憲法と教育基本法との関係は、総理どのようにお考えになりますか。
憲法と教育基本法との関係は、総理どのようにお考えになりますか。
別問題と申しますと、関係がないとおっしゃるのですか。
答弁が違ってやしませんか。今、直前の答弁では、憲法と教育基末法とは関係がないんだとおっしゃった。また今のお言葉をお聞きしますと、改正は関係がないんだと……。どっちがほんとうなんですか。
教育基、本法は憲法から発しているということはお認めになりますか。頼りないな、全く……。
総理の御答弁ではなかなかどうも問題をしっかり理解することができぬわけでありますが、さらにお尋ねいたしますと、忠誠の義務とか、あるいは親孝行の義務というものは、国民の道徳基準を示すものと言えると思うのです。これははっきり申しますと、今の教育の中に、教育の上から育っても、あるいは国民生活の上から言っても、国民がよりどころにすべき道徳基準というものがないというところに問題がある、こういうお考えだと私は見るわけであります。率直に申しまして、たとえば明治時代には教育勅語というようなものがあった。あるいはかつて吉田内閣のおりに天野文部大臣の時代においても、国民の道徳基準というものを設けなくちゃならぬというようなお話等もあります。今政府の考えてお
この忠誠の義務とかあるいは親孝行とかあるいは隣人のつき合いとか、こういうようなものを教育の内容に盛りたい、これが臨教審を作られる第一の使命である、こういう文部大臣から御答弁があったんです。それは、そうすると明治時代において、教育勅語というものがあって、教育の基準あるいは国民道徳の基準というものが一応あの時代において立てられていた。ああいうようなものを考えておられるのかどうか。
鳩山総理にお尋ねしますが、今文相から忠誠についての定義があったわけです。そうしますと、総理としては、かつてのような教育勅語、ああいうようなものは考えていない、従って今後内閣としても政府としても、あのような形式的な道徳基準というものを設けて、これに国民が従うべしというようなやり方はやらないのだということを、はっきりとお認めになるわけですね。
文部大臣のお話しの中にもありましたが、忠誠というものが変ってきた。それはあくまでも国民主権、主権在民の民主主義に対する忠誠である。こういうような御答弁を聞いて、その限りにおいてはこれはりっぱなことなんです。そこで最初の問いに戻りますけれども、教育が政治的な中立をあくまでも守らなくちゃならぬ。なるほど教育基本法の第十条によりますと、「教育は、不当な支配に服することなく、国民全体に対して直接に責任を負って行われるべきものである、」、こう規定しております。また教育委員会法の第一条を見ますと、「この法律は、教育が不当な支配に服することなく、国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきであるという自覚のもとに、公正な民意により、地方の実情に即
教育委員会制度、これについて学名が非常に反対の声明を出された。教育委員会制度というものは公選によって直接国民が教育に参加する機関の制度です。これを改めて、文部大臣が承認されなければ、府県の教育長も任命ができない、あるいは文部大臣も必要な措置を教育行政に加えることができる、この点について総理はどう考えられるか、総理の見解を私はお尋ねしておるのです。
二、三提案者にお尋ねいたしますが、ただいままでの経過について御報告がありましたので、よく了解できましたが、ただこの法律案の目的とする、国務大臣の職責の重要性にかんがみ、私企業との一切の関係を断って、世上の疑惑を一掃し、行動の公正を期するということは、単に国務大臣のみでなく、この法律の趣旨とするところは、たとえば十九国会における造船疑獄、汚職事件に見られますように、政党全体の綱紀の粛正と申しますか、要するに政党の品位と権威を維持する、こういうような精神から出ておるものと考えるわけであります。ことに政府要路の大宮等において、いろいろ今日まで世の指弾あるいは疑惑を受けること等がありましたので、そのようなことを阻止して政治の品位を高めようと
この法律案を拝見しますと、別に罰則規定もあるわけでもない次第であります。従いまして、この法律案そのもののねらいというものは、あくまでも政治道義を高揚することをねらいとしておるものと見ざるを鴛ないわけでありますが、しかもまたこの法律案が提案されたその当時の議会の情勢、政治の背景というものが、先ほど申し上げたように、造船疑獄、汚職事件という、あの国民を非常に憤激せしめました事件が背景になっているわけであります。この法律案がすでに国会に議員立法の形で、それぞれ衆参両院から提案されておる、このことは、この法案審議を通じ、時の吉田内閣以来、十分政府も承知だろうと考えるわけであります。この法律案が成立したと、いなとにかかわらず当然政府としては国
御趣旨よくわかりましたが、さらにもう一つお尋ねいたしたいことは、一般職の国家公務員については、国家公務員法の適用により、第百三条、第百四条の規定によって、私企業への関与が制限されているわけであります。特別職の国家公務員、ことに国務大臣等については国家公務員法の適用がないわけでありますが、こういう人方については、従前の官吏服務紀律の規定が適用される、こういうことになっているわけであります。まあそういうことから見ますと、この官吏服務紀律と今回のこの立法との関係でありまするが、これはどういうことになるのか、この点、提案者の方から御説明を承わりたいと考えるわけです。
吉野さんと山崎さんにお尋ねいたしますが、自民党の調査費料を拝見いたしまして、天皇の地位についていろいろ再検討される意向を明らかにされておるわけであります。これに関連いたしましてお尋ねいたしたいことは、御承知のように明治憲法の時代においては大日本帝国憲法と皇室典範というものが日本の成文憲法をなしていたわけであります。ところが新憲法のもとにおいては、こういう成文憲法の二元性といものをやめて、一元性を確立しておるわけであります。明治憲法時代になぜ皇室典範というものを成文憲法の中に入れたかということは、いうまでもなく、皇室に関する事柄については議会のコントロールの外に置こうという現われであり、反民主主義的な性格を持っていたものと言えようと思
山崎さんの方では一つ自民党の憲法調査会についてどういう取扱いをこの問題についてなされておるか、伺いたいと思います。
今はそういう考え方であるかと思いますが、いずれにいたしましても、憲法の全面的な改正を主張されておられる現在の政府、与党でありまするから、当然それの一環といたしまして、皇室典範の問題等についても将来取り上げられる時期がくるものと私は見ておるわけであります。山崎さんはこの両者の間に関係はないと言い切られるのかどうか、もう一度重ねてお尋ねいたします。
山崎さんの御答弁でありますが、昭和二十九年の十一月五日の自由党憲法調査会の改正案要綱を読みますると、その説明書の中に明確に加えられておるわけであります。今般自民党の調査会資料として出されましたこの案を拝見しますと、かっての自由党時代の憲法調査会の改正案要綱とほとんどこれは同一の精神、ねらい方においても大体これはほとんどと言っていいくらいに同じところを問題点として取り上げておるわけであります。その要綱説明書によりますると、こういうことが書いてあるわけです。「皇位継承については、皇室典範第一条を改正し、皇男子なき場合は皇女子がこれを継ぐものとする。皇女子が皇位を継承する場合におけるその配偶者は一代限り皇族待遇を受けるものとし、摂政となる
山崎さんが旧自由党時代の憲法調査会の改正案要綱をよく読んでおられなかったということは、いささか不勉強と申し上げなければならぬと思う。この要綱の最初は前文になって、その次に天皇となっているのです。天皇の中でも一項から五項まで載っておりまするが、その五項でこういうことが書いてあるのです。「憲法改正の発議に天皇の認証を要するものとする」、これはいいですよ。その「附」として、「皇室典範を改正し、女子の天皇を認めるものとし、その場合その配偶者は一代限り皇族待遇とする。但しその場合摂政となることを得ないものとする。」明確にうたっているわけです。でありますから、もうすでに旧自由党の中でもこれが取り上げられてきている。今回皆さん方が憲法改正を全面的
憲法第二条は、将来とも変える意思がない。これはけっこうなことだと思うのです。私のお尋ねいたしておりますことは、要するに皇室典範の第一条と第四条、この問題について当然これは憲法調査会等の論議の爼上に上る問題であると見られまするが、この点について提案者はどうお考えなされておられるか、これを承わっておるわけです。
現行憲法を読んでみますと、言うまでもなく明治憲法のもとにおける天皇主権というものが否定されて、あるいは神勅主権と申しますかは否定されて、国民主権になっておるわけであります。ことに明治憲法のもとにおいては祭政一致ということが言われていて、政治とまつりごととが一つになっておる、こういう建前であったわけであります。しかし新しい憲法のもとにおいて、政治から神々が離れていく、取り去られる、政治と神々が分離されてくる、分離された、こういう建前になっているわけであります。こういうような一つの憲法の精神というものは、言うまでもなく一九四六年の正月元旦における天皇の神格否定、人間宣言、こういうものになっていると見るわけであります。ただ最近、この間も触
元首という点については大へん慎重を期されているようでありますが、その御説明はわかりますけれども、自民党の憲法改正資料を一貫して流れる思想に、あるいはその方向をわれわれが追及して参りましたときに、名称は元首という名称を用いようと、実体は元首にしなければならぬ、これが偽わりない今の自民党の考え方であり、政府の考え方であると考えております。問題はしからば元首とは何かということになってきょうと思うのです。いろいろ憲法書等を見ましても、元首の性格としては、行政権の首長たる地位と国の対外代表権を意味しておる、こう書いてあるわけであります。要するに行政権の首長たる地位と対外代表権、この二つを持つ者が元首である。あるいはまた二つとも兼ね備えるという