運転者の業務上の注意ということになりますと、どうなりますか。一般の注意義務以上のものが要求せられるということになると思うのでありまするが、その程度はどういうことになりますか。
運転者の業務上の注意ということになりますと、どうなりますか。一般の注意義務以上のものが要求せられるということになると思うのでありまするが、その程度はどういうことになりますか。
ただいまのいわゆる業務上は、運転者の場合、運転することが自分の職業であり、ある会社、ある運送会社に雇われてトラックなりその他の車を運転するという業務上仕事に従事するという場合と、自分の車をレジャーで運転して遊びに行くという場合とでは、いずれもこれは業務上になるのか、それともあとの場合は業務上じゃなくなるのか、それはいかがでございますか。
業務上ということは、かなり普通の業務上より広範に解釈せられているわけでありますが、私が申し上げた最後の例、すなわち免許を有しもしくは無免許でレジャーにたまに運転して、継続的にそれが行なわれていないというときには、いまの御説明ではこれは業務にはならないような感じがいたします。かといって、これは自動車の運転をするのでありますから、普通の場合よりもはるかに重要な注意義務をたとえ一回の運転であろうとも払わなければならぬという点は、業務としてしょっちゅう自動車を運転しているのと、対外的、社会的には変わりはない。そうなりますと、いまの解釈では、どうも業務上の過失死傷になるかどうか疑わしくなってくるような説明にとれるのでありますが、この刑法の規定
そういう解釈になると重過失にならない。普通の業務上でなければ、この程度のことはやむを得ないということで、問題が起こった場合には、業務上ならば注意義務として必要だ、業務上でなければ、その程度までの注意は要らないということで、事故が起きたというときには、どうもこれは適用すべき法律がなくなる。そういうふうに感じられますが、いかがでしょう。運転そのものを一つの業務と見ないと、これはどうも、たまたまいままで運転免許も持たず、きわめてまれに無免許で突然自動車を運転して、そういう場合に非常に事故が起こりやすいのですが、そういうものはある場合には罰に問われないで過ごしてしまわれる、こういうことになりはしませんか。どうでございましょう。
そうしますと、過失そのもの、いわゆる注意義務を十分果たしたかいなかという過失ではなくて、その前に、そのような運転免許もなし、十分の運転技量もない、事故も起こりやすいという条件を知りながらやったということで重過失になる、こういうことになりますね。刑法二百九条もしくは十条の過失致死もしくは過失傷害、業務上ではない。この規定の解釈について、過失の程度は、業務上ではなくて、運転のやり方について過失は軽微であるが、しかしながら運転免許も持たない未熟であるという認識が重過失だ、こういうことからおっしゃるような解釈が出てきますか。
次に、今度の改正法では、いままでの三年以下の禁錮を、五年以下の懲役または禁錮というふうに刑を引き上げることになりますが、従来の判決の実例では、ひき逃げして殺したというような事件でも、半年ないしは一年の判例などが多かったと思う。最近はだんだん重くなってきているが……。だとすれば、従来の三年以下の禁錮というのでも、実際問題として検察官が求刑を引き上げれば、特に五年に延ばさなくても実効はあがるんじゃないかというような気もいたしますが、この点いかがでございますか。ただ、こういう事故は最近非常に激増をしておるし、一般の社会の特別な関心を呼び起こし、精神的にこれを非常に重視するという考えで五年に引き上げたのであるかどうか、どうしても五年に引き上
次に、刑法の第百二十九条に過失往来危険の罪がありますが、これはこの業務上の過失致死傷事件の従来の規定と同じように、三年以下の禁錮、罰金ということになっておるのでございますが、今度業務上の過失致死傷を五年の懲役、禁錮に引き上げますと、従来の刑法の百二十九条の過失往来危険の罪とのバランスが非常に破られる不当な結果を生ずるのではないかという気もいたしますが、これについてはいかがでございましょう。
この過失往来危険の罪の中に、もしこれに人が乗っておって、それを認識してこういう事故を起こせばどういうことになりますか。たまたまからの汽車や電車だと思って、それが過失致死傷事件というようなものを起こした場合には、これはどうなりますか。
今回の二百十一条の改正の規定は、大体悪質な街頭における自動車運転に基づく事犯に対して適用する、これが主眼であろう、こう思うのでありまするが、そうだとすれば、自動車運転事故に対する特別法によって現在の事態に対処するほうが適当ではないか。刑法そのものを改正して、それといろいろな他の規定とのバランスの問題もありますし、それよりも、自動車運転による過失致死傷事件というものに対しては、特別法によって、それで規制していったほうがかえってよろしいのではないか。刑法の全面改正でもやる場合に、バランスをとって、きわめて合理的な改正をやるほうがむしろ筋が通るように思うのですが、この自動車事故に対して特別法で対処するということをお考えになったらどうか。
自動車運転者のこうした事故防止のためには、むろん刑罰を重くしてこれを予防するというのが一つの道ではございまするが、現実の問題としては、刑法上の処罰の法定刑の引き上げよりも、むしろ道路交通法百三条による公安委員会その他警察の行政処分を厳重にするほうがはるかに効果的で、こういう事故が起きたときに運転者はまず行政処分のほうを非常に注意しておるのでございます。むしろこのほうで臨むほうが効果が多いのじゃないか、こういうふうに考えられるのですが、この問題について法務省と警察庁の両方の御意見を承りたいのであります。
運転者が事故を起こして、雲をかすみと逃げ去った。もしそのときに直ちに被害者を病院にかつぎ込んだりして出血をとめるなどしたら生きたであるのに、ほったらかして逃げちゃったので出血大量で死んでしまった。こういうことになると、過失殺人になりましょうが、そういう場合には過失じゃなくて、むしろ故意に殺したような結果になるのです。過失傷害致死ではなくて、故意の致死というようなことにならないかどうか。運転者は、そのときに直ちにあらゆる救助の善後措置を講ずる義務があるのではないか、しかしその義務がないとするならば、逃げ込んでも別に故意殺人にはなろない。その義務があって逃げたら、不作為による故意の殺人みたいな形になりますが、それはどうなりますか。
交通事故を防止するために、こうした刑法の改正も必要でありますが、同時に、多くの運転者は雇われて働いておる者が多いわけでありますが、そうした場合に、雇い主に対する監督上の責任を強く負わせることが必要です。業務に従事しておる運転者に絶えず接触して、これを指導しておるのが雇い主でありますので、雇い主に、業務上の交通事故を起こさないように日ごろある程度の監督指導の義務を負わせることが交通事故防止上非常に効果のあることではないか、こう思うのでありますが、現在の法制上どういうようなものがございますか。この雇い主に対する交通事故防止の監督上の責任についてどういう法制がありますか、御説明願いたいと思います。
どうも交通事故に対する行政上の責任を持つ警察がいないので残念なんですが、道交法の百二十三条に「法人の代表者又は法人若しくは人の代理人、使用人その他の従業者が、その法人又は人の業務に関し、」云々とあって、ここに使用者側に対する処罰規定もあるようでありますが、こういう面からの運転者自身に自発的に注意を促すような措置が必要であるとともに、使用者が日ごろ被雇用者を十二分に指導監督をして、交通事故を起こさせない、たとえば国鉄では、毎朝現場では仕事を始める前に一緒に集めて、そして現場の長から訓辞をしたり、あるいは注意を促したり、ラジオ体操をやったりして、一日無事故で過ごしましょうというので、諸般の注意を加えておる。そういうような面から常時使用者
これも警察がいないのではなにですが、自動車運転者の処罰と並行して、運転者のあやまちによる事故によって被害者が重大な損害を受ける、これが救済制度というものについていろいろ考えなければならぬ点があると思いますが、自動車損害賠償保障法等もありますけれども、これらについては何らか今回の自動車事故の厳罰とあわせて、そうして被害者の救済制度に関して何らかの新しい措置をとろうとしておるか、またそうした準備がありますかどうか、そういうような点について政府に施策があれば伺っておきたいと思います。
いま交通事故による罰金は一年にどれくらい収入されておりますか。なるべく新しい資料でお答え願います。
私の聞いておるところでは百五十億くらいの収入があるのではないか、こう聞いておりますが、非常に巨額な金であります。ところが、ただいま刑事局長から御答弁のありましたように、大都市等においては、交通事故防止のために、いろいろな安全設備やあるいは救急車の配置、医療機関の整備、その他非常に地方自治体がいろいろ多額の負担をしておるのでございます。そういう状況下にありまして、各地方自治団体の非常に要望がある。それに対して何らか国でめんどうを見てもらいたい。救急車を用意しただけでも、その費用は自動車の購入費や人件費、それからまたこれは非常に大繁盛、その他非常に交通事故防止のために犠牲を払っておるわけであります。これに対して国家として罰金という財源も
いま大坪政務次官からお話しのように、この点は地方自治体の財政の窮乏からかんがみまして、また、よりよい交通事故防止の施設配慮等につきまして、交通事故をできるだけ未然に防止し得るように、政府においても今後ぜひ御配慮をお願いしたいと思います。 次に、刑法四十五条の併合罪の問題について簡単にお尋ねしますが、確定裁判というものによって犯罪者に大きな感銘力を与えるという趣旨で併合罪の前後を分けて考えられておる現行法四十五条のたてまえであるわけでありますが、改正案によると罰金刑以下であればこんなことは問題でない、こういうことで罰金刑以下の場合の判決というものを非常に軽視しておる。こういうことになるのではないかという心配がございますが、これは法
罰金刑以下の刑を受けた者の一年の数はどれくらいありますか、統計がありますか。そしてそれが禁錮以上の刑に処せられた者との数字の比率についてはどうなっているか。もう一つ、罰金刑を受けた者のうち、道路交通法違反で罰金刑に処せられた者は罰金刑の処断を受けた者の何%くらい含んでいるか、この三つを承りたいと思います。
罰金刑以下の処断を受けた者のうち道路交通法違反のものが九二%も占めるというのは、非常に多くの道路交通法違反がある、こういうことになる。これはなかなか事務的な処理もむずかしい。罰金刑以下の確定判決は併合罪の場合については無視するというと語弊がありますが、そうせざるを得ないのは何か事務的な手続でもあるのでしょうか。いなかではよくわかる。だれがどこで処罰されたかよくわかるが、都会では数が多過ぎるので、事務的にその人間がかつて犯罪を犯してすでに何か確定の判決を受けていやしないかということが十分調査が行き届いていないということになると、数の多いところで起こした事件は軽くなって、いなかなどで数が少なければ厳重な処断を受けるということで、事務的な
公式にはそういう落ち度はないと答弁せざるを得ないでしょうが、現実にはそういうことは罰金刑以下の、感銘力を無視しても処断をしないということになったのじゃないですか、これはどうなんです。これはもっと裁判所の事務が機械化されて、穴でもぽつっとあけるようなことでうまくいけばいいのだが、免許証に書いてあるからいいのだとおっしゃったが、免許証は不利だから、なくしたと言って出さないという場合はわからぬわけです。その点事務処理を完全に行ない得れば、判決というものの権威を認める制度はやはり存置すべきではないか。そのような事務的な理由によって、確定判決の感銘力というものを無視するようなやり方はどうでございましょうか。