八十四カ所を第一次に整備するために四十三年度はこの費用として四十四億、また四十四年度以降は四十六年度まで四十五億、四十七年度には五十一億という計算をいたしております。
八十四カ所を第一次に整備するために四十三年度はこの費用として四十四億、また四十四年度以降は四十六年度まで四十五億、四十七年度には五十一億という計算をいたしております。
ただいま五年間で大体四十億ないし五十億予定いたしておりますが、第 一年度は十八億程度を予定し、現在比較的都市に近いところで相当余裕のある地域として武蔵療養所、松戸療養所、埼玉養養所等の余剰土地を処分する計画をいたしております。
予定はいたしております。どの土地という確定的にはいたしておりませんが、おおよそ予定をいたしております。
従来統合といいますのは非常に近隣に施設がある、特にかきね一つをへだてて二つの療養所が、あるいは三つの療養所があるというようなもの、あるいは非常に五百メートル、一キロという程度の至近の距離にあるというものを整備等をする段階におきまして統合したわけでございます。将来も非常に近隣の施設についてはこれを近代化するにあたりまして、たとえば二百ベッドの施設を二つつくって、事務室も炊事も洗たく場もそれぞれつくるというよりは、一つにして効率的にやっていきたいという考え方から、近隣の施設については統合というものを考えるということにいたしておりまして、ごく近隣のものがあるという例が、先ほど先生のおっしゃられましたような府県名があがっているわけでございま
基準料金といいますのは、入院料に付随いたしまして看護の基準、あるいは給食の基準、寝具の基準というものがございます。たとえば看護の場合には入院ベッド、入院患者六人について一人の看護婦という基準に合格すれば基準看護料を請求できるわけでございます。食費についてもそれぞれ基準に合格した場合に基準料金の請求ができる保険のたてまえになっております。従来は国立療養所におきましては、それらの基準を満足しておるような施設でありましても、二割引きその他の制度と同じように、費用を安くしてやるというたてまえから請求はしていないという態度でやってまいりましたが、今後は二割引き廃止と同時に、医療機関は医療機関としての妥当な報酬を請求する、そうして医療費保障はそ
御指摘のとおり、二割引きあるいは基準料金の実施というものは特別会計制度とは全く直接の関連はございません。しかし、先ほども申し上げましたように、この特会制移行と同時に借入金その他の制度を活用しまして施設の近代化をはかり、あわせて診療内容の向上、あるいは患者サービスの改善というようなものをあわせて行ないまして、そうして近代的な医療機関としての姿をよくしていくということを考えまして、ちょうどこの機会にいろいろなことを一挙にやるということにいたしたわけでございまして、おっしゃるように直接の関係はございません。
アイソトープその他による放射能の体外測定、並びに排泄物等の放射能測定につきましては、これは当然放射線技師の業務として認められるものと考えております。
インターン制度が戦後始められまして二十年間経過してただいま改正の審議をお願いしているわけでございますが、この制度がそもそも始まりました当初におきましては、いわゆるアメリカの占領軍に押しつけられたというようなお話もございますけれども、戦時中の末期に、医療制度の改善に関する厚生大臣に対する答申の中で、現在のようなインターン制度を進める意見が出ておりました。その実施が期日が至らない間、つまり、国民医療法の改正がなされましたが、それが実施に至らない間に終戦になり、新しいインターン制度に踏み込んだわけでございます。この制度それ自体といたしましては、当初は諸外国の例等にかんがみてこれが有効に運用されるものと考えておりましたけれども、残念ながら、
インターン制度は結果として私は失敗だったと思いますけれども、インターン制度がうまくいかなかったという一番大きな要因といたしましては、医育機関いわゆる教育病院といわれるもの、インターンにおきましてはインターン修練病院でございますが、このような機関に十分な効果をあげるだけの物的、人的な能力、設備がなかったということが大きな欠点であると思います。なおまた、近年に至りましては、インターンというものが、医学部卒業の医学士であり、しかも医師でないということから、修練を行なう段階におきまして現実に医療行為を多くやることができないという医師法上の身分のあいまいさ、不確定さというものが修練に大きな支障を来たしたと思っております。また、医学士であり、す
この制度の美点といいますか、これは理論的には私は必ずしも悪い制度ではない、こう思っております。諸外国である程度実をあげてきたということは、制度を形の上だけから見ますれば決して悪い制度ではなかった。しかし、その運用の面で諸外国における場合と条件がかなり違っていたということ、特に先ほどの医育機関あるいは修練病院というようなものの人的、物的な設備、能力というものが欠けていてこれを十分に生かすだけの刀がなかったということが欠陥であったわけでございまして、いまでも制度の形としては必ずしも悪いものではなかったと考えております。
戦後二十年間インターンが行なわれてまいりましたので、その時間の経過の間にいろいろな世の中の変化に伴っていろいろな欠点が露呈してまいりましたけれども、この制度が開始されました当初におきましては、大部分の方々、特に医学教育に携わる方々、あるいは実際の修練を受けるほうの方々も、それほど大きな疑問あるいは反発というようなものもなかったと思っております。といいますのも、従来インターン制度がない場合におきましても、現実に医学部卒業後の研修というものは自主的に行なわれていたわけでございまして、それが自主的に行なわれていたものが一つの制度として行なわれるようになったという意味では、必ずしも反発もなかったという時代があったと思います。しかし、その始ま
従来のインターンにおきましては、一応、厚生省といたしましても、インターンの研修の基準というものを大ざっぱでございますが示してございますが、これを実施する段階におきまして、受け入れ施設におきまして、インターンの指導委員会というような形のものを病院長直属等の形でつくり、そして、担当者をきめ、また、そのローテーションのコースをきめ、各科にこれこれこういう内容のトレーニングをやっていくんだということを詳細にきめ、かつ実施し、また、その一面、この病院自体のCPCその他各種のコンファレンス等に参加させる等のスケジュールをきちんと組みまして実施しているところがございまして、そういうところでは相当の効果をあげてきたと思います。 ただ、そのような
将来の医学あるいは医学研修に関するビジョンということでございますけれども、私は、現在の世界の動向といたしましても、やはり医学教育という学部教育というものを充実し、そして学部教育のあとには専門的な教育に進めるという形のほうが、今後の医学あるいは医師研修のあり方として基本的な問題ではないかと考えております。医学が非常に広範になり、分野が広がり、かつ深くなってまいりますと、すべての医師があらゆる分野に通暁した多角的な専門家というものはなかなかむずかしかろうと思っております。そういう意味で、一般的な基礎的な医師の教育というものをまず完成し、その後においては、すでに非常に分科の進みました比較的専門的な教育に深く突っ込んでいくということが必要で
大学医学部の教育課程を充実することによりまして、従来にも増して資質の高い医師を教育し、教養の整った医師をつくるという先生の御趣旨は、そのとおりだと思います。さらに、その後二年間にわたって研修を、義務づけるとは言いませんけれども、研修を何らかの形で規定するということは、まあ、行き過ぎ、あるいは無意味ではないかという御意見でございますが、医師という場合は、これはあらゆる方面の医学的一般の知識を持ったものでございまして、内科医になろうとも、外科医になろうとも、婦人科医になろうとも、常にその可能性が整った医師であると解釈いたします。また、それらのものについてある程度の診療はやれる。しかし、現在の段階におきまして一般国民が期待しておりますのは
たいへん膨大な資料でございますし、また、私どもの担当以外のものが相当ございますので、もう一度先生に詳細に内容をお伺いした上で、できる限り明日までに調製いたします。 なお、施設整備のほうは私どものほうでございますが、施設整備によりましては、本省で直接扱って本省が直接指導してやりますものと、地方で地方医務局でそれらの施設を直接指導してやっておりますものがございますので、工事受注業者、ことに本体工事だけでなしにそれぞれの付帯工事等について業者別まで全部出せるかどうか、ここらの点はもう一度調べてみてからできるだけの資料をつくりたいと思っております。
出先の地方局にある程度の権限はもちろん委譲しております。しかし、最終的には本省で把握しておりますので、できるだけ調査をして提出いたします。
国民の医療を担当する医師というもののあり方に関する問題だと思います。 昔は、少なくとも戦前におきましては、医師は大学医学部卒業をもって医師免許を与えられた。それで、けっこう十分なことをやってこれたではないか。しかも、戦後、インターンの制度がしかれた。そのインターンも、また現在のような不評になってきた。そして、何らかの解決を迫られている。医師の教育というものが医療を担当する場合にどの程度の教育を受ければはたして十分であるかということは、これは世の中の移り変わりによって常に変わってくるものだと考えます。昔、明治のころには、東京帝国大学医学部というような大学を卒業すれば、すぐ病院長になって飛んでいく、あるいはすぐ地方の新しい大学の教授
昔に比べまして医学が非常に進歩しておるということも、これは間違いのない事実であります。したがって、医学教育におきましても、昔に比べて学部教育の中で教えたいということは非常に多くなってきていると思います。そういう意味で、十分に医学教育の中で教えようとすれば、おそらく医学教育それ自体も相当延長しなければならぬという事態もあると思います。なお、医学教育で教える以外に、従来からも実施で勉強しながら勉強する分野も相当進歩しております。したがって、医学教育以後における勉強というものも、これも昔に比べて相当高度になり、かつ、専門化してきていると思います。 そこで、国学教育というものと卒業後の研修修練というものをどこで線を引くかという問題があるわけ
私が申し上げましたのは、医学教育を積極的に現在よりも短くしようとするような動きはございません。ただ、現在、医学教育というものをだんだん長くやらなければ、学部教育というものをなかなか十分なものを教えられない。しかし、これ以上長くするということは事実上なかなか困難なので、やはり医学教育というものにはある程度時間の限度があるので、そこで、ある程度あきらめて、そうして学部卒業後の教育にできるだけ重点を注いでいこうという傾向にある。そういう意味で、アメリカの例なんかも、教育期間を延長すべきではないという意見が出ております。 なお、アメリカでも、インターンというものがあり、また、インターン終了後に医師になってレジデント制度というものがかなり
今度の法律改正にあたりまして二年の研修の規定をきめました、その研修を終らない者は国立病院に採用しないということを保健所長会議で私が説明したというふうに承りましたことは、おそらく誤りではないかと思います。実は、そういう誤解を招くようなことを申し上げましたのは、私の部屋に、昨年であったと思いますが、ある大学の卒業生の数名が参りまして、国立病院等にはこの研修を受けない者は採用しないかということを申しましたので、この研修をしなかった医師というものを法律的に何ら区別しないということから、そういう採用上の条件としていたすことはない、しかし、この研修を受けてくれることが望ましいのであって、それは国民も法律も期待していることであるから、そういう期待