中に、まあ私初めて承わったわけですが、予算委員会の審議の途上、三笠宮の紀元節に関する発言というものは政治的なにおいがあるので、こういうような発言については自重されることを希望する、こういう長官の御意向であったということを、まあ今初めて承わったわけでありますが、長官としては今でもさようにお考えになっておられるのか、これを承わりたいと思います。
今の前段の御答弁の中にありましたように、三笠宮のあの発言というものは、どこまでも学問上の発言であるとわれわれは考えているわけです。歴史学者としての良心に基いて自己の見解を述べられたものだと、こう考えるわけです。たまたま今日、紀元節復活の問題が、国民の祝祭日を定める法律の改正問題に関連して、政治問題化しているから、長官の後段のような御心配が出てくるわけで、少くとも学問の自由ということが憲法上保障されているならば、これは当然、皇族であろうと、民間の学者であろうと、今日の憲法のもとにおいては自由であろうと、こう考えているわけで、もし、かりに長官の御答弁の中にありました、政治的な議論というものがなかったとするならば、これは問題は何もないはず
長官の答弁をこう考えてみますと、憲法上の学問の自由とか、信仰の自由、良心の自由、この自由が皇族なるがゆえに、あるいは政治的な世上の問題に利用されるがゆえに、こういうわけで不当に侵害されるということになって参りますと、この憲法のもとにおいては、天皇も皇族も国民も同じく憲法のもとに置かれておる、こういう立場からいたしますと、われわれといたしましては、相当な矛盾を感ずるわけです。あるいは旧帝国憲法時代のもとにおける天皇とか、あるいは皇室であるならとにかくとしてこの新しい憲法のもとにおける天皇、皇族は、おのずから解釈やあるいは態度等が違ってしかるべきものだと考えるわけであります。単に皇位継承権につながるがゆえに、それだけの理由でもって、一体
真理を真理として探究する、これは皇族でも一般国民でも変りないと思うのです。真理を真理として探究し、それの上に立って正しいことを主張することは、皇族であろうと国民であろうと、何らそこには違いはないはずです。ことに学者として、歴史学者としてみずからの学者的な良心に従って発言をなさる、皇族なるがゆえにそれが制限される、こういうようなことは日本の憲法のもとにおいては許されぬことだと思う。たまたまあなたのお話は、紀元節問題が国会の論議になり世上の論議になった。ただ、それなるがゆえにそれを控えてもらいたい、差し控えるべきだ、これは人間の自由というものを抹殺するものだと考えるわけです。皇室なるがゆえに、あるいはかえって、三笠宮のようないわば自分の
もう少し関連してお尋ねしますが、あなたの御答弁の中には、要するに、皇族費というものは国の予算で国会の議決を得る、そういうふうな立場にあるというような一つ理由があげられておりますが、もしその理由でいきますならば、皇族の生活というものはすべて公的な生活だ、こう規定されようと思うのです。たとえ皇族費が国の予算によって支出されても、その生活には公生活もあれば私生活もあろうと思うのです。ただ、国会の議決を得る予算によって皇族費がきめられておるから、そこで公的な生活がすべてだ、こういうふうなことはこれは事実に反すると、こう思うのでありまして、これは理由にならぬと思うのです。 それからもう一つ、われわれの考えなきゃならないことは、現在もそうで
それでは、この問題はまた他日適当な機会に質問を継続することにいたします。
通産省設置法の一部を改正する法律案に関連して、この間通産政務次官に質問いたしましたが、その中でコロンボ・プランの問題に関し、外務省に質問した方が適当であろうとして、答弁の留保になっておる事項について、外務政務次官にお尋ねしたいと思います。 それは、東南アジア諸国との親善関係の増進、特にこれら諸国との経済外交を進めるということは、現内閣の外交方針の二本の柱の一つになっておるわけであります。特に、昨年の夏岸総理が東南アジア地域を訪問された際に、いわゆる東南アジアの経済開発基金構想を発表されて、これがいろいろな反響を巻き起したわけでありますが、ついこの商もアジア太平洋地域の公館長会議が開かれて、三日間の会議の経過を振り返ってみましても