鍛冶さんのおつしやることは私もよくわかるのですが、しかしそこはやはり意見の相違ということになるかと思うのであります。市民生活がそこに移つたのだということがはつきりしておるならば、そこでよろしいというお考えなのでしようが、しかし、考え方が根本的に――学生の市民生活の中心は郷里にある、こう原則的に言う判断と、修学地にあるという判断とは、やはり違うと思うのです。一般的に学生の生活の本拠はどこにあるかと考えたときの考え方が、政府の答弁では、――これはわれわれの解釈もそれと同じなのですが、学生の市民生活の本拠というものは修学地にあるのだ、学生というものの生活実態から考えて、原則的にはそれは修学地にあるのだ、しかし具体的な一々の例な引くとそうで
