そうなるとまた困つて参ります。今言つた公益事業委員会は、最後決定権がないようでありますから、ない場合はないわけですが、もし決定権がある場合は、政治上の問題となるのですか。
そうなるとまた困つて参ります。今言つた公益事業委員会は、最後決定権がないようでありますから、ない場合はないわけですが、もし決定権がある場合は、政治上の問題となるのですか。
今委員長の求められたことは、非常に適切と思いますが、そのとき政府の方ではいろいろな具体的な例を想像されることができると思いますが、われわれ国民にわからせるためには、こういう場合はよし、こういう場合はよしということを、ひとつ参考のために例示をしていただきたいと希望しておきます。 ところで進みまして、第三條の二項であります。団体が定義されてあります。了解いたしました。これも例によつてちよつと聞きたいのでありますが、ここに言う団体にはこういう場合は入りましようか。 〔委員長退席、鍛冶委員長代理着席〕 私の家族は十三人であります。何とかして生きて行きたいという共同の目的をもつて、なるたけよく生きたいという共同の目的をもつて、
そういたしますと、この団体には、特定共同目的を達成するため多数人の継続的結合体であつても、入らないものがある、こういうわけですね。入らざる結合体はどれどれですか。
市町村は入らないというが、それであつたら、もう一つ、入らなかつたならば、何ゆえにこの第二項のきめ方を、かくかくの結合体は、本法において団体とは言わないということを明示してくれなかつたのか。これは全部本法においてはと言つているのでありますから、全部一定目的が——ここでは特定と言つていますが、特定共同目的があるところの継続的結合体は、全都団体と見る、こういうことですね。除外すべきものが、血族団体あり、町村団体あり、あとはどうなるのですか、あとの公共団体は。そこでやつぱり私はこう思う。この法をこしらえても、ずいぶん除外する団体が出て来る。除外して行つて、最後に残るものは一つか二つなんです。ちよつとお伺いいたしますが、ここで何ゆえにこういう
準ずる団体というのはどういうことになるのでありましようか。
もう一度念を押しておきます。そうすると何ですか、国家権力の作用に関係ある団体は、全部除外ということになりますか。
国家権力の作用をつかさどつて行くことに幾らかでも関係のある団体——わかりますまいか。
そうなりますと、元こういう組合がありました。産婆組合というものがありましたね。そういう法人があつた。それは公法上の一つの法人であつたのです。こういうものは入つて来ますね。
そこで今度第四條の団体活動の概念を明らかにしておきたい、お聞きしたいと存じます。御説明によりますと、団体の意思決定に基いて役職員、構成員が活動するときだという御説明を受けておるのであります。そこで意思決定に基く、この場合民法上の法人が、その法に定むるところによつて、その法人の意思決定がなされると思いますが、それはその意思決定が、その場合にのみ意思決定ありとせられるものでありますか。
で、法人の場合は、これは問題はなくなつて来ます。きつと意思決定機関がきまつておりますから、法律的にもしくは法から生れて参りました定款によつて意思決定機関が決定しておるのでありますから、それによつて決定せられなければ、法人意思決定があるとも思われない、こういうことになるからわかります。今度は非法人の場合であります。この場合には、たとえば組合というものが予定されます。組合はこの場合は組合規約の定めるところによつて決定されるものと見てよろしゆうございますか。
法人の場合は意思決定とみなすべきものが法律的にきまつておるのですから、問題ないと思うのです。
その点法人の場合は本案には遠くなりますから、法人が破壞活動を暴力に訴えるという決議なんかは大体あり得ないからいいとしても、この場合はどうなりますか、人数が集まつて組合みたいなものがあり、いろいろな団体が入つて来る、これを決定がなされたと本法で見られる場合、構成員が集まつてこれを決定したという場合であります。
これは犯罪の構成に関連するのでありますから、もう少し念を入れたいと思うのです。ある人の、どういう団体でも、結合体があつたといたします。十人であるといたします。そこには独裁者がなかつた。一切の行動は会議によつてきめて行こうという申合せないし慣行があつた。規約がなくても慣行があつた。その場合十人集まらずして四人集まつて決定した場合いかん。六人集まつた場合いかん。それに参加せざる人の責任はいかん。
先ほど申しましたように、会合によつて、集合によつて決定しようということになつております。その場合多数決でやるという申合せがあれば、四人の場合はきまらないが、六人の場合は意思決定を見る、こう見るわけですね。
結局その結合体の意思決定機関がどうかという定めに従う。こう聞いておればよいわけですね。
客観的にという見方をもつて来ると、常に非常に範囲が広くなるのでありますが、私の言うのは、その団体が意思決定の方法を決定しておるならば、その方法によらないものは意思決定と見ないのか。あり得ないではないか。
その他の場合というのは、どういう場合を予想されますか。
結局その団体が、こうしなければ団体意思が決定されたものと見ない、いわゆる団体の意思決定の方法が決定されてあるならば、それにのつとらなければその団体の意思決定があつたと見られないではないか、こう見るべきではないか、本法もこう見てしかるべきではないかということをお聞きしたい。
どうも広く広くこれを拡張なさろうとするようにばかり聞えるのでありますか、こうなりませんか。団体活動、これは何を目的としてもよい、破壞活動でもよければ、もうけ方でもよろしい。何を目的としてもよい。とにかくその団体の活動の意思の決定があつたということで、その団体がこの方法によつて意思決定をやるのだという方法によらなければならないのであります。構成員が知らないのであります、その団体が、その意思決定の方法によらなければ意思が決定されないのであるから、その団体が決定しておつた意思決定の方法によつて決定しなければ——少しくどくなりますが、団体意思が決定されたと見られない、ではないか。その通りではありませんか。
そこでこの法律が危險だと思われるのであります。ほかの方法で決定されるというのは、どういうことでしようか。そういうことはどうも現われて来ません。