裁判所のほうといたしましては、その必要性を早くから感じまして、実は三十六年度の予算から最高裁判所の裁判官の退職手当につきまして予算要求を繰り返しいたしていたわけでございますけれども、いずれも認められなくてまいったというのが現状でございます。臨時司法制度調査会の意見が出ましたのを機会に、ここに提案になっております金額につきまして初めて予算が認められたというような経過に相なっているわけでございます。
裁判所のほうといたしましては、その必要性を早くから感じまして、実は三十六年度の予算から最高裁判所の裁判官の退職手当につきまして予算要求を繰り返しいたしていたわけでございますけれども、いずれも認められなくてまいったというのが現状でございます。臨時司法制度調査会の意見が出ましたのを機会に、ここに提案になっております金額につきまして初めて予算が認められたというような経過に相なっているわけでございます。
三十六年からの要求は、いずれも百分の七百八十、言いかえますと、一年について七・八カ月分の退職手当の支給が適当であるという線で大蔵省に要求をいたしてまいったわけでございます。
特に理論的な根拠とまで申し上げることができるかどうか、これは疑問があるとは思うのですけれども、従来の最高裁判所の裁判官がつとめておられました平均の在職年数を出しますと、七年──六年、七年というところが基準に相なるわけでございます。一方、退職手当の最高を六十倍に押えようという線があるわけでございます。まあその程度──多ければ多いにこしたことはございませんけれども、六十で押えるのが適当であろうと。それからこれは一般の公務員につきましても六十倍という制限がありますので、それで最高裁判所の裁判官についても退職手当の最高限を押えたらよかろうという考えがあるわけでございます。そういたしますと、ちょうど七年で六十倍もらえるということになりますと、
最高裁の裁判官の任命は、もう御承知のように、内閣の専管でなされることでございまして、私どものほうといたしましては、ただいま御質疑のあったようなそういう点までは考えないで予算要求をいたしてまいったわけでございます。
弁護士から最高裁の判事になられたお方は、現地まで通算いたしますと、十四名おいでになるわけでございます。そこで、おやめになられました方につきましては、いわゆる一般の公務員の退職手当しか支給されておりませんので、したがいまして、非常に少ない、何と申しますか、少しお気の毒と言っていいくらいの金額しか出されていなかったわけでございます。たとえて申し上げますと、最近の例から順次拾ってまいりますと、河村大助裁判官は、六年間おつとめになったわけでございますけれども、その支給された金額は百十六万円程度でございました。それから池田克裁判官は、やはり一応弁護士からおなりになったわけでございますけれども、八年間おつとめになって百五十五万円というふうな程度
おっしゃるとおり、私どものほうにはほんとうにはっきりしたことはわからないのが現状でございますけれども、私どもが承っておりますところによりますると、やはり最高裁判所の裁判官にふさわしいような弁護士のお方は、相当大きな年収をお持ちになっていらっしゃるそうでございます。したがいまして、その年収を放てきして最高裁判所の裁判官──栄誉のある地位ではございますけれども、そこにおなりになるのはむしろそれほど希望はしておられないのじゃなかろうかというような話を私どもは耳にいたしておるわけでございますけれども、しかしながら、創設以来いままでおつきになりました弁護士出身の裁判官は、いずれもごりっぱなお方でございまして、幸いにしていままでは非常にりっぱな
私どもいわゆる事務の者といたしましては、この最高裁の裁判官の任命につきましては、おっしゃるとおり完全にノータッチでございまして、内閣のほうにおかれて御選任なさるという原則がそのまま実行されているのじゃないかと、こういうふうに考えておるわけでございます。
従来私が聞いております範囲では、新たに最高裁判所の裁判官の任命前におきまして最高裁判所の裁判官会議が開かれて、そうして、この方ならばいいのじゃないか、あるいはこの方がいいのじゃなかろうかというようなお話があったということは、全然聞知いたしていないわけでございます。かつて、内閣の官房長官が、やはり委員会で、神に祈るような気持ちで最高裁判所の裁判官の任命はしているのだということをお答えになったというように聞きましたのですけれども、最高裁判所の裁判官個人個人はあるいはお考えをお持ちかもしれませんけれども、しかし、ただいまお話しになったような会議とかそういうものは全然ございませんで適任者が任命されているというように私どもは伺っているわけでご
当初は、ただいま稲葉委員から仰せのとおり、裁判官任命諮問委員会がつくられておりました。これは裁判所法三十九条に基づきまして制定されました委員会でございまして、昭和二十二年政令第八十三号によってこの委員会の構成がきまっていたわけでございます。歴史的な事実を申し上げますと、昭和二十二年七月中に三回にわたって会議が開かれまして、二十八日に適当と認める者三十人がこの委員会で決定されまして、氏名の答申がございまして、八月四日任命式、認証式が行なわれたのが歴史的な経過でございます。 この委員会の構成は、当時の政令によりますと、衆参両院議長、それから裁判官の中で互選された者、それから検察官、行政裁判所長官、評定官等の中から一名、そのほかまぜま
これが廃止されました提案理由の一部を読み上げますと、「実績に徴すると、この方式は形式的に流れ過ぎて、所期の効果を得られないといううらみがあり、且つ指名及び任命に対する責任の所在を不明確ならしめるおそれがある」、これが廃止の提案理由となっておるように伺っております。
これは、当時の記録を見ないと、私もそこまで現在は明白にしていないのでございますけれども、要するに、私が聞いておりますところによりますと、こういう諮問委員会をつくって、その答申に基づいてそれを補佐として内閣で決すると、それがいいのじゃないかというような考え方に基づいて新たな制度が制定されたというように私としては聞いているわけでございます。
これも、ただいままで私が理解いたしておるところによりますと、先ほど塩野調査部長のほうから答弁がありましたように、長官は、憲法六条第二項に基づきまして内閣が指名して天皇が任命する。それから最高裁判所の通常の裁判官は、憲法七十九条第一項に基づいて内閣が任命するというように、憲法そのものに任命の方式が規定してあるわけでございまして、したがいまして、この憲法の精神からすれば、内閣の全責任において、内閣の自由裁量と申しますか、しかしながらほんとうの全責任において任命するのが憲法の趣旨に合うのじゃないかという考えから、片山さんの時代に、昭和二十三年法律第一号をもって廃止されたのだというふうに聞いてはいるわけでございます。
稲葉委員の御趣旨のようなお考え、司法権の独立というものをうんと突き詰めて徹底していけば、そういうような御議論もまことにごもっともだと思うのでございますけれども、私どもの聞いておるところによりますと、三権分立の精神、いわゆるチェック・アンド・バランスの精神に基づいて裁判官の任命は内閣においてするものであるというように従来は理解されたと思うのでございます。外国におきましても、最高裁判所自体が任命するということはないようでございます。旧大審院時代にお送ましても、やはり政府の任命ということになっていたと理解いたしております。
ただいま御質疑がございましたのは、第一審事件についてどの程度の上訴率があるかという趣旨の御質疑だと思います。これにつきまして、刑事事件について申し上げますと、地裁の第一審事件につきまして、昭和三十八年には一九・七%、三十九年におきましては一九%の控訴率があったわけでございます。それから簡易裁判所を第一審といたします刑事事件につきましては、三十八年には一〇%の控訴率、三十九年には九二二%の控訴率があったわけでございます。 大体の傾向を申し上げますと、第一審事件の刑事につきましては、地裁事件については二〇%くらい、それから簡裁事件につきましては一〇%くらいの控訴率ということに相なっております。
ただいまの御質疑は、最近二年の間に死刑になったものが無罪になった事件があるではなかろうかというようなことでございましたけれども、私どもの承知しております限りでは、統計上は、終戦後最高裁判所が発足いたしましてから最近に至るまでの間、死刑の事件が無罪になりましたのは三件でございます。そうして、その事件は、いわゆる二俣事件と申しますものが一件、それから幸浦事件と申しますものが一件、これはいずれも第一審の裁判所が静岡地方裁判所浜松支部で行なわれた事件でございます。それからもう一つの事件は、御承知の松川事件でございます。この三件だけが最高裁判所において破棄差し戻しになりまして、そうして破棄差し戻しを受けました高等裁判所で事実審理が遂げられまし
お答え申し上げます。 小林さんはその後おやめになりまして、公証人をなすっておいでになります。それからあとの成田さんと、陪席をなさいました裁判官は現在やはり名古屋で裁判官をなすっておいでになります。
実はいま御質疑の島田裁判官につきまして、私現在のところ承知いたしておりませんので、できるだけすみやかに尋ねまして、間に合わせてお答え申し上げたいと存じます。
ただいま御指摘のように、裁判がおくれている、早くないというおしかりでございますが、早く処理されているものも多々あるのではございますけれども、おそいものも相当あるわけでございます。そこで、たとえて申し上げますれば、東京の地方裁判所の刑事部におきましては、ちょうど三年少し前から旧件処理部というものを設けまして、おくれております事件を集めまして、それを集中審理で、できるだけ早く処理しようというような特別な方策を考えまして、着々その成果をおさめまして——御承知のように旧件と申しますのは、いろいろなことが、原因になりまして、裁判官が一生懸命にやろうと思ってもなかなかできないような事情もあり、また当事者のほうにもいろいろな事情がありまして、それ
ただいま宅調というお話が出ましてございます。これはどういうものかと申しますと、実は大都市の裁判所におきましては、裁判官が出てまいりましても、その裁判官がいる部屋、机がないわけでございます。要するに、二部交代といいますか、一日おきの交代になっておりまして、その一つの部屋に出ますと、月水金ならば月水金に出る裁判官がその日に出まして、そして公判を開きまして、そこで審理をして帰るわけでございます。それから火木土にきめられた裁判官は火木土に出まして、そこで法廷を開き、審理をしてうちに帰るわけでございます。その場合に一つの部屋、一つの机が二人の裁判官によって共用されるというかっこうになるわけでございます。そのほかの日は、先ほど申し上げましたよう
最高裁の裁判官におなりになります場合は、裁判官からおなりになる方も、検事からおなりになる方も、それからほかの公務員から直接おなりになる方も退職ではございませんで、憲法に基づきまして内閣で任命されまして、天皇が認証されるということで任命されておりまして、すべてに通じまして退職という辞令は出ないというように承知いたしております。