これは常識論で言っているのですよ。それはいろいろ数字を検討すれば、一万円では人間としての生活はできないと私は思うのですよ。どうですか。今の物価で一方円で独身者が生活するということは、人間並みにはできない。どこからか補充するか、あるいは極端に切り詰めた人間以下の生活をしなければできないと、こう思うのですが、数字だけいじっておっても、これは実態からかけ離れているのじゃないですか。
これは常識論で言っているのですよ。それはいろいろ数字を検討すれば、一万円では人間としての生活はできないと私は思うのですよ。どうですか。今の物価で一方円で独身者が生活するということは、人間並みにはできない。どこからか補充するか、あるいは極端に切り詰めた人間以下の生活をしなければできないと、こう思うのですが、数字だけいじっておっても、これは実態からかけ離れているのじゃないですか。
私も一点伺いたいんですが、いわゆる大衆消費といわれるようなもの、特に酒とかあるいはたばこ、こういう品物に対する関税は非常に高いんですが、従来も高かったわけですが、で、これは国内産業を保護助成する、そういう目的からこういう高い関税というものが従来からも行なわれたというふうに考えるのですが、一面消費者である国民の立場からすれば、非常に高いものを買わされておる。まあ不当という言葉が当たるかどうか知らないんですが、不当ともいえるほど高い値段で消費しなければならぬ。その原因が関税にあるというと、国民の負担は非常に重いということになるわけなんです。一方では、この高い関税によって国内の産業を保護助成するという問題、矛盾した理由がここに現われておる
砂糖の場合は、これは主として国内産業を育成するということが一番大きな理由になっているのじゃないかと思うのです。国内産業を育成するために、関税の面から高い税金をかけて、そして輸入する砂糖は相当高い水準の値段にする。こうして国内産業を助長するというために、砂糖については非常に高い、一三八%ですか、そういう高い税率がかけられておるわけなんです。しかし、一般国民消費者にとっては非常に高い砂糖を食べなければならない、こういうことになってくるわけです。一方では国内産業を助成しなければならない、こういう問題があるわけです。それを関税の面からだけ検討して、これで操作するということでは十分でないのじゃないか。これは少し政策上の問題になりますが、砂糖等
国鉄に対して私鉄あるいはバスとの関係についてちょっとお尋ねをしたいと思うのですが、私鉄の場合は最近車両が相当改善せられて、いわゆるロマンス・カー、実質的には汽車、国鉄の一等と何ら変わりがない、あるいはそれ以上の設備があるというふうな電車が走っておるわけですね。そういう私鉄に対しては、通行税というものは全然取っていない。国鉄の一等にだけ取るというのは、不均衡のように私は思うのですがね。そういう点はどういうふうにお考えですか。
私、通行税というものがどういう理由で今日なお残っておるのかということがよくわからないのですがね。こういう税金があるから、いろいろ不合理が出てくるのじゃないか、こういうふうに思うのですがね。まあ私鉄の場合は二等料金になっておる。ロマンス・カー等の場合、若干それに特別料金を取る。けれども、土台は二等料金を取っておる。しかし、実質は、これは何ら変わらない。そういうやはり差別が起こってくるのは、通行税というものをなお今日続けて取っておるというところに原因があるのじゃないかと、私はそういうふうに思うのですがね。そういう点、どうですかね。
地方のローカル線ですね、ローカル線に乗ると、一等の車は大ていあいて、あんまり満員になっているという私経験がないのですが、それでもやはり一等車をつけて走っている。非常にもったいない。隣の三等といいますか、二等を見ると、ぎっしり立って満員ですよ。しかし、一等車の方はがらあきだ、ころいう状態が私らの経験ではしばしばあるわけですね。そうして国鉄は赤字だというのですね。もう少しこういう車が効率的に利用されるという点から考えてもね、通行税の問題等は早くこれを処理された方が全体の収入としてふえるのじゃないですか、どうですか。
それはわかっています。それはそうですがね。
この通行税、私の聞いておるところでは、明治三十八年に初めて創設されたように聞いているのですが、それから大正十五年まで続いて、大正十五年で一応廃止になっているのじゃないかと思うのですがね。廃止の理由は何ですか。そのとき廃止された理由ですね。
これは創設からの経緯から見て、通行税というのはやはり戦費調達という理由がおもじゃなかったのですか。日露戦争の三十八年に創設をし、そうして途中でやめて、今度は昭和十三年ですか、支那事変でまたやる、こういう経緯から見て、戦費調達という理由がおもなものじゃないかと、私どもそういう経緯から見て考えるのですが、そういうことであれば、やはりこの機会に廃止してもいいんじゃないか、そうしてその方が税の均衡負担という点からいってもいいんじゃないかと、こういうふうに思うんですが、どうですか。政務次官にも答えていただきたい。
公社債の投資信託は、この一月に設定されたのですね。それで、この三月までどれくらいの投資があったか、説明をお願いいたします。
それで、新聞等の報道を見るのですが、非常に公社債の投資信託に申し込みが殺到している、こういうふうな事情が起こっているというふうに聞いておるのです。これは私は別にこれを悪いという意見を持っているものではありませんけれども、この公社債投資信託の安全性の問題、大体七分八厘くらいかの配当をする、そういうような広告で募集をしているようですが、しかし、経済界に変動などが起こった場合、そういう配当は将来にわたっても確保できるのかどうか。これが大衆化していく、大衆性を帯びていくという点から考えて、こういう問題は非常に大事だと思う。いわゆる銀行預金の安全性と公社債の投資信託の安全性という問題ですね、そういう問題について若干の不安があるのじゃないかとい
公債の方は、これは安全性があると思います。しかし、社債の場合は、今好況ですからそういう心配はないと私は思う。しかし、不況になってきた場合、その会社自体が経営困難になるということになれば、元金そのものについてもこの問題が起こってくるという事態も考えられるわけですが、その点について。
社債の発行について、何か条件があるのですか。これは非常に確実であるという安全性という点からいって、何か条件でも付してあるのか、あるいはそういう安全性はだれが認めるのですか。それは野放しになっておるわけですね。
それから、もう一つの問題は、これは銀行預金よりも確かに利回りがいいですがね。そうすると、今後どういうふうになっていきますかね、金融は。銀行を通じてのいわゆる間接投資といいますか、そういうのがだんだん減ってきて、公社債を通じて——これは間接投資ですか、直接投資になるわけですか、それを伺っておきたいと思うのですが、そういう方向へ金融が変わってくるのではないか、こういうふうに思うのですが、こういう点はどうですか。
銀行預金の金利が下がるということになれば、当然、資金は信託の方へ行くと思うのですがね。それで、ついでにお尋ねしますが、銀行預金はどれくらい金利を下げるつもりですか。あるいは、こういう社債等の金利、これはどういうふうにしていくのですか。そういう点、説明願いたいと思います。
政府は今低金利政策ということを高く掲げていて、これを推進しようとしている。しかし、政府は何も言えない、今の答弁では。少しおかしいと思う。建前は政府がきめるものでないということは、これは私よくわかります。しかし、これは政府の指導というものが、政策で掲げられて、その政策が実行されるためには相当強い指導があるはずですから、政府としてはどれくらい下げた方がいいというふうな考え方を持っておられるのか、そういう点を伺っておきたい。
それから、公社債の信託の設定で、大企業は金の調達という面においても非常に有利なのですね。ところが、中小企業の面ではそういう恩恵を受けることが少ないんじゃないかと思うのですがね。こういう点はどういうふうに今後考えていったらいい問題か、御説明願いたいと思います。
それじゃ最後に要望しておきますが、やはり安全性の問題については政府としても十分な配慮、考慮を一つしてもらいたいと要望しておきます。
資料要求を言っておきたいのですが、その内容は、国民所得と、国民の所得の階層別の人口分布を示す一欄表、たとえば年収が二十万円ならば二十万円のものが幾ら、二十五万円までのものが幾ら、そういう所得の階層別の人口分布を示す一欄表、これを提出してもらいたい。
人口数です。たとえば年収二十万円から二十五万円までは全国で何人になっておるか。それを過去五カ年間の推移を見たいわけです。