私に対する質問は、検察当局の捜査の結果、それから、これからの見通し等について、ただそれだけを述べるのか、法務大臣としての見解が加わるのかということ。 全然加わらぬわけでもないし、一々検察当局の経過の報告に対し価値判断をして報告をするということもいたしませんし、そういうことでございます。 〔委員長退席、松永委員長代理着席〕
私に対する質問は、検察当局の捜査の結果、それから、これからの見通し等について、ただそれだけを述べるのか、法務大臣としての見解が加わるのかということ。 全然加わらぬわけでもないし、一々検察当局の経過の報告に対し価値判断をして報告をするということもいたしませんし、そういうことでございます。 〔委員長退席、松永委員長代理着席〕
御質問の点はまことに重大なことであります。お尋ねでありますから、私の所見を申し上げておきたいと思います。 時の権力者によって行われるこの種の犯罪事件は、その端緒を得ることが非常にむずかしいんです。また、その捜査関係人の協力を得ることもむずかしいことはお認め願えると思うのですが、検察当局はその真相を究明する上で克服しなければならない多くの障害が存するようでございます。それは御指摘のとおりです。しかしながら、法治国家において、法秩序の維持を責務とする法務、検察当局にとって、この種の事件を外国の端緒によって初めてなし得るのであって、そうでなければ拱手傍観せざるを得ないなどということでは、断じてあっちゃいかぬと思うのでございまして、今後
いまの段階で具体的にこうした方がいい、ああした方がいいという私見を申し上げるだけの力はありません。それだけの力はありませんが、よく連絡をとってこういうことにならないように——まあ、あなたのおっしゃるとおり、アメリカのチャーチ委員会のああいう材料が出てこなければ、表に出なかったんではないかという、そういう心配はどうも公平に言って私も持ちますな。ですから、そこをどう直すべきかは重大な問題で、すぐ質問されたから、あっと言って、こういうわけのものではない。
捜査が終了した暁に——フォード大統領の返事がありますから、それにはいろいろな理由を挙げて秘密にしてくれとなっている、その理由が意味がなくなったときには可能性がある、こういうことで申し上げました。
それはこちらの立場から言えば、児玉ルートについては刑事責任があるものはこれ、こういうことが解明できれば、法務、検察当局としては事態の解明ができた、こう申していいと思います。
ロッキード事件の全貌ということですね。全貌という中には、単に、刑事責任を追及された者はこれでございます。あとは知りませんというのでは、またこういう事件を繰り返すおそれもこれあり、昼前のあれにも関係しますが、やはり法務、検察当局は政治的道義的責任を追及される国会の権限を尊重し、それに協力をすべき立場にある。政府はどうかというと、そういう国会の信頼の上になければならぬ政府ですから、議院内閣制の政府ですから、その国会の政治的道義的責任の追及に協力をしていくことは当然で、そして刑事責任はこれこれここまで、政治的道義的責任は国会がお決めになってこれこれと、こうやって政府と国会と両々相まって事件の全貌について国民の知る権利にこたえる、こういう姿
わかりやすく申しますと、いまはやる意思はありません。いまはですよ。全日空、丸紅ルートの刑事責任の追及は終わったという段階でも、政治責任、道義責任はどうなるのか、これから国会がおやりになるわけですから、それに対して内部的に御協力は申し上げますけれども、それらの資料を全部この段階で政府が公表するというわけにはいかないのです、司法取り決めもこれあり。ですから、両方ともこの捜査が終わって、オランダみたいに捜査が終わって、そして協議に入るということは、国民の知る権利にこたえていく上において協議に入って、なるべく知らしてあげるということは民主政治のいい点でしょうな。民をして知らしむべし、よらしむべからずという根本精神でございますからな。
そういうわけにいかないのですよ。それは総理の親書に対するフォード大統領の返事には、理由を挙げて、こうこうこういう理由があるから秘密にしてくれ、人権とか捜査の−日米双方で捜査しているわけですから、こっちだけが捜査しているんじゃないんですよ。向こうでもロッキード社とかいろいろなことを捜査しているのです、こういうことが起こらないように。それが終了するまでは、やはり個人の人権にも関することであると同時に、捜査がうまくいかない、うまくいかなければ、国民の本当の知る権利には、うやむやになってこたえられない。こういうことになって、知らせるのが親切であるがごときだけれども、あだになって本当の究明はできなくて知らされなかった、こういう結果になってはい
それは納得しないのが悪いんで、それはそうですよ。それは、こっちがいまこの段階で公表しますよなんという協議に入ることは間違っていると私、思っているのです。いまは鋭意捜査をして、そうしてあの高い険しい児玉山も皆明らかにしてやろうとしておる途中で、これに関連のある山脈ですからな、丸紅といえども、全日空といえども。そういうものの刑事責任を追及しない不起訴の者までも、向こうの資料に載ってますからこうでございます。そんなことの交渉に入ったら、捜査に熱心でない者のすることだ、それは。
一時に両方の捜査が終わった段階では、フォード大統領の返書に書いてある秘密、その理由はこうだ、その理由がなくなったときにはこれは解除されるのじゃなかろうかと判断をして、一方的に公表してもいいようなものだけれども、その解釈が間違っているといかぬから、こういう理由で秘密にせいというこれこれの理由は、もう捜査が両方とも終わりましたからどうでございましょうというくらいの断りは言うてから、日米合意の上、公表されるのが国際的な礼儀でもあるし、そういうこともあるいは将来は可能かとも思いますけれども、現在は、捜査をやっているのにそれに支障になるような公表の交渉をする意思は全然ありません。そしてその方が正しいと私らは思っている。
その資料の中には刑事責任を追及しない者もあるわけですね。つまり、検察感覚からいえば、法務感覚からいえば、シロという者をみずから公表するのはしない。しかし、国会は政治的道義的責任を追及する場として一生懸命にそれをやれとおっしゃるから、そうしてそういう議長裁定には政府も拘束されますから、その辺は御協力を申し上げるという拘束ですよ。だから、内部的にいろいろお手伝いは申し上げますけれども、みずからの力で不起訴になった者を公表する、そういう資料にあるからといってそんなものを公表したら、それは検察の越権だな。
時期尚早である。
それはいいです。そのとおりだから、事実だから、そうですね。
二月二十三日のそういう国会決議、それを尊重しないなどという政府があってたまるものじゃない。だから、大いに尊重して総理大臣は親書をやったのです。そうしたら、アメリカの大統領から返事が来て、捜査に妨げになったりしちゃ真相の究明にお互いに困るから、それから、将来刑事責任を追及されるかどうかもわからぬ不確定な、捜査の結果シロになるような人の名前もあらかじめ発表するというようなことは大変に人権の侵害にもなるから、そういうことのないようにするためには秘密取り扱いにしてもらいたい、こういうことを言うてきた。それを見て合理性があると政府は判断をして、そして閣議で決定して、こういう条件でもいいから捜査の便宜のためには資料をもらおうじゃないかということ
一応聞こえはいいですけれども、そういうわけにはまいりません。そして、あなたがそう言われるのは、要するに、国会が政治的道義的責任の追及の権限を円滑に行使する便宜のために役立つから求められるのですから、それだけの役立つ資料の提供は日本の捜査当局の持っている資料で、アメリカの資料の余りでなくても、こっちの捜査の結果の資料で十分に御協力申し上げ得るのではないか、あなたの目的は達せられるのではないかと思うものですから、いまこの段階でアメリカの資料を公表するぞという再交渉はする意思はございませんのです。
その親書をお出しになるとき、わしもそういうことを聞いたんです。これは政治的な意味でそうお書きになるのはいいかもしれませんけれども、総理、幾ら何でも捜査の資料を、捜査の真っ初めから全部国会に出して、公開捜査みたいなことをやるわけにはまいりませんぞ、こう申しましたら、そんなことは捜査のイロハじゃありませんか、だからそんなことは当然ですよ。こういう考えでお出しになっている親書ですよ。そういうことなんです。だから、そんなことは、捜査の資料を公開なんというつもりで全部やっているんじゃないんです。それはだから、そういう点については総理大臣の説明の言葉が足りなかったということはあるけれども、真意はそういうことです。
真相究明、すなわち捜査に支障のない限り、捜査に妨げない限り、そんなことは捜査のイロハ、常識ですよ、こう言われたのを私は覚えている。
国民をだますようなことになっちゃいかぬから慎重にいこうじゃないですかと、こういう話はしました。けれども、これは結局アメリカから返事が来るでしょうから、そのときに明らかになるでしょうからということで、案の定アメリカからはああいう条件がついてきて、これを内閣で受け入れたということは、そういうことです。
全然違わないです、全然違わない。私の言っているのは、捜査というものは、終了するまでは手のうちは見せないものだ、それはそうじゃいですか。そうでしょうが。それをあなた、アメリカからの資料を、捜査に妨げがあろうが何であろうが全部公開するとは書いてないんだ。できるだけ差しつかえない範囲においては公開する、こういうことだけであって、捜査に妨げがあろうが何であろうがみんな出すんですよという親書ではないことは確かです。
そんなことはお聞きにならなくてもわかっているじゃないですか。