責任はたれに対して負うのですか。
責任はたれに対して負うのですか。
そこで経営委員会に責任を負うことがあるとしたらならど、経営委員会に対して何らの関連もなくして、執行機関である総裁、副総裁を政府が任命するという理由はどこから来るのですか。これは信任関係が出ていなければならぬ。もう一つ、責任を負うのでありますから、責任を負わせる機関が大体においてこの監督権を持つていなければならぬ。この監督権というものは、任命する権利が大体において現われて来る。それをどうして経営委員会に対して、何ら執行機関に対する監督権というものをなくして置いたか、重大なる監督権をとつて置いたか、それはどういうりくつから来るのですか。
私の言うのは、こういうのです。執行機関である総裁、副総裁が経営委員会に対して責任を負わなければならぬということになる、これが今までの終始一貫したあなた方の御答弁でありまして、私もそうあるべきだと思います。ところで責任を経営委員会が負わなければならぬならば、その任免の権限に対して、経営委員会が何らの発言も、何らの容啄もすることができないという理論がどこから生れて来るのか。たとえば執行機関が経営委員会の決議の通り執行しないという場合において、経営委員会が政府及び国民に対する責任上、執行機関に対する一つの権限を持つておらなければなりません。その権限の最も大きなものは任免権であります。それに対してすら経営委員会は何らの権限も持つておらないと
ところがこの経営委員会が政府及び国民に対して責任を負います場合は、国会の承認を得て任命された委員に限るというように、本法において限らなければなりません。これは特別委員として入つて行くのでありまして、その立場は執行機関たる総裁及び副総裁という形で入るのであります。この場合は委員としての責任は出て来ないのであります。こう読んで行かなければ、この法律は読めないのであります。絶対に、法律をこしらえます場合は従来の理論、従来の概念というものを尊重しながらこしらえて参りませんと、法律というものは読めなくなるのであります。読めない法律を出しますと、混乱いたします。そうなつて参りますから、特別委員に経営委員としての責任が出て来るというりくつは、少し
それでは特別委員が何か大きな失敗をして、政府に対する責任を負わなければならないといつたときの、その責任の追究はどうします。それから総裁も副総裁もその委員会に入つていて、そうして責任を同様に問われた場合、その責任追究はどういうような形態において現われて来るか。ここを考えるとまたわかると思いますから、ひとつ御説明を願いたい。靱さんの御説明だと、総裁、副総裁は委員としての適格性というものがないから、特別委員をやめさせるということになつたら、この法律が動かなくなつて来るのです。どうしても総裁、副総裁そのものに対して責任を追究するということでなければいけなくなつて来はしませんか。
特別委員の罷免の規定はありますか。
特別委員としての罷免がないから、委員としてはそれは責任を追究することは変になるけれども、そうなるとその総裁、副総裁の罷免というかつこうで現われて参りますか。
ちよつと関連して……。政府のお考えの経営委員会の性格が誤つているんじやないかと思いますので、ちよつとお伺いいたします。政府の説明によりますと、こう言つておられる。経営委員会は民間会社のいわば取締役会に準ずるものである。おそらくはこれに似通つたものである。似通つた職務があるというように言われておる。ところが再々今までの御答弁で言われたことは、経営委員会は意思決定機関だということである。そのお言葉がほんとうだと思いまして、さて商法を調べて見ると、二百六十條に、「会社ノ業務執行ハ取締役会之ヲ決ス」とあつて、業務執行の機関で、業務執行をするために必要な意思決定をしてやつて行くけれども、依然として取締役は業務執行の機関なんだ。取締役のことは、
準ずるという言葉で私が申し上げたのは、準ずるということは大体において相似通つたもので、取締役というものは、経営委員会に持つて来ると、似たような職務があるのだということで準ずるというのか。それともあなたが別に準ずるという言葉の解釈をお使いになるのならまた別です。
そういう意味に拝見しておきましよう。それから今稻村委員から熱心に御質問があつたのでありますが、経営委員会と執行機関とうまく行つているとばかりは思われません。意見が衝突したというような場合、どうして解決しますか。その解決の條文をこれに書いてございますが。
そのために第二十四條はできたのでありますか。二十四條の使い道をお聞きしたいためにお聞きしたわけです。
ちよつと関連してお伺いいたします。今の稻村さんの質問に関連してでありますが、第十條です。経営委員会が予算、事業計画及び資金計画をいたし、この予算の執行、事業計画並びに資金計画の執行に、どうも今の執行機関では信任にたえない、やらないかもしれぬ。公社の営業のために、業務執行のために、公社の目的達成のために不適格だ、こう思つた場合、この不適格だという決議ができるかどうか。経営委員会が、執行機関がどうも不適格だ、案を立てて参りますが、どうもこの執行者が不適格だという場合に、それに関連してその他の事項にできるかどうか。
運営に関する重要事項じやないでしようか。予算、資金計画、事業計画を立てたけれども、今の執行機関においてはどうもいかぬ、信任を持てなかつた場合、自分の職責を達成するためにこの執行機関ではいかぬということの意思決定がやれるかどうかということです。そういう意味で、この第十條の二項五号ができたということであれば、これはもつともな規定になるのでありますが、それができるかできないかということです。
全然ここに入つておらない。それでは全然業務の運営に関する事項中、最も大切な執行機関に対しては、運営に関することであつても何も言えない、こういうふうになりますな。それでは十條をさらに読みましよう。「経営委員会は、公社の業務の運営に関する重要事項を決定する機関とする。」これはかわりますね。
そこで稻村さんが先ほどから言つているところの、そういう事実があつたならば、意思決定機関が決定したのにかかわらず、執行機関がこれを行わなかつたというような不合理があるならば、その場合には経営委員会は内閣に対して、この執行機関ではいかぬということを言う、かえるか何かするということを言うことができるかどうかということを稻村さんが先ほど言つているし、私も聞きたい。この前もお聞きしている。それもできないのじやないですか。
この執行機関ではいかぬ、やはり政府がほんとうのことを言うならば、これは執行機関をかえるべきだということは言えないですな。
そういう御解釈であればよろしゆうございます。
ちよつと関連してお伺いいたします。先ほど松井さんの御質問のうちに、公社の事業で上つたところの金は、全部事業のために使つて行く、こういうものが公社だというふうに承りましたが、さような御趣旨ですか。
この点私どうもまだはつきりいたしませんので、公社の性格、本質にもかかわりますからお聞きして参りますが、ただいま大臣が御説明になりましたのは、公社法の六十一条を御説明くだすつたと思うのであります。ところがまず第一番にこの読み方が、大臣がおつしやいましたような読み方にはとれないのであります。法文となつて現われて参りましたのは、この六十一条はまず公社の損益処分の場合の規定、つまり営業の結果がどうなるかということを規定した条文に見えるのでありますが、利益があつた場合においては、繰越し損失を補填し、次に「なお残余あるときは、その残余の額は、あらかじめ予算で定めるところにより国庫に納付する場合におけるその納付額を控除し、」とありますが、そこが大
私は真によい公社をつくり上げたいのです。それだけです。あと私個人には野心はございません。これは法務府のだれに相談しましたか。法務府が確かにそういうような読み方に言つておつたのでしようか。