お答えをいたします。 私ども公明党は、党大会によって、その出席した代議員の選挙によって党首を選ぶことになっております。 以上です。
お答えをいたします。 私ども公明党は、党大会によって、その出席した代議員の選挙によって党首を選ぶことになっております。 以上です。
お答えいたします。 投票によって決めることになっております。さらにまた、党大会におきましては、委員長、書記長、それから副委員長、さらに中執、これを選出することになっておりまして、原則は投票によって決定をするわけでございます。 ただ、中執で推薦をしたそういった役員候補につきましては代議員の賛成を得て決定できることが党規約に明確にいたしております。 以上です。
当然ございます。
お答えをいたします。 私が委員長に選出をされました経過は、前任者の急速辞任という状況がございまして、その後党内のいろいろな機関で討議をして、そして中執において候補として決定をいたしまして、そして大会において選挙で選ばれたのでございます。
そのとき対立候補はございませんでした。
そのときは投票で行われたと記憶しております。
そのときの状況を思い起こしてみますと、委員長候補、それから副委員長候補、書記長候補……
はい。 そういうようなことでございますので、出席した代議員の投票によったものでございます。
私の方ではそういう規約でやっております。
私が委員長になりましたときは、先ほど申し上げましたように、党のいろんな機関で討議をしていただきまして、最終的には候補として中執で決めていただいたものでございます。したがいまして、それは候補の段階でございますから、大会で委員長を選出しなければなりません。そういった意味で投票があったわけでございますが、それは信任投票の意味を持つものと思います。
ちょっとそのときの代議員の数を定かには覚えておりませんが、五百名を少し超えたところと思います。
お答えをいたします。 前任者が急速辞任を申し出た状況の中でございましたから、当然中執、大会までの間にはいろんな党内のそういっただれを委員長にすべきかという議論はございました。中執は平成元年の五月の十九日かと思いますので、その前段の各紙の報道を見ていただければおわかりいただけると存じます。
大会での選挙時点においては対立候補はありませんでした。
お答えいたします。 そのとおりでございます。
私が選任されるまでの間に何回か委員長のあれはございました。定かに覚えておるのは竹入さん、矢野さんの時代でございますけれども、それぞれ投票は行われましたけれども、対立候補はなかったと思います。
そのとおりでございます。
お答えいたします。 私は政党の責任者でございますので、そういった問題についてお答えをする立場にはないと存じます。
お答えをいたします。 私は創価学会の会員でございます。
お答えをいたします。 今読まれた文章だけでは内容がよくわかりませんけれども、矢野さんは少なくとも公明党委員長でありましたし、またその委員長当時、政教分離は明確に守られているということを繰り返し主張しておられた方でございます。そういった意味におきまして、それだけの文章ではちょっと真意がわかりかねるところでございます。 以上です。
お答えいたします。 それだけの文章では一体何を指しているのか、ちょっと把握しかねるところでございます。