終わります。
終わります。
各党の御意見を伺っていて、この二院制の問題については基本的に余り違いがないんじゃないかという印象を持っておりますが、その中で特に申し上げたいのは、衆議院というのはやはり政権を、各党が政権を目指して争うといいますか、そういう場であると思います。これに対して参議院というのはそうではないということから、具体的にいろいろ考えられる。例えば、大臣を出さない、行政府にかかわらないということも一つの考え方として出てくると思います。それから、衆議院の暴走と言ってはしかられるでしょうが、をチェックすると。つまりチェック機能、衆議院だけではなくて、行政府とつながっている衆議院を含めて、それに対してチェック機能を発揮するということで幾つかまた役割が考えら
ありがとうございます。 参議院が行政府をチェックするということを結果的にできた一つの例を申し上げて御参考にしたいと思うんですが、十年前の阪神・淡路大震災のときに、現地の市民の被災者の皆さん、もちろん衆参の関係議員のところにいろいろおいでになったんですが、たまたま私のところに被災者市民が何組か一緒になって来られた。今度は皆さん超党派で有志に呼び掛けて現地調査に行こうというので、自分たちで行ったんですね。二十人ぐらいいたかと思います。それで、実態がよく分かってきたときに、何とかこれ、被災された方の皆さんの意向を法律作って実現しようということになったんですが、具体的に進めようとするとなかなか壁が厚くて、これ何だろうと思ったら、政府は、
本日のテーマになっている「新しい人権、社会権」というものは、憲法では既に国民の権利及び義務という第三章で、本当に、十条から四十条まであるわけですから、十分に書かれていると思います。 しかし、同時に、新しい権利というものは時代の変化とともに出てきているのも事実であります。しかし、それは立法措置で対応できると、できるというよりもすべきであると。国民の権利及び義務のこの条項は、すべてこの民主主義社会の根本的な問題を取り上げているわけでありますから、その基本がしっかり書かれていれば新しいものに対する対応は十分できると。 そこで、その中の一つの例として憲法二十一条を取り上げてみたいと思います。憲法二十一条は、短いものですから読み上げて
環境権ということは、新しい人権として憲法に加えるべきだという御意見が多々ありますけれども、環境権というのは、簡単に言えば権利として自然豊かな環境の中で生活できるという、そういう権利であると同時に自然を守らなければならないという義務を負うことになると思いますね。 それは一体、それぞれの国が憲法に書かなければならないことなのかどうか。もっと人類共通の、今や人類共通の非常に大きな問題、地球規模のもちろん問題、そういうことであって、今京都議定書が問題になっていますけれども、これに対するアメリカ政府の態度などは、正に自分たちの経済的な利益のためにこの京都議定書を拒否しているという、こういうことが許されるのかどうか。守る方、守る義務もあるわ
社民党の田英夫です。 お二人とも触れられましたんで、環境権の問題でお尋ねしたいんですけれども。 これは東京の国立市で起こったことですが、市民の一部の方が、高層マンションができて、環境というんじゃなくて、景観権と言われたんですね、景観権を阻害されたといって裁判になった。結論は、裁判所は認めなかったんですね。この赤坂さんの方のレジュメにありますけれども、学説としては十三条、二十五条で保障されているというふうに、環境権は保障されているという、そういうことのようですけれども、裁判所は認めないと。 景観権というのは、まず第一に景観権というのがやっぱり環境権の中に独立してそういうものが学説としても認められているのかどうか。それから、
ありがとうございました。終わります。
メキシコという国は地理的にも遠いし、率直に言って一般の日本の皆さんからすると余りおなじみがない国かもしれませんが、今回、事実上のFTA外交と言っていいと思うんですが、そのトップ、シンガポールはありますけれども、事実上のトップということになったことに対して、やはりそれは戦略があるのかなという感じをして聞いているんですが、いかがですか。
正に同感であります。 メキシコ側が既に結んでいるFTAは四十二か国に及んでいるようですが、もちろん中南米はもう軒並みですね、そしてアメリカ、それからヨーロッパに、正に今大臣言われたように、メキシコという国は、あの中南米のところにいながらヨーロッパと接し、中南米はむしろリーダーとしているという、これはそういう意味を込めて、アジアで今度は最初の日本という国が結ばれるわけで、これ、外務省もおいでいただいているかな、本当に外交上の一つの拠点、結び付くと非常に多くの利点があるという意味があると思うのですが、外務省からお答えいただけますか。
私の経験で一つ驚いたのは、一九六五年ですが、メキシコが呼び掛けて世界で初めての非核地帯条約というのを締結したんですね。ロブレスという外務大臣が中心になってやったんですが、非核地帯条約という考え方自体、一般的にまだなかった時代。そのロブレスさんにたまたま会う機会があったら、いや、それは日本の非核三原則を参考にしたんですと。それにもう一つ加えて、核を持っている国からこの地域は攻撃してはならないと、つまり中南米に核保有国は攻撃をしないという、それを条約の附属文書で約束をしたんですね。それで大変驚きましたね、そのスケールの大きさというか視野の広さというか、そんな経験がありますけれども。 この問題で今、日本政府として今後のFTA外交の一番
終わります。
憲法第九条を論ずるに当たっては、まず、第九条はどういういきさつで、どういう空気の中でつくられたかということを知っていなければならないと思います。そういう意味から、私どもが調べた限りの第九条がつくられた経過をまず申し上げたいと思います。 私どもの意見では、この第九条は幣原喜重郎首相を中心としてつくられたと思っています。幣原さんは、昭和の初め、若槻内閣とか浜口内閣で外務大臣をやられ、軍縮交渉の全権となって活動され、軍縮条約をのんだために軍部や右翼から罷免をされたという平和主義者だと思いますが、一九四五年、つまり昭和二十年の戦争が終わった直後、その十月から昭和二十一年の五月まで総理大臣をやられ、憲法をつくることに加わっておられます。そ
憲法九条を改正して国際協力を自衛隊ができるようにもっと明快にした方がいいという御意見があります。確かに国際協力ということは日本の立場から重要だと思いますけれども、日本らしい、九条に沿った国際協力というものをもっと知恵を出してやる必要があるんじゃないか。今のイラクに行っている自衛隊のような有様は日本らしくない、私は思っています。武装をして、そして実はそれは戦闘をしないんだと、復興支援だと。復興支援するのになぜあれほどの武装をする必要があるのかと思います。 それよりも、自衛隊の中から一部を独立させて、国際協力隊といいますか、あるいは国際災害協力隊という、そういうものを考えることも一つの知恵でしょう。事実、陸上自衛隊は今新潟で活動して
シビリアンコントロールは自衛隊発足以来大原則であったわけで、これはもう守らなければいけないのは当然と言えるんですが、最近、私などが感ずるのは、この大原則が危なくなってきているんじゃないだろうかという気がいたします。 自衛隊の制服の、特に幹部クラスの皆さんとは私も時々意見交換をします。例の日米ガイドラインの審議をしたときなどは、こちらから頼んで、日米間の交渉に出ていた制服の人とも話しまして、非常に、むしろシビリアンよりも憲法に対して非常に忠実といいますか、そういう感じさえ持ちましたから、これから申し上げるようなことを言うと失礼に当たるかもしれませんけれども、ある意味ではシビリアンコントロールというのは安全弁であるということが言える
実は私は、新聞記者をやっていたころに、右翼の巨頭になっていました三上卓という人にしばしば会いました。それは、五・一五事件の犬養首相を問答無用と言って撃ち殺した本人でありますが、軍法会議で処刑されたはずが、戦後、忽然として現れて、本人に会ってみたら、満州へ行っていましたという話なんですが。 それはともかく、彼に当時の、なぜああいう、五・一五というのは一種のテロですね。そんなに人数多くなくて、それで青年将校が集まって、海軍が中心ですが。二・二六事件というのは、私はこの目で現場を見ていました、赤坂見附辺に集結しているのを。これはクーデターだと思いますね。昭和天皇が、先生も書いておられるけれども、一生の中で数少ない判断を下された中で、こ
自衛隊の実態は私もある程度承知しているつもりです。むしろ、若い下士官クラスの人から下は、もう昔の軍隊と比べたら全く雰囲気が違うと。むしろ少し元気がないんじゃないかというか、自殺者が結構出ていたり、そういう問題がありますから。 しかし、このシビリアンコントロールということを考えたときには、本当に五・一五、二・二六等が起こっていく中で、結局戦争が拡大していったんですね、正に二・二六のこの年に日華事変が拡大したわけですから。そういう過去のことを考えると、本当に今の現実、自衛隊という集団があって、そして腐敗が起こっているというこの現実の中で、私も政治にかかわる者としては本当に真剣に考えなけりゃいけないところだと思っております。 あり
今まで参議院の選挙制度というのはいろいろ四種類ぐらい変わってきたわけですが、今日の先生の御提案を大変興味深く伺っております。まだ十分理解できていないところがあるかもしれませんが、実は私は今までの四種類の選挙制度を全部体験をいたしました。一番最初、全国区と地方区、そして拘束名簿式比例代表制、それから地方区というのを東京でやりました。その後が現在の非拘束名簿式比例代表制ですか。一番悪いと思っているのは現在の制度であります。 それは、やる側の、つまり選挙をやる側の立場からすると、一つ大変嫌なのは個人名でも政党名でもよろしいという。それは人間の本能として自分の名前を書いてほしい。それは、一番最初の全国区をやったときは正にそれ、ずばりそれ
私は、政党に属しながらこういうことを言うのはおかしいんですけれども、今、国民、特に若い皆さんの間にいわゆるNGO活動というのが広範にわたって行われておりますね。イラクまで行ってしまった人のことで拉致されて問題になった点もありますけれども、環境問題とかあるいは社会福祉的な問題とか、テーマを絞って非常にいい活動をしている若者たちがたくさんあると。それはある意味で一種の政治活動だと思いますが、政治は政党がやるもんだと思い込んでいる人たちも多いと思います。 私は、やはり参議院の選挙制度の中に、NGOのような人たちが出てこれる、そういう選挙制度を取り入れるべきではないか。つまり、NGOという言い方でなくて、それは一種の政治団体だということ
ある意味でよく分かります。 まあ、悪口になりますが、市民運動的なそういうNGOの活動をやっている方は、しばしば視界が狭くて、同じ運動をしているのに全国にまたがって手をつなごうという、そういう発想が乏しい人が多いということは、私は体験上現実だと思いますね。ですから、しかしやはり、今は相当高いレベルの政治意識でそうした活動をしている人たちがいるということをやっぱり参議院改革の中では視野の中に入れておくべきだと思います。 もう一つ、お金の問題を申し上げたいんですけれども、全国区が廃止された原因の一つは、いわゆる残酷区という肉体的な問題と、もう一つは余りにもお金が掛かり過ぎるということがあったと思います。しかし、現在でも依然として、
終わります。