いろいろの計算のしかたがございますが、一応結論といたしましては昭和五十年代の末期と、非常に不明確でございますが、大体昭和五十年代の末期というふうな時点だと考えます。
いろいろの計算のしかたがございますが、一応結論といたしましては昭和五十年代の末期と、非常に不明確でございますが、大体昭和五十年代の末期というふうな時点だと考えます。
ただいま先生の御指摘がございまして、また監査報告書でも指摘されております。ちょうど十年たちましたが、いろいろな面からそういう問題を真剣に考えなければならないときだと思うのです。たまたまことしの二月の事故を契機といたしまして、大臣から全面的な監査と申しますか、の命令が出ましたので、非常にそれを、そのチャンスをつかまえまして、全面的な現在再検討と申しますか、再点検と申しますか、それを現在やっている最中で、ほぼ大体終わっております。 多少詳しくなりますが、ちょっとこまかくなりますが、少し具体的に——車両でございますが、車両は昭和三十九年につくりましたものがちょうど十年になります。一応十年が減価償却の時期になっておりますが、現在までに三
現在、新幹線総局におきまして、実際オペレートしながらそれをやっているわけでございますが、ただ、たとえば総点検のときなどは全部本社から関係官を指定いたしまして、そうしてそれらと共同してやらせまして、正式な責任者の報告書を総裁に提出するというふうな形でやっております。いわゆる特別な機関はつくっておりませんが、本社の関係部局の関係者を全部現地に張りつけまして、そうしてそれらから正式の書面による報告をとる、これを私どものほうといたしましては、いずれ大臣に御提出するという、きちっとした形で整えておきたいというふうに考えている次第でございます。
私から総論的に申し上げます。 いわゆる落下物、線路外への飛来物でございますが、これを大きく分けますと、線路関係の品物それから車両関係の品物それから手すりでございますね、いわゆる高欄と申しますが、この三つに大体区別できると思います。このうちの高欄関係、これはコンクリートブロックで手すりがつくってございます。現在遮音板等をつけた防音装置にいたしましたところはその上にあれをしておりますので、新しい防音板を張ったりいたしておりますので、その部分はもう心配ございませんが、コンクリートブロックの高欄だけのがまだたくさんございます。これらにつきましては、実は相当落下いたします。開業から今日までの間に十六件、高欄コンクリートブロックが下へ落ちて
確かに高欄のブロックは設計上の際に、あのままでいいというつもりでつくったんだと思います。現在、高欄ブロックは全体で百四キロございますが、そのうちで、いま先生の御指摘のように、取りかえなきゃいけないとか、あるいは落ちる危険性のあるという個所は七十七キロでございます。これは場所によって違いますが、実は大阪付近が一番多いんでございますが、大阪付近が約五十キロございます。これは重点的に金を入れまして、いま五億ぐらいの予算を計上いたしておりますか、なるべく早く——そうむずかしい工事じゃございませんのでやってまいりたいと思います。全体として七億四千万でございますが、そのうちすでに四十八、四十九で一億四千万ぐらい使いました。しかしまだキロ当たり約
先ほど先生のおっしゃいましたとおり、必ずしもこういう報告は全部私どものほうに上がっているということは申し上げられないと思います。したがって極力、こまかい点につきましても、いやしくも人家に御迷惑をかけたようなことについては必ず報告を求める、そして、それに対して補償をすみやかに申し上げるという体制を整えなければいけない。現在までの経過から申しますと、高欄の関係でもって約九万円、それからほかの一般の線路外被害でもって約五十万円の金を払っておりますが、これの多寡は別といたしましても、やはり陣容を早く整えるということが一番大事だというふうに考えております。昔、蒸気時代にはよく沿線火災と申しまして、石炭の燃えがらでずいぶん火事を実は起こしたこと
確かに忙しいときになりますと、無理して車を動かしているのじゃないかというふうな御疑問があると思いますが、この点は私どもの生命でございますので、やはり車の整備のできてないようなものはもう絶対に動かさないというたてまえでやらしております。しかし先生の御忠告、確かにそういうことがないと断言できるかどうかは別といたしますので、十分検討してまいりたいと存じます。
確かに現在の新幹線の運営組織が、東京から岡山まで一本で新幹線総局というところでやらしておりますので、やはり縦割り的な仕事になりますので、どうしても縦同士の連絡がよくないということは、先生の御指摘の点が確かにあると思います。したがって、組合問題は一応除きまして、私どものプロパーの仕事をする体制から申しましても、いまの御指摘のような相互の連絡が絶対必要でございます。したがって、新幹線総局そのものの組織の問題も実はいま検討いたしております。今後博多まで延びたときに、いまのような組織でやれるかどうかという問題もございますので、それらと一緒にいたしまして、十分検討してまいりたいというふうに考えております。
非常に国鉄では新しい危険物を方々から輸送をお頼まれいたします。したがって私のほうもなかなか全部化学的知識がございませんので、私のほうの中に、実はもう三年前になりますか、化成品等の輸送調査会というものをつくっております。これは日本の学界のこういう方面の最高権威者並びに消防庁、通産省、科学技術庁等のほんとうの専門の方々にお集まり願いまして、ほとんど鉄道で輸送している危険品は——あらゆる日本じゅうの危険品は全部うちに来ているというふうに思いますので、ことに一番心配なのは新製品でございます。なかなか知識がございませんでわかりませんので、一時、三年ほど前にやはり国会で御指摘を受けまして、ことに新しい危険品というものはなかなか的確に把握できない
従来あまり危険物というものはカテゴリーがきまっておりません。最近非常に新しいものが出てまいりましたので、先生の御指摘のとおり、輸送の方法にしましても、設備にいたしましても、あるいはそれを取り扱う職員の問題にいたしましても、いろいろ問題がございます。十分関係各方面の意見を聞いた上で、この問題をどういうふうに組織的にやっていくか考えさしていただきたいと思います。
いま大綱は大臣がおっしゃいましたので特に申し上げませんが、やはり私どもといたしましては、旅客面でも貨物面でもとにかくよくなったなと、変わったなということは認識していただく程度のことはしなきゃいけないというふうにはっきり思っております。ただ通勤輸送などにつきましては、相当昭和四十年以来やっておりますが、やはりお客さんの伸びが多くて、なかなか目に見えてこないのは残念でございますが、しかし全体から申しますれば、やはり金をかけてやっただけのことがあるというふうに国民から言っていただくようなことはぜひやりたいというふうに考えております。
たとえば同じ遠距離でも鹿児島−長崎になりますと、一応今度新幹線ができますが、やはり日本海側あるいは北海道などにつきましては、お説のように何もいいことないじゃないかというふうな御批判が出てはいけないというふうに思います。したがって、まずその地方地方のローカル輸送を充実させることはもちろんでございますが、やはり新幹線のできたところまで早く行けるという、たとえば釧路からでも、稚内からでも、とにかく札幌まで早く着けるということをすることによりまして新幹線を利用していただく。あるいはその地域地域の通勤輸送、ローカル輸送についてもできるだけの輸送改善をしていくというふうな方法によりまして、新幹線の及ばないところについてもできるだけのサービスをし
これは第三次長期計画をやりますときに、非常にその御議論が出まして、あのときは一番東京付近に金を入れたときでございますが、いわゆる五方面作戦と称しまして、東海道線、中央線、東北線、常盤線、総武線と、東京に入ってまいります五つの放射線を全部複々線にするということを計画にあげたわけでございます。そして、現在までにできましたのは、東海道を除きましては一応全線ともできた。したがって、あのときはいわゆる五方面作戦ということで、五年以内にこうなりますということをはっきり申し上げた。また現実に、そのうちの東海道以外は大体できてしまったということになるわけです。 いま、これから先になりますと、東京につきましては、もうわれわれのいまの放射線をこれ以
私のほうでも、最近やっと身体障害者に対することはだいぶ手が届いてきたように思います。たとえば身障者の便所の問題とか、あるいは車の設計を車いすのまま入れるようにするとか、あるいは目の悪い方々に対して高田馬場とか特殊の駅を指定いたしまして、そうしてホームのラインをつくるとか、多少そちらに心が回るような、サービスのまだまだはしりみたいなものでございますが、やっと始めたわけでございますが、まだ老人にまで至っておりません。まあ無料の問題もございますが、八百万人おられるそうでございますので、とても——財政上の問題もございますが、ただこれも新聞に多少からかわれぎみで書かれましたけれども、八月一ぱいで婦人子供専用車をやめまして、そうして九月十五日か
中央線も大体九十段ぐらいの階段がございますので、やはりこれはエスカレーターをつくらなければいけないというふうに思っておりますが、この間やっと東京の新幹線のホームにつくりましたが、通勤地帯につきましても、できるだけエスカレーター等の設備をしてまいりたいというふうに思っております。
さようでございます。
それは一つございます。それはやはり早く新幹線をつくることだと思います。ことしのお盆を見ましても、東海道の込み方と東北、上越の込み方と全然違います。東海道はちょっと待ってさえいただければ必ずすわれるという状況で、子供を連れましてもわりあいに楽にみんな家族も帰っておられます。東北、上越は、現在のようにあの多数のお客さんが出られたのでは、いまの輸送力ではほんとうに一ぱいでございます。しかし、かといってそれを日をならすこともなかなか皆さんできないということになれば、やはり根本的には輸送力をふやすということが第一だと存じます。したがって、いま車などで帰られる方がおりますけれども、やはり東海道並みの旅行をぜひ東北、上越の方にもしていただきたいと
ただいま大臣のおっしゃったとおりでございますが、私どもちょうど昭和二十四年に運輸省から国鉄になりましたときに、公共企業体とは何ぞやという議論をずいぶんいたしました。結局、必ずしも正確な知識は得られませんでしたが、目的はあくまでも公共事業にある。しかし、その方法においては従来の官僚的なやり方でなくて、あくまでも能率的な民間企業的な運営をすべきであるということで、目的は公共事業であり、公共の福祉である、しかし方向はあくまでも能率第一だというふうなことが公共企業体としてのやり方じゃないかというふうに結論づけて、これをつくったということになったと思います。
ただいまの大臣のおっしゃったことを若干補足さしていただきます。 多少自己弁護みたいになってお聞き苦しいかとは存じますが、いま大臣がおっしゃったような中で、やはり独占性の喪失ということ、これは逆に申しますと、独占性があった昭和三十八年まではとにもかくにも黒字だったということは、やはり電電公社——専売は別といたしまして、電電と比較いたしまして非常にハンディキャップがあったんだというように考えます。その次に人員構成の問題がある。人の構成でございます。これは私のほうは実は戦争中の入営、応召でいわゆる兵隊さんに行っておったのが二十一万人おった。これが終戦後昭和二十年から二十五までの間に十九万人帰ってまいりまして、これは全部うちへ採用してお
確かにいまの国鉄の財政再建だけを考えれば、もう赤字の部分は全部切ってしまう、そして、もうかるところだけを残す、これは一般の民間企業で一番やる財政再建策で、それは私は簡単だと思います。しかし、それがなかなか切れない、商売になってない面も全部維持しなければならないというところに非常に問題があるわけですが、それを切り捨てないでもって新しい体質に変えていくということで、十年間で何とか生き延びていきたいというのが今度のやり方でございます。私も簡単にできるとは思っておりません。非常にむずかしいと思っております。いろんな状況から見まして、なまやさしいことではないと思っておりますが、やはり企業として縮小再生産してはいけない、あくまで拡大再生産をすべ