そういう意図を持って法律案の提案準備を閣議できめました。
そういう意図を持って法律案の提案準備を閣議できめました。
仰せのとおりでありまして、自治省、文部省、文部省相談をいたしまして、たとえば構造比率、単価等につきましても、今後十分措置を講ずるという了解のもとに法案を提案するということにいたした次第であります。
新しい法律が実施されました後に対しまして効果を生ずる話し合いでございますので、それから必然的にはむろん出て参りませんですけれども、たととえば六一・八%の進学率というのが、現実問題として、その都道府県の財政状態との関連において具体的に現われてきました場合、地方財政を健全化する意味合いにおいての課題として修正等のことが行なわれるということはあり得ると思います。
自発的に寄付等が行なわれますことは、これは禁止すべき筋合いのものじゃございませんので、そのことにはむろん触れておりません。強制的に割当をしたり何かというようなやり方で、地元負担になるというふうなことは、さっき申し上げたように、国の立場で交付税あるいは起債の対象となり、仕事量等も十分に考えて、その施策が欠陥があるがゆえに、いわば強制的な負担をかけることになるということは、極力国の立場で相談をして防いでいく、そういう意味でございます。
それは設置の前提条件として、そういう建前をとっております以上は、そうであると申すべきでございましょう。
ちょっと具体的には申し上げかねます。と申しますのは、ひとり学校に限らず、たとえば裁判所を置くとかあるいは拘置所を置くとか、その他各省に関係します。国が設置する官庁その他の問題に関連をいたしておりますわけで、政府全体が姿勢を正すべき課題でもありますから、私がここで即座に、いつどうするということは申し上げかねる課題と思います。 しかしながら、地方に負担かけないという趣旨の法律案をあらためて出す覚悟をする以上は、全面的に学校に限らず、すべての政府施設について、十分な考慮が払われる、現実にも迷惑をかけないような裏打ちができるというのが、そのチャンスだと思っております。
適当なチャンスと申し上げましたのは、まあ、そういうことにならざるを得ないと思うわけでございます。御指摘の、地方に特に負担かけないというのは、高等学校設置に関しましての具体的な立法措置を講じようというわけでございますから、これは時期は最も早いことは当然でございます。
国立の工業高等専門学校に関します限りは、従来の慣例で参りたい、ただし、それはあくまでも善意の自発的な地元の協力に待ちたいという考えでおります。
それは別問題に考えております。別問題と申しますことは、さっき申しましたように、他の国の施設と一緒に解決さるべき地元自治体ないしは住民にとりましては、国立の学校のみならず国の施設すべてについて共通的に考えて迷惑かけないという建前であるべき問題と思いますので、これはやはり総合的に政府全体の問題として、具体的にそれを処理できるときにしか取り上げにくい問題だ。しかしそのことは、なるべくすみやかにやることを希望することは当然と思っております。
それは国立高専に関します限りは、善意の地元の従来の慣例に従いまして協力が今まで行なわれ、今後も期待できるであろうという前提に立って申し上げております。
本来、国立高専につきましても土地の入手造成についても、国費で全部まかなうということのほうが形が整い、建前としてすっきりすることは当然なことでありまして、地元の善意の協力とは申しながら、完全に割り切った意味合いにおいて、いいことだとはむろん考えませんけれども、現実に、いわば今までの慣習になずんで国立高専に関します限りは、そのやり方で、地元の協力に期待したい、こういうことであります。
まあ率直に、露骨に申し上げればそういうことであります。
地元の市町村、県あるいは地元の国会議員あるいは地方議員等が非常な関心を示されたことは、全部についてほぼ同じでございます。そういう意味での一種の争奪戦的な動きがあったかどうかと言われれば、全部についてあった、こう申し上げるのが、正しい返事だと思います。さりとて、そのことの強弱によってきめたのではございませんことは、先刻来政府委員が申し上げたとおでりあります。ただ当該県で何々市に置きたいという、県内での置き場所についての争奪戦も、かつては、昨年あたりは非常に激烈でございました。 これは具体的に申し上げてもいいわけですが、青森県について、そうでございました。学校を置くということが県民感情について、あと味の悪いことを残すようなことは差し
もともと工業高等専門学校という新たな学校制度を創設しましたのは、所得倍増に具体的に適合させるために案画されたものでないことはよく御承知のとおりでございます。繰り返して申し上げるまでもなく、御承知のことですが、四年制大学のほかに専科大学というものの構想があってしかるべきじゃないかということから話はスタートしておると思いますが、それがいろいろな事情から実現不可能になりまして、それで高等専門学校という構想のもとに、いわば教育の機会均等化を推進する課題として、新たな学校制度を創設するということにあったことは御承知のとおりであります。このことは同時に所得倍増計画なんかという具体性を持った政治目標とはかかわりなく、日本の農業、あるいは農林漁業と
今お話のような意味合いにおいては、むろん、そうあらねばならない必然性を持っていると思います。ただ、国立工業高等専門学校というのは、新しい制度をなぜ設けたかということは、あくまでもその適性能力に応じて展開されていくであろうところの新たなる学校制度を提供することが、教育の機会均等の方向に寄与するであろうということに立脚して考えられた課題と存じます。そうして、それはそれといたしまして、どういう学科目を置くか、あるいは入学定員を何人にするかということは、御指摘のとおり、学校教育は学問教養を高めるという目的と同時に、知識、技能を身につけることによって学生、生徒が社会人として食っていけるという能力を与える目的も持っておるわけでございますから、こ
それは、本来大学についても高等学校につきましても、一面の国家的な要請であり、考慮さるべき一つの要素であると思います。国立工業高専を、高等専門学校を工業の学科に限りましたのは、便宜工業の学科から始めざるを得ない必要性に基づいたのであります。その必要性は、特定の経済人から頼まれたとか何とかよく言われるようなことでなしに、先刻もちょっと触れましたが、今まで日本は、農業を基本として最近まで育って来たと思うのですけれども、世界の大勢におくれまいとするならば、農業それ自体も従来のままではいけないと同時に、もっと能率的に近代化していかざるを得ないことから、おのずから俗に言いますところの農村の二、三男対策等も、当然の政治課題として考えられなきやなら
動機としては無関係だと申し上げるのであります。工業の学科目だけを置くに至りましたことは、むしろ私は国会の御意向に沿っているというふうに考えているのであります。先刻も触れましたように専科大学制度の創設の案が国会に提案されましたけれども、いろいろな都合で不成立に終わりました、その理由を現実的にとらえました場合、高等専門学校は、制度としては、お説のとおりあらゆる学科目があってしかるべき制度としてスタートしておりますが、当面スタートする具体性を持った実施案として考えました場合には、工業の学科だけからスタートするということに相なりましたことが、以上申し上げる理由に基づくわけでございます。工業の学科がまず発足し、そして相当多数の国立高専が設置さ
昭和三十八年度文部省所管予算案の大要について御説明申し上げます。 昭和三十八年度文部省所管の予算額は、三千五百七億二千七百八十二万三千円でありまして、これを前年度当初予算額二千八百九十五億二千百七十四万八千円に比較いたしますと、六百十二億六百七万五千円の増加となっております。また、この文部省所管予算の一般会計総予算に占める比率は一二・三%となっております。 次に、昭和三十八年度予算案のうち重要な事項について申し述べたいと存じます。 第一は、初等中等教育の改善充実に必要な経費であります。 義務教育水準の維持向上をはかるため、前年度に引き続き、公立義務教育諸学校の教職員定数の充足及び施設の整備に必要な経費を計上いたしまし
お説のとおり、特に小中学校の児童生徒、夜間定時制生徒に対します給食が完全給食の方向をたどりながら、なるべくすみやかに整備されねばならない課題であると心得ております。御案内のごとく、学校給食が日本で始まりましたのは、戦後食糧難、の時代に、発育盛りの子供に弁当も持たさないで、ろくろく食べ物がないままで教育を施すことの重大さを思って、いわば応急的な食糧難対策として始まったと承知いたしておりますが、出発点はそうでありましても、だんだん実施してみて、実績をたどってみますれば、目に見えて、児童生徒の体位の向上という見地から、また衛生的な観点からいたしましても、きわめて顕著な効果があることが実証されましたがために、当初の食糧難の応急救済対策的な性
基本的な立場から再検討を、もっと腰を落ちつけて総合的に再検討したらどうだという御意向も含めての先ほど来からの御意見は、私も内心同感でございます。これは先刻も触れましたように、学校給食というものが、日本で独自の立場で、あらゆる資料をしさいに集め、現状を把握しながら、食糧制度等密着した総合的な基本政策の上に立って、将来にわたっての、学校給食のみならず、日本人全体の主食の方向をどう持っていくか。パン食とするにしましても、聞くところによりますれば、国内産の麦ではうまいパンができないというふうに聞かされております。国内産小麦そのものの改善方策にも問題がございましょうし、それがないならば、学校給食を通じて児童生徒がおとなになりましても、やはり粉