そのような世論調査の報道とかは私も承知しております。
そのような世論調査の報道とかは私も承知しております。
私と高沢先生と基本的な相違は、私は暴力団の介入によって内閣総理大臣になったという問題意識は持っておりません。全く別次元の問題であると思っております。したがって、この問題については国会の場をかり、私が真相を解明していくことが私に課せられた使命であろうというふうに思っております。 それから、人間としておまえはというお話もございました。私も人の道は心得ておるつもりでございます。 なお、青木君に対して弔意を表していただきましたことは、お礼を申し上げます。
高沢さんの御意見は御意見として私も承らしていただきました。 私自身は、日本国の総理大臣が暴力団の介在によってできた、そういうことを認めるような結果になることだけはどうしても避けなければならぬ、このように思っております。
この平和相互銀行の問題について事情聴取を詳しく受けておったという事情は承知しておりません。(草川委員「おりません」と呼ぶ)はい。
豊田一夫さんというお方は、随分前に、青年運動をしておる当時にお会いしたことがあったと思います。
馬毛島事件というものは、私、不敏にして存じておりませんし、豊田さんからそのようなことがあったとは思っておりません。
その画廊の方というのも金びょうぶの話も、本当はこれだけは、私、参議院で指摘を受けまして、総理大臣のときでございます、やめてからも随分調べてみましたが、これはついにその事実を明らかにすることは私もできませんでした。
二人の間に条件というものはございませんでした。
まず、私が指名を受けましたのは十九日で、指名に三人の候補者が同意したのが十八日でございます。したがって、その間に条件があろうはずがないというふうに思っておりますし、平和研につきましても全く条件等ではございません。
私はあのときが初めてというぐらいな気持ちでございましたが、あるいはその前に会ったことが、パーティー等ございますし、あるかもしらぬ。したがって、大変そのときは新しい関係であったということでございます。
六十二年十月五日の会合には、もとよりその話は出ておりません。
大変丁寧な言葉でおっしゃいました、ごあいさつに行ってほしいという意味のことを。したがって、そういうような具体的な話はございませんでした。だれが介在してどうかというようなことは、ありませんでした。
丁寧な言葉と申しましたのは、めったに会わない人だから丁寧な言葉でお話しなすったというふうに私は受けとめたわけでございます。したがって、そういう、今のような筋書きで説得を受けたという感じはございません。
出なかったと思っております。
記憶にないというと何かイメージが一つの言葉にございますものですから、きょう使わないでおこうと思いましたが、記憶にございません。
全く、私がこんないい字書くはずがないと思っております。
それも記憶にございません。だれが金を払ったかという記憶はちょっと今調べてみなきやわかりませんが、別の会合におったことは事実でございます。そこからこのお呼びがありまして、いわば我々の言葉で言います飛び込み日程であったことは事実でございます。
青木伊平君もおったというふうに言われれば、そうではなかったかというふうに思います。ただ、二十九日の日ではどうもないという感じがしております。
最初からあった会合が大きな部屋であったような気がいたしますが、いずれにせよ、そのどの部屋であったかという記憶はございません。 それから、前にも申しましたが、私は、必ずテーブルのあるところでは両手をついてごあいさつするというのが私の習性になっております。
そのようなノンバンクの存在も、実は今知っておりませんので、そういう事実は全くございません。