これはどうも裁判官を信用しないような形で、その点まずいような気もしますが、しかし、法律上の方針としてこの点がきまれば、手形上の権利というものが相当強くなる点の効果ということも認めるに私もやぶさかではないのであります。 この点はこの程度にいたしまして、しからば手形の信用を一そう確立をするために無担保で仮差し押えさえも認めたほうが一そう効果があるのではないかという意見もあるようであります。これに対する御意見を承りたい。
これはどうも裁判官を信用しないような形で、その点まずいような気もしますが、しかし、法律上の方針としてこの点がきまれば、手形上の権利というものが相当強くなる点の効果ということも認めるに私もやぶさかではないのであります。 この点はこの程度にいたしまして、しからば手形の信用を一そう確立をするために無担保で仮差し押えさえも認めたほうが一そう効果があるのではないかという意見もあるようであります。これに対する御意見を承りたい。
手形上の権利がなかなか商人には実現ができない、取り立てがむずかしいというようなことから暴力団などを使って取り立てをするというような弊害はないかどうか、そういう点について法務省は現状をどう見ているか。また、そういう弊害があるならば、これに対処するにはどうしたらいいか、そのためにこうした訴訟手続を簡素にして手形に関する請求の結果のすみやかなる実現を所期するためにこれをつくったんだとは思うのであります。それらについてお伺いしたい。
以上で終わります。
きょうの政府委員あるいは説明員はどなたであるかまずそれを……。
ことしの四月十日の新聞によりますと、一昨年春、警視庁が摘発した差し押え物件の競売をめぐる東京地裁執行吏合同役場の不正事件で、贈収賄、談合罪などに問われた東京都中野区大和町一二四、長田憲麿ら同地裁執行吏六人、東京都新宿区荒木町一五、高橋仙吉ら競売ブローカー十一人の計十七被告に対する判決公判は九日午後、東京地裁刑事一部で開かれ、竜岡裁判長は刑の言い渡しをいたした。こういうことが書いてありますが、この判決はその後控訴、上告等があったのかどうか、また確定されたのかどうか。そしてもし確定したものであるならば、この事件の概要を御説明願いたい。
そうしますと、まだ確定はしておらない、こう承知していいのですね。
最近における執行吏の犯罪について、法務省刑事局が昭和三十九年四月七日に調査したところによると、大阪、千葉、熊本、東京、奈良、大津、熊本、徳島、長崎等において執行吏の犯罪が裁判所に係属中もしくは最近に判決が確定された。こういうのでありますが、その中に、昭和三十七年第四号、東京地検、森山某外十六名、収賄、これが一審に係属中とある。この事件が、いま私が読んだ四月十日の新聞に掲載された十七被告全員有罪の判決があった、この事件であるかどうか。
いまの事件は係属中でございますから内容には立ち入りませんが、昭和三十六年二号の千葉地検の事件、大島某外五名、虚偽公文書作成同行使、これに対しては三十七年四月九日千葉地方裁判所で懲役一年、二年の執行猶予として確定しておる。また熊本地検の三十六年三号の事件、中島某、公務員職権乱用、業務上横領、恐喝、収賄、これに対してはやはり三十六年四月二十日熊本地裁において懲役八月、二年の執行猶予、これは確定しておる。こういうふうにして確定した事件が、いま読み上げた十件ばかりのうちに四つ、五つあるのですが、そのうち、三十六年の熊本の事件、それから三十七年の事件で奈良地検の伊藤某外四名、これは収賄ですが、この事件、同じく三十七の熊本の番号は七で吉富某、こ
これらはいずれも公務員として悪質な、虚偽公文書の作成もしくは行使あるいは債務者、債権者等から収賄する、競落人から金をもらうというようなものでありますが、これは刑の量定についてとやかく申すのは遠慮したいところでありますが、いまここにあります、またいま御説明を願った判決はいずれも執行猶予なんですね。普通の公務員のこうした犯罪ならば、なかなか執行猶予もつかないのが常ではないか。いずれもいわゆる初犯であること、あるいは何らかの情状が別にある、こういうことかと思うのでありますが、もし情状があるとすればどういう情状があったものか民事局長ひとつ御承知ならそれをお話しいただきたいと思うであります。
刑の量定についてとやかく私も申し上げたのじゃない。しかしながら、一般的な理由としていま説明なり御意見の開陳がありましたが、これは私たちから見ると、執行吏というものは裁判所に所属しておるいわば身内のものだというような同情もあるのじゃないか。もう一つは、待遇が非常に悪い、非常に気の毒だ、社交的にいつもつき合っている競落人等からちょっと儀礼的にもらった、こういうふうな感じもする。要するに執行吏が非常に所得が少なくて生活にも困るというような同情が、ことに身内でもありますし、裁判官の主観の中に入ってきやしないかこういう点をいかがお考えでございますか。
御答弁はそのように執行吏が生活にも困るので同情が入ってくるというようなことはないという御推測、まあ最高裁判所としてはごもっともな答弁でありますが、これを見ると二種類あるのじゃないか。東京や千葉や大阪や、こういうところでは相当執行吏の収入が高いのであるから、それにもかかわらずそういう現金を収受するということは非常に悪質である。非常にいなかにでも行って、月に一万円も収入がない——もっとも一万四千円か保障は受けますけれども、そういう低いところではどうも同情すべきものがあるのじゃないかと思いますから、私は一律に生活上の苦しさに同情してということではないと思う。そうだとすれば、収入が相当あるのにこういう悪いことをしているというのは、非常に公務
執行吏の制度に関するあなたの御答弁を要約してみると、執行吏を純然たる俸給制度の公務員にしていく、そうして債権者、依頼者からの手数料で食っていくという制度ではなくしたい、こういうのでありますが、私も執行吏はりっぱな裁判所に付属する公務員として、そうして裁判に要する経費は、これは裁判所はいろいろなものを原告もしくは被告から納めさして、公法上の収入として扱っておるのでありますが、執行に関しましても、手数料もしくは使用料として徴収をして、そうして俸給は俸給として別途に出す。こういうふうにでもしなければ、いまの弊害が直らぬのじゃないか、こう思います。執行吏制度に関する意見として、昭和一十八年に法務省が調べた裁判所や執行吏あるいは日弁連、検察庁
これは早急にひとつ法令を整理して、もっとはっきり執行吏制度そのものをどうするかそういうことの決着を見るまでは、現在のこの乱脈な法令をそのままにしておくつもりか。それとも執行吏制度一般に関する改正のきまらない前においてもこれを整理してもっとはっきりさせる。また意見のあまりない、改正することに一致をするような点は改正をして、執行吏制度に関する法制を整備したらどうかと思いますが、この点については最高裁判所はどういう考えを持っておるか。
執行吏を任命してから再教育というか、精神的にまた行政の手腕等についても十分訓練を与えて、りっぱな執行吏としての職責を遂行できるような、そういう研修の制度はどうなっているのかお尋ねをしたい。
裁判の内容を実現するところの執行というものを取り扱う大事な執行吏が、任用のときにはある一定の資格条件を備える者を採用するのでありましょうが、独立して職務を行なう、むろん裁判所の監督を随時受けはいたしましょうが、債権者その他の依頼によって独自に執行に当たって、そして自由職業のような形になる。そうなりますと、どうも不勉強になり、またいろいろな旧套になずむ、あるいはいろいろな誘惑に負けるということになる関係から、純然たる俸給制度の公務員でさえも研修が必要だから、なおさらこの自由職業的に職務を行なっておる執行吏は、精神的な面でも事務的な面でも特別な教養と研修が必要だろうと思う。それを怠っているというところに、制度の問題は第二義といたしまして
執行吏制度の根本的改正ということは、なかなか事、慎重を要して簡単にはいかないと思いますが、しかし、執行吏を研修してりっぱな執行事務を執行させるということは、わずかの予算でこれはできることであると思います。また、収入が手数料に依存しているから、招集して仕事を休ますということは収入を減らすことになるとおっしゃいますけれども、これはほかの公務員でもそうでございますけれども、研修等の場合には、研修のために家庭を離れて宿泊をして一カ月なり半年なり研修を受けなければならぬという場合には、それだけの手当は当然出るのであって、これは公務員でございますから、公務のために研修をする場合には、そういう費用をもちろん国家で持って差しつかえない。だから本人に
それは金さえ出せばできるのでありますから、来年は十分の費用でぜひやってもらいたい。熱意を持ってこれが実現できるようにお考えを願いたいと思うのであります。 次に、手数料が月額一万四千円ぐらい以下の場合には、国家が最低収入を保障するような制度があるようであります。法定額があるはずです。その法定額よりも少ない収入しかない執行吏は、六百二、三十人の執行吏のうち何人ぐらい普通あるのであるかお調べがあったらお知らせ願いたい。
この三百四十二名だけですか。そのほかに執行吏代理とかああいうものはどうなんですか。
このパーセンテージからいうと、執行吏全体のごくわずかの数の人が法定基準額に達しないというのではありますけれども、年額十九万円ということでは月二万円にも足らないのであって、とうていそれでは生活困難であろうと思う。ことに執行吏となっている人々は大部分は相当の年齢で、多数の家族を擁している。そういう人たちが月額一万五千円や一万六千円ではとても食っていけない。そこに非常に問題がある。法定基準額が大体低い。したがって、法定基準額以下で国庫から補助を受けている人は十三名にすぎないけれども、三万円なり四万円かかる今日の生活費を、半分以下ぐらいが十三名なんだから、それ以上、生活し得る程度までの人は何十人、百人もあるいはそれ以上もあるかもしれぬ。こう
あなたのお話を承っても、収入のアンバランス、あるいは法定基準額が低過ぎるというような問題とからみ合わせて、やはり手数料、そういうものは行政事務で国家に納める、そして公務員が特別な個人的な収入なしに執行するということがあたりまえなので、根本的には執行の手数料は国に納める、国は俸給を受ける公務員としての執行吏を使うというのが一番妥当じゃないかと思うのです。それに至るまでのいろいろな不正を防止し、りっぱに職務を執行していかせるために、研修をやらせるなりあるいは法定基準額を引き上げる。収入のアンバランスを是正する意味で、管轄区域を広げて事件数を多くする。あるいは地域的に収入の少ないところは、広い地域で事件がまれなのですから、旅費額を多くする