すでに一九七二年、七三年、七四年、七五年というふうに、七四年の数字がわからないようですけれども、雫石後の七二年の数字を見ても、事故がやはりこの空港で非常に多発しているという数字が出ております。それでまた月平均にしまして七千ないし八千回ぐらいの発着が行われている、その半分が軍用機だ、こういうところから、先ほど国際パイロット連盟の会議が指摘しているような非常に危険な状態が出ている、こういう実態になっていると思うのです。 それで私は聞きたいんですけれども、雫石事件後にいわゆる運輸省と自衛隊の間の新しい覚書に基づいて七二年の七月七日に締結された新しい中央協定、これではっきりと、旧協定では軍事優先、自衛隊の要撃機等々に対する発進、飛行計画
