今の小林委員の御意見、よく分かる点ございます。 具体的にどうするか、ちょっと検討時間をいただくとともに、こういう問題は党派を超えてきちんとした形でコンセンサスを得たいというふうに思っていますんで、厚生労働委員会の委員の先生方を中心として、少し党派を超えてこの中でも議論をしていただいて、今の委員の御提案をどういうふうに取り扱えられるか、ちょっと時間を賜ればと思います。
今の小林委員の御意見、よく分かる点ございます。 具体的にどうするか、ちょっと検討時間をいただくとともに、こういう問題は党派を超えてきちんとした形でコンセンサスを得たいというふうに思っていますんで、厚生労働委員会の委員の先生方を中心として、少し党派を超えてこの中でも議論をしていただいて、今の委員の御提案をどういうふうに取り扱えられるか、ちょっと時間を賜ればと思います。
いろんなアンケートを見ても、というのは今の緊急事態でないその前の状況ですけれども、なぜ共働きなんですかと女性に聞くと、そうしないと家計がやっていけないというのが一番多いんです。自己実現とかなんとかそういうことよりもまずそうだ。だから、これはそうじゃない社会をつくる、それだけの本当の豊かな社会をつくるべきだというこの点は、まず大前提は同じだと思います。その上で、どういう仕事の仕方、どういう生活の仕方、それは個人の自由ですけれども、しかしながら、子育てと家庭と仕事を両立させるというのは、これはそういう社会に是非すべきだというふうに思っております。 ですから、育児があるからとか介護があるから仕事ができないという状況ならば、これは育児に
委員が冒頭おっしゃったように、十六年の改正で一定の要件で有期雇用の方も取れるようになって、それは、同一の事業主に引き続き雇用された期間が一年以上であるとか、それから子が一歳に達する日を超えて引き続き雇用されることが見込まれると、限定はされていますけど取れますよと。ただ、やっぱり、今の公務員の例じゃないけど、臨時とか有期の場合はそもそもそういう権利ないだろうと思っている方々がほとんどじゃないかというふうにまず、そういう懸念を抱いていますんで、これはちょっと周知徹底を相当せぬといかぬなと思っていますんで、それは今後取り組みたいと思っていますし、今の要件を更に緩和するかとか、公務員については厚生労働省云々ということではなくて、これは人事院
これは一つの考えですけど、いろんな案があると思います。 具体的には、保育であれ育児であれ、子育てについての様々なサービス、それがより良く受けられるということが一番大事なんで、基金でやる方式がいいか、これもプラス、マイナスもあると思います。それから、個別にそれぞれやるのがいいか。 今の最大の制度的な問題は、例えば保育というのは、これは全額公費で見ると。しかし、そのほかの分野は負担率が全部違ってくると。こういうのを一つにまとめる仕組みをどうするのかと。フランスの場合はケース・ナショナル・デ・ザロカシオン・ファミリアールという、そういう国庫の基金方式がありますけれども、やっぱりこれずっと長い長い年月を経ていろんな代表が入ってやって
公務員の方からまずやれ、まず隗より始めよというのと、もう一つは民間がそこまで行っていないのに公務員から先にやるのかという批判が出てきて、例えば私は保育所というのを国会の中に設けるべきではないかと参議院の中で相当申し上げて、文部省の中にはありますね、今民間、職場に、職場がいいかどうかは別で、とにかくやっぱり働く人のために、病院だって院内保育所。それを言ったら議運の偉い先生たちにばか者と言われて、おまえ、またそんなことを、国会議員から先にそんなことをやったら袋だたきに遭うぞとか、公務員から先にそんなことをやるものじゃないと。まあ、そっちはそっちであるんですよ、非常に公務員に対する風当たりは強いですから。 だけど、まず隗より始めよとい
小林さんも私もそうですが、介護で苦労して、介護の社会化ということをやったときに、二つの車輪を動かそうと。一つは介護保険、これは比較的うまくいっているし、これだけ大きくなった。成年後見制度、こっちが普及しない。今言ったような問題も。それは、幾らこう決めていたって、認知症で困っている人の後見ですから、認知症の本人が、後見人、あなたがおかしいということが言えるはずないんです。 ですから、普及しない理由は何なのか、どこを改善すればいいか、今のような提案も含めて。私は、成年後見制度をもっときちんと日本国に定着させるべきだと思っていますので、これは是非この委員会も含めてみんなで少し検討せぬといかぬなと思っていますので、是非やりたいと思ってお
いろんな専門家の方が飯野先生含めて数字を出しておられまして、もう梅村さんもお医者さんですからよくお分かりだと思いますけれども、七割とか八割の方がむしろ垂直感染で二割、三割が水平だとおっしゃっている先生もおられますので、私自身が研究者じゃないので自分で特定できないとともに、まさに私が子供の時代はああいう予防接種の仕方をやっていましたから、そうすると、そのころそれが原因でかかったどうかの確定というのはやっぱり非常に難しいと思いますので、今、何対何ということはちょっと私からは断言できないと思いますけれども、いろんなそういう研究を見ても、例えば八割、つまり八割が垂直で二割が水平だという少ない数字だと、そうすると、百二十万の二割だと幾らになり
私や小林さんが小学校のころに、やはり記憶が、完全に覚えていない、どういうふうにやっていたかな、何か次から次と打たれていたような記憶があるんです。だから、針替えていたかもちょっと分かりません、我々の記憶はもう五十年以上前ですから。ただ、筒までどうするかというのはその当時は、昭和二十三、二十四年は、その私も今のやり取りの通達聞いていて、そこまではなかったわけですね。それで、WHOがその筒も替えないといかぬというようなことを六十三年か、それを出したということなんで、これは感染源、HIV含めてなるのであれば、これはやめぬといかぬですよね、基本的に。 だから、そこをちょっと、経過、なぜそういうふうになったかもう少し調べさせていただきますけ
大変いいポイントをおっしゃっていただいてありがとうございます。 まずその前に、冒頭おっしゃった認識、全く私同じなので、まさに労働基準法の宿直の概念と医療法上のは違うんですね、別の概念。厚生労働大臣を引き受けてやっていたときに、これだけ大変な分野が広がっていることについての悩みがあるとともに、実を言うと、勤務医の問題、最初から、足立委員なんかもよく一緒に研究していたわけですから、そうすると、片一方で厚生大臣として医師不足をやらぬといかぬ、片一方で労働大臣としてこっちの問題を見ないといかぬ、まさに概念違うんですよ。その矛盾をどう解決するかを実は悩んできて、しかし、発想を逆転して、まさに二つの省が一緒になって一人の人間がやっているんだ
まず、同じ宿直という言葉が使われていて、二つの法律上概念が違うと、これは余り法治国家としてはよろしいことではないと思っています。ですから、せっかく厚生省と労働省が一緒になったんなら、こういうところを手を付けぬといかぬわけですよ。ですから、概念を変えるとか、これはみんなで考えて法改正をすればいいんで、まずその作業はいずれやらぬといかぬというように思っています。 それから次は、先ほどもちょっと申し上げましたけれども、根本は医師不足や勤務医の過酷な労働条件、これをどうするかということなんで、あらゆる施策を使ってやらないといけない。その施策の中に、この四月から、長期的には医学部の定員を増やすとか、それから緊急医に対して直接的な財政的な支
現場が非常に大事だというのは、少なくとも私は認識をしております。 それで、国が三分の一、それから都道府県が三分の二以内、事業主も同じだと。ただ、やっぱり医療は都道府県が現場ですから、全部の医療方針の策定する主体というのは都道府県になっていますから、これが責任を放棄することは絶対許すわけにはいかないので、それは知事会と議論すると、もういかに地方財政が大変かというのは入ってきています。だけれども、そこは優先的にきちんと弾力的に運用ですから、三分の二満額と言っていないので、それは弾力的にやってくださいと。その分、じゃ病院の経営者にいかないようにするか、どうするかという問題があります。 それと、やっぱり今ちらっとおっしゃいましたけれ
まさにおっしゃるとおりで、お医者さん、お医者さん、二つ飛んでお医者さんと。そっち側にもお医者さん、歯医者さん、そこもおられますから、半分ぐらいはこの厚労委の中は医療関係者なんですけれども、どうしてもそうすると医療サービスの提供者の側からのさっきの話になっちゃうので、やっぱり受益者、圧倒的多くの国民をどう守るかということの視点を忘れちゃいけないと思うので、全くおっしゃるとおりだと思います。 ですから、そのためにも、まさに医療というのは財源が必要で、国家財政の足を引っ張る大元凶だみたいなことで残念ながら来た面がありますよ。ですから、そうじゃなくて、まさに人の命が救われる、その人がまた一生懸命働いて社会に貢献する。世の中明るくなります
先ほど申し上げましたように、一人の人間が旧厚生省と旧労働省を大変な仕事ですがやっていることの意義がまさにそこにあるというように思っています。 ただ、開けようとしたときに閉めろというのが、物すごい圧力が外にはあります。しかし、これは国民のためを考えてきちんとやりたいと思いますので、是非またそういう議論をこの厚生労働委員会でも続けていければというふうに思います。私は、この委員会はそういう意味で非常に、今朝二人の方との御議論をさせていただきましたけれども、大変この世の中を前に進める大きな原動力になっているということでうれしく思っております。
これは、百年安心という、この旗を掲げてやっているのかということでありましたので、百年安心プランという旗があるかどうか、これを国会の議事録や何かで精査をさせました。 その結果、国会の議事録を見る限り、百年安心プランという旗は公式に立てたという記録がないということで、公式的には政府が百年安心とうたったことはありません、そういう御答弁を申し上げました。
百年安心とうたったことはありません、こういう答弁を申し上げたと思っております。
百年安心ということをうたい文句にしたことはないというようなことでありまして、聞かれれば、こういう財政計算というのは、それは年金というのは十年、二十年もつ、そんなものでいいはずがないわけですから、百年ぐらいのスパンで物事は考えないといけない。それはいつも、どんな新しい制度を設計するときでも、経過措置だけで三十五年ぐらいかかるわけですよ、極端に言えば。今から新しい制度をやるとき。 だから、百年ぐらいのスパンで物事を考えるというのは当たり前であって、聞かれればそういうことは言いますが、政府として、はい、この案は百年安心プランでございますよと、大々的に、うたい文句というのはそういうものでしょう。 だから、聞かれればそうなので、委員が
政府といたしましては、百年安心とうたったことはありません。うたうというのは先ほど私が言った意味であって、百年安心という言葉を使ったことがありませんとは答えてありません。 ですから、うたい文句というのはそういう意味で申し上げているので、百年でこの財政を考えるということを申し上げて、お伺いがありましたからそういうふうに答えているということでありますから、私は訂正する必要はない。うたうという、うたい文句というのはそういう意味だということであります。
少なくとも、この文書の中に百年安心というワーディングはないわけで、だれがどういうふうに年金制度を設計しようと、サステーナブル、持続可能なものであることが必要なので、では持続可能性を考えるとどうするか。それは、給付と負担の関係をしっかりと見通して、それは十年でどうだという話じゃない。先ほど申し上げましたように百年ぐらいのスパンで考えないと、年金制度というのは、今私たちは平均年齢八十五まで生きるわけですから、やはり百年スパンで考えないといけないということを書いてあるので、おおむね百年の間で給付と負担を均衡する、これは、だれがどういう年金制度を考えようとそれは必要なので。 したがって、やはり今後、本格的な年金制度の検討を与野党含めてや
百年安心プランの旗を掲げますかと言われたから先ほどのような答弁をした次第であって、それはどこまでの改正をやるか、抜本的にやるかどうするか、しかしあらゆる節目で、何年かにわたって、平成六年に改正をする、そしてたしか九年だったか、それから十六年にやる、その改正のときに、サステーナブル、持続可能性というのを前提に置いてやるのは当然であります。 それは、あらゆる改正をやるときにそのことを考えていかないといけないので、今委員がおっしゃったように、そういう長期の、つまり百年というタイムスパンの間で給付と負担のバランスを考えて、安心だということで制度設計をしているということであれば、そのとおりでございます。
具体的な時期、それから、どれぐらいの期間かということを確定したものではありません。つまり将来だと。