六十一条について大臣の御見解を承りたいと思います。こう了承してよろしゆうございますか。公社が国庫へ納付金を納めても、納めないでもかつてなんだ。任意にやつていいんだ。もし公社が納めようと思つた場合には、国庫に納めるのだ。こういう意味に解釈していいのですか。
六十一条について大臣の御見解を承りたいと思います。こう了承してよろしゆうございますか。公社が国庫へ納付金を納めても、納めないでもかつてなんだ。任意にやつていいんだ。もし公社が納めようと思つた場合には、国庫に納めるのだ。こういう意味に解釈していいのですか。
それで大臣にちよつとお聞きしますが、利益があつた場合、国庫に納付するときまつた場合、この金はどういう性質のものですか。出資に対する代償でありますか。それとも公社から国庫に対する寄付でありますか。どういうものでしようか。
大臣の御説明で、だんだんに了解し得るようになりましたが、そうするとこういう説明でわかりますか。この公社法によつて特別に出て来たところの一つの国庫の納付金、こういう説明を当てはめて行つていいのではないでしようか。従来概念はきまつていない。利益金配当でもないし、寄付でもない。公共企業体という制度を、この法律でこしらえ上げるのだ。この法によつて出て来たところの一つの国庫への納付金だ。新しい概念がここに出て来た、こう見られるのですか。私は決して社会現象を全部心持の中で割切るようにいたしたいとは思いません。そういうような解釈はいけません。いろいろに複雑なものがありまして、大臣たちのお考えになつたことも考えなければなりません。国民の財産を公社に
これはそうしますと、政府の方から納付しろということを請求ができるという建前で、この法律はでき上つているのですか、それをひとり……。
そうすると、この間次官と横田さんにお伺いしたとき、法律概念はこうかとお伺いしたときに、そうだと言いました。今度はかえて、今の六十一条が入つた場合を予想して、本法にいう公社というものは、こういう法人じやないかと思われますから、ひとつ伺つておきたい。国より出資せられた資本をもつて、電気通信事業を営み、国民の利便を確保するとともに、公共の福祉を増進することを目的とし、あわせて資本に対して利潤があつた場合には、これを国家に納入することがある法人であるという、この特別の法人なんですか。
私はすなおでないとは思いません。本来職業的に非常に悪く解釈するかもしれませんが、決してそういう考えはなく、率直に読みたいのです。本法に現われた日本電信電話公社が、こういう法人かということを聞いているのです。そうするとこの日本電信電話という公社が、どうしても国に金を納めることがあるべきだと、大臣の説明を聞いてもそう言われている。そうするとその納める金は何かと追究して行かなければならない。そしてその法人の実態を確かめてみて、この法がどれがどうということを分類して行かなければならぬ。そうすると公共企業体労働関係法との関係はどうなるかということです。御提出の公社法案には、鉄道公社の公法上の文字が削られている。それで公共企業体労働関係法に日本
ところが大臣、そうなりますとどういうことになりますか。第一条の目的を達成するならば、今言つた六十一条の規定はいらぬじやないですか。それを大臣が苦労なすつて、大蔵省に負けてしまつたのじやないですか。第一条は大臣案でいい案、六十一条は大蔵省から負けた案、大臣の苦しい案だ、こうなりはしませんか。
これは六十一条が不当とか正当とかいう結論に達しておりません。その意味を一生懸命聞いているのです。正当、不当を発見しようと思いまして、その意味を聞いているのですが、まだはつきりしません。 —————————————
簡単に久保さんにお伺いいたします。きのう次官に聞きましたら、公社の設立に至るまでは、あなた方によく御相談した、公社案には御賛成になつた、こう次官はおつしやつておる。あなたは御反対なさつておられますが、今までいろいろ折衝や交渉があり、あなた方の意見を政府に御開陳になりましたか。
それでは国際通信と国内通信の共通施設ということを言われましたが、これを分離するとなりましたら、分離し得ますか。これはあなたが見たところで、簡単に分離し得るか、なかなか分離し得ない、技術的なものの面から見ても、人の面から見ても、分離し得ないのか、それをお教え願いたい。
ちよつと関連して一言伺います。十七條の議決の方法であります。委員長と委員二人が出ても議決ができる。それから委員長と特別委員二人出ても議決ができる、こうありますが、その通りですか。そうだとして今度はこの場合、委員長、特別委員二人出ました場合にもこの規定だと多数決になりますね。そうなることは間違いないでしよう。そうするとこの特別委員の意思のみが決定することになりますね。その場合にその意思決定の機関が責任を持つておるが、他の委員は全然参加しない、執行者二人できめて意思決定の機関が責任を持つという理論的根拠は……。
なるほどそのように運営が行くことは望みますけれども、法律的には、その場合委員長が最後にきめる、そうはありますけれども、決議の場合において、三人寄つて二人で決議をとるといつた場合に、そのときに決議拒否権というものはどこからも出て来ない。どうしてもきまつて行く。この法を守らなければ別でありますが、守ろうとすればきまらざるを得ない。執行機関が意思決定をしたことになるけれども、執行機関が意思決定する制度になつていないのですから、これはどうしても法の欠陷になつて来はしませんか。もう一つ七十八條に「その行為をした役員は、」といつて、その行為をした役員を罰することになつておる。結局行為をした者は責任を負うことになるわけですから、この場合委員会に出
大臣はそう考えておられるようですが、この法案がいいか悪いかということは考え方の違いになりますから、きようはこれだけにしておきます。あとでまた公社の性格につきましていろいろ伺わなければならないことがたくさんありますので、次の機会に十分承りたいと思います。
ちよつと関連して伺いたいと思います。一体その組織体が法人の場合でありますが、意思決定機関と執行機関とわけてある。ところが意思決定機関が執行機関に対して信任がない場合には、運営がうまく行かないだろうと思う。大体意思決定機関の執行機関に対する信任があるかどうか、それによつて執行機関は決定して行くのであります。ところが本案は意思決定の機関である経営委員会が、執行機関である役員の選任に何らの発言権を持つておらないのは、どういう点でこうなさつたのか、理解に苦しむのですが、一つお聞きしたいのは、第十條の第二項において経営委員会の決定事項がいろいろ書いてありますが、その五号に「その他経営委員会が特に必要と認めた事項」とあります。これをお入れになつ
そこで私は第十條第二項の第五号で、執行機関である総裁、副総裁が不適任であるという決議を、この経営委員会がやられるかということですが、やる場合を予想してこの第五号というものができたのか、これを許すのかということであります。
大臣のおつしやつたように、初めは政府がずいぶん心配して、うまく行くように両方考えられて、国会に推薦なさるでしよう。しかし、動いておる人間の心、人間の姿ですから、いつ争いができないとも限らない。仲が悪くなつて、経営上の意見が衝突した場合にどうなりますか。どこで、どう処置なさいますか。あなたはそうなると、二十何條の罷免権を行使するとおつしやるでしよう、そういうことでこれを片づけるということですか。
第十五條の二号の「職務上の義務違反があるとき。」このことは執行機関である総裁、副総裁が、経営委員会の意思決定の通り仕事しなかつた場合には、ここの義務違反があるときになるでしようね。そういう趣旨でありましようね。
日本電信電話公社法案に ついてまずお伺いいたします。国営より公社の経営に移つて参らなければならない理由についてお伺いいたしまして、その理由を明らかにいたしておきたいと存じます。わが国における電信電話の事業は、創業以来国営で今日に及びましたが、国営としての経験は四分の三世紀にも及んでおります。その間には一つの業風が生れ出てあつたことと存ずるのであります。なるほど経営が官僚的であるという非難もありましたけれども、長い間従業員諸君の堅実なやり方に対しては、やはり世の中はこれを非難するもののみではなく、むしろ称賛しておつたと思うのであります。それを捨てて公社に移つて行くにつきましては、相当重要な御決心を当局がなされたことであろうと思う。
そこで政府が財政上の制約、国策の制約を受けて、資金を国営においては豊富ならしめることができなかつたと承るのでありますが、しかしそういう制度を改善して、資金を持つて来るような方法を、何か考えられて努力したのでありますか。特別会計になりまして以後は、そういう趣旨で特別会計になつたと承つておるのでありますが、そうであるならば、その制約があつても、その制約をできるだけ排除して、資金導入のために逓信御当局がどのような努力をせられたか、どうしても不可能であるかということをお聞きしたい。国営であれば資金収集が絶対不可能であるか、私はそうは思わないのであります。
ある時代にある政府が、一つの財政計画とか、経済計画を立てて、電気通信事業への資金を出さないとしても、今現在の政府が、この電気通信事業の重要性を認めて、国民とこの電気通信事業とが密接したものである、一国の経済とか、産業とか、一切の文化が、これを基礎として進められるものである、さらにこの通信事業によつて生産費も安くなるものである、こういう認識に立てば、政府が政策をかえることができるのではないか。そういう政策をかえ得るならば、公社にせずとも、資金というものは入つて来るところの道があると思う。その努力をしないで、公社というものに持つて来る理由というものがわからない。それではさらに進んでお尋ねいたします。公社になつたならば、言うところの資金が